群山新興洞日本式家屋(広津家屋)(군산 신흥동 일본식가옥(히로쓰 가옥) ) - エリア情報 - 韓国旅行情報

群山新興洞日本式家屋(広津家屋)(군산 신흥동 일본식가옥(히로쓰 가옥) )

群山新興洞日本式家屋(広津家屋)(군산 신흥동 일본식가옥(히로쓰 가옥) )

16.5Km    2025-12-18

チョンブク特別自治道クンサン市クヨン1ギル17

群山(クンサン)新興洞(シヌンドン)日本式家屋(広津家屋)は2005年に登録文化遺産に指定されました。広津家屋がある新興洞一帯は日帝強占期に群山市内の富裕層居住地域で反物屋を経営していた広津が建てた住宅で(旧)湖南製粉の李龍九社長名義で今日まで韓国製粉の所有になっています。映画『将軍の息子』、『タチャ イカサマ師』など、数多くの韓国映画がこの住宅で撮影されました。木造2階建ての住宅で、柱と建物の概観、内部、日本庭園など建築当時の姿を維持しており、建築史跡として大きな意義を持っています。

月明公園(월명공원)

月明公園(월명공원)

16.5Km    2024-04-07

チョンブク特別自治道 群山市 月明公園1キル 26-3
+82-63-450-4000

月明(ウォルミョン)公園は、月明山、長渓山(チャンゲサン)、雪琳山(ソルリムサン)、占方山(チョムバンサン)、石峙山(ソクチサン)などがそばに聳える群山(クンサン)の名所で、1960年代から70年代まで修学旅行客の観光スポットにもなっていた大変有名な場所です。

総敷地面積およそ255ヘクタール(約77万坪)の広大な敷地に、全長12キロメートルの散策路があります。公園の小高い丘には展望台や海彫刻公園、守市塔、三一運動記念碑、開港35周年記念塔、考える市民像、蔡万植(チェ・マンシク)文人碑などがあります。守市塔は燃え上がる炎と風に翻る帆をイメージした形となっています。

公園の丘からは群山沖の海原や錦江(クムガン)河口堰、そして群山の市街地や対岸の長項(チャンハン)精錬所など周りの絶景を一望できます。公園西側の雪琳山の麓には古刹・隠寂寺(ウンジョクサ)があり、占方山や雪琳山の間には第一水源地(月明湖水)があります。

公園内には樹齢30年以上の藤の木や桜が生い茂っており、毎年4月には全国規模の桜撮影会が開催されます。1年を通じて景色の美しい公園ですが、特に春、桜の花が満開になる時期は見事な景色が楽しめます。

東国寺(群山)(동국사(군산))

東国寺(群山)(동국사(군산))

16.6Km    2025-12-04

チョンブク特別自治道クンサン市トングクサギル16

東国寺(トングクサ)は1909年から群山(クンサン)で布教を始めた曹洞宗の日本人僧侶・内田仏観(善応仏観)が1913年に建立した寺です。
日本強占期(1910~45年)の間、日本人の住職によって寺は守られてきましたが、1945年8月15日解放を迎え、大韓民国の懐へ戻ってきたという苦難の歴史を持つ寺です。
東国寺は韓国に残された唯一の日本式の寺で、大雄殿と寮舎の建物が渡り廊下でつながっているのが特徴です。
原色鮮やかな丹青(タンチョン)で彩られた韓国の寺院とは異なり、装飾がない軒や大雄殿の側面には多くの戸があり、日本的な雰囲気を醸し出しています。
東国寺は曹渓宗第24教区・高敞(コチャン)禅雲寺(ソヌンサ)の末寺に当たります。
東国寺の大雄殿は2003年7月、国家登録文化遺産に指定されました。
東国寺の元々の名称は錦江禅寺(錦江寺)と言われていました。この錦江禅寺は1909年、内田仏観という日本人僧侶が群山に布教所を開設し創建した曹洞宗の寺でした。

日本の仏教は1877年、釜山(プサン)の開港とともに、日本政府の要請により流入してきました。
一番最初に浄土真宗大谷派が布教を開始し、1904年群山にも布教所を開設し、日蓮宗が続きました。
日本の仏教が韓国に進出した理由ですが、純粋な仏教布教が目的ではなく、韓国を日本に同化させようとした日本政府の意向をそのまま反映したものと言われています。
その後、朝鮮総督府は日本の仏教を普及するため、1911年6月3日付で寺刹令も発布しています。
寺刹令を契機に、日本の仏教界は全土に別院・出張所・布教所などを設立しました。
錦江禅寺が建立される前、群山には本願寺、群山寺、安国寺がすでにありました。錦江禅寺を創建した内田仏観は布教を始めた1909年当時、すでに77歳の高齢で、群山地域を布教活動している途中、群山の一条通りにあった家屋を借り、布教所を開設しました。1913年7月に現在の場所に移り、現在の東国寺の建物を新たに建立しました。

日帝強占期群山歴史館(일제강점기 군산역사관)

日帝強占期群山歴史館(일제강점기 군산역사관)

16.6Km    2025-11-27

チョンブク特別自治道クンサン市トングクサギル21
+82-63-467-0815

市立「日帝強占期群山歴史館」は人権と平和、和合の場であり、過去の日帝の収奪史を正しく学び、未来の大韓民国の歴史を創造する記憶倉庫です。日帝による強制収奪の痛みは記憶されるべき歴史であり、これを新たに認識して治癒していく未来との疎通も重要な課題です。日帝強占期群山歴史館は収奪の痛みを人権と平和の価値に置き換え、痛みの記憶を持続的に収集、研究・展示と教育を通じてこれを証明し、未来につなぐことができるよう努力しています。

群山マルレンイ村(군산 말랭이마을)

群山マルレンイ村(군산 말랭이마을)

16.6Km    2025-11-27

チョンブク特別自治道クンサン市シンフン洞

群山市新興洞は1930~40年代頃から日本人が家を建てて暮らすようになり、住居地が形成され始め、韓国戦争時には避難民が今の海望洞、新興洞などに定着して暮らすようになって村が形成されました。山の斜面を意味する全羅道の方言「マルレンイ」に村が形成されたことからマルレンイ村と呼ばれるようになりました。人口流出により旧都心化が進みましたが、2014年に全羅北道の代表観光地育成事業として芸術家レジデンス9棟と展示館8棟がつくられ、現在は約50世帯の住民と7組の芸術家たちが暮らしています。村の各所に壁画やフォトコーナーがある他、ソリ(音)空間、キム・スミ俳優の家、マルレンイ村の思い出展示館、醸造所があります。

国立ヒリ山海松自然休養林(국립 희리산해송자연휴양림)

国立ヒリ山海松自然休養林(국립 희리산해송자연휴양림)

18.0Km    2022-07-04

チュンチョンナム道ソチョン郡チョンチョン面 ヒリサンギル206

山全体が海松天然林で景観がすばらしく入口には貯水池もあり森林浴が楽しめます。登山路に沿って頂上まで登れば西海を望むことができ、また春長台海水浴場や錦江河口堤、韓山カラムシタウンなどの観光地も近くに位置しているため一緒に回ることができます。
ヒリ山は海抜329メートルで休養林の北西の方には4匹の大蛇が住んでいたと言われる場所があります。
また、ヒリ山で最も高いムンス峰の山の背に沿って戦士達が馬に乗り走っていた場所や馬の糞のような形をした馬糞岩があります。他にも大蛇が住んでいた4つの大きな峰の下に兵士たちが住んでいた小さな岩100個程があり兵士岩と呼ぶなど岩がいろいろな形をしており、ムンス峰に続く登山路の周辺にはたくさんの見所があります。

益山双陵(익산 쌍릉)

益山双陵(익산 쌍릉)

18.2Km    2024-04-08

チョンブク特別自治道イクサン市ソクァン洞

益山双陵(イクサンサンヌン)は全羅北道益山市に位置する墓で、史跡に指定されています。2基の墓が南北に約150メートルの間を空けて位置しており、双陵と呼ばれています。規模が大きく、北側にある陵は「末通大王陵」または「大王墓」と呼ばれており、少し小さめの陵は「小王墓」と呼ばれています。ここに葬られているのは百済の王であった武王とその妃である善花姫であると推測されています。

<双陵の規模>
発掘当時は高さ3.1メートルでしたが、現在は補修され、大王墓は高さ5メートル・直径30メートル、小王墓は高さ3.5メートル・直径24メートルとなっています。

薯童公園(서동공원)

薯童公園(서동공원)

19.0Km    2024-04-08

チョンブク特別自治道イクサン市クムマ面コド9ギル41-14

薯童(ソドン)公園は、金馬(クムマ)貯水池周辺に整備された公園です。公園には12支神像(12の動物)と薯童・善花(ソンファ)姫をテーマにした彫刻など100以上の作品があります。中央広場には武王(ムワン)の銅像があり、馬韓(マハン)体験館、子供森体験場、ピクニック場、噴水台、水辺広場などが整備されています。薯童と善花姫、武王は600年代に実存した歴史の人物です。

益山 古都里 石造如来立像(익산 고도리 석조여래입상)

益山 古都里 石造如来立像(익산 고도리 석조여래입상)

19.6Km    2024-04-08

チョンブク特別自治道イクサン市クンマ面トンゴド里

宝物に指定されている古都里(コドリ)石仏立像は、約200メートルの距離を置いて2体の石像が向かい合っています。この仏像には説話があり、陰暦12月になると年に一度だけ男女の仏像が出会い、明け方になって鶏が鳴くと元の位置に戻って行くといわれています。頭には四角の高い冠の上に平べったい四角の笠を被っています。四角の顔には細い目、短い鼻、小さな口がついており、土俗的な守護神の表情をしています。首は非常に短く、肩と顔がほぼくっついた形で、胴体には曲線はなく、腕は表現されず、手は腹部に描かれています。また、衣服には模様はなく、数本の線のみで描かれています。高麗時代には非常にシンプルに体を表現した巨大な仏像が多く作られており、この仏像もその一つです。

銀波湖公園(銀波国民観光地)(은파호수공원(은파국민관광지))

銀波湖公園(銀波国民観光地)(은파호수공원(은파국민관광지))

19.7Km    2024-04-07

チョンブク特別自治道 群山市 米龍洞
+82-63-454-4896

全羅北道群山市にある「銀波湖公園(ウンパホスゴンウォン)」は、本来農業用貯水池でしたが、貯水池を中心に付近の小さな山々を含め、1985年に国民観光地に指定されました。夕暮れ時のきらきらした波がとても美しいため「銀波」と呼ばれているここは、朝鮮時代以前につくられていたことが地理学者・金正浩先生の大東輿地図にも表示されているほど歴史深い所です。
遊園地の入口から続いてる散歩道は桜並木がトンネルを作り、春になると艶やかな桜に彩られて印象的で、家族や恋人達のデートの場所として愛されています。特に、銀波湖公園の名物である「ムルピッ橋」は、五色絢爛な「音楽噴水」とともに幻想的な夜景を演出し、訪れる人々を魅了しています。この他にもインラインスケート場、水辺舞台、蓮の自生地など見所がたくさんあり、群山を代表的する観光地、夜間の観光名所として人気があります。