観光 - 韓国旅行情報

梵魚寺 (釜山)(범어사(부산))

梵魚寺 (釜山)(범어사(부산))

49212     2020-03-31

釜山広域市 金井区 梵魚寺路250
+82-51-508-3122

「梵魚寺(ポモサ)」は釜山の名山である、金井山のふもとに位置しています。今から約1,300年前の新羅時代・文武王のとき、高僧・義湘大師によって建てられました。地理書『増東国輿地勝覧』には、梵魚寺の由来として「金井山の尾根に井戸があり、その水は金色でした。そして、天から金色の魚が五色の雲に乗っておりてきて遊んでいました」と記され、天の魚を意味する「梵魚(ポモ)」より、梵魚寺と名づけられたということです。
梵魚寺は新羅時代に建てられましたが、創建当初の建物は壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時に焼失し、現在の建物は朝鮮時代の1713年に再建されたものです。そのため大雄殿は繊細で華麗な、朝鮮時代最高の建築物といえます。その他、梵魚寺には、9世紀ごろに建てられた三重の石塔や、4本の石柱に支えられた一柱門、7棟の殿閣、楼閣、 3つの門、11の庵子などがあります。さらに、天然記念物の藤が咲き乱れる5月は、周囲の溪谷と調和を成し、一層美しい景色を見ることができます。

鶴洞黒真珠モンドル海岸(학동흑진주몽돌해변)

鶴洞黒真珠モンドル海岸(학동흑진주몽돌해변)

10958     2020-03-31

慶尚南道 巨済市 東部面 鶴洞6キル 18-1

鶴洞(ハクトン)黒真珠モンドル海岸は、全長約1.2キロメートル、波打ち際からの砂浜の幅50メートル、面積3万平方メートルの規模を誇る、黒真珠のようになった波で洗われた丸い石・モンドルが埋め尽くす海岸です。
特に夏のシーズンにこのモンドルが一面に広がる海岸を素足で歩くと、指圧効果があり健康にもよいと言われています。
モンドル海水浴場は、他の海水浴場と比べ、水深が深く波が荒いため、波にさらわれないよう注意する必要がありますが、バナナボートなど海洋レジャースポーツには最適なところです。
また海水浴場のすぐ後ろの小さな村には民泊や刺身屋などもあり、また手ごろな料金の宿舎をお探しの方はさらに海水浴場から歩いて10分ほどに足を運べば、リーズナブルな宿泊施設があります。
鶴洞モンドル海水浴場にある船着場から遊覧船に乗船すると、海の金剛(クムガン=註:北韓にある景勝地・金剛山)と呼ばれる海金剛(ヘグムガン)や様々な異国情緒あふれる熱帯林が覆う島・外島(ウェド)などを巡ることができ、巨済島(コジェド)を訪れたなら、海水浴をせずとも、ぜひ船で海を遊覧することをおすすめします。

通度寺[ユネスコ世界文化遺産](통도사[유네스코 세계문화유산])

通度寺[ユネスコ世界文化遺産](통도사[유네스코 세계문화유산])

30117     2020-03-31

慶尚南道 梁山市 下北面 通度寺路108
+82-55-382-7182

鷲棲山の南に位置する通度寺(トンドサ)は、釈迦の真身舎利を奉る名刹です。通度寺という名前は、仏法に精通し衆生を済度するという意味からつけられたといわれています。唐の国から慈蔵律師が釈迦如来真身舎利を奉って来て、646年に創建されました。多くの戦争と侵略の中でも通度寺は今日に至るまで1300年の間法燈が消えたことのない寺院で、境内には35の建物や法塔があります。仏像のない大雄殿は国宝第290号に指定されており、この他にも19の地方宝物と794の地方文化財、そして金剛戒壇に釈迦牟尼の真身舎利が奉られており、博物館的な意味を持つ寺でもあります。

幸州山城(행주산성)

幸州山城(행주산성)

18765     2020-03-31

京畿道 高陽市 徳陽区 幸州路15番キル89
+82-31-8075-3396

徳陽山頂上に築かれた「幸州山城(ヘンジュサンソン/史跡第56号)」は、 壬辰倭乱(文禄・慶長の役)で、日本軍と朝鮮軍がぶつかった激戦地です。

幸州(ヘンジュ)対戦祭
毎年3月14日、幸州山城では壬辰倭乱の時に日本軍を撃破し、国を危機から救って大きな功績をあげた権慄の幸州対戦を記念した行事とその他多彩な文化イベントが開催されます。多くの人達が参加する中、権慄都元帥の掛け軸が奉られている忠壮祠で行われるこの行事は高陽市長が初獻官となり、将軍の魂を呼び起こすための儀式など様々な伝統儀式が行われます。

セナムト記念聖堂(새남터 기념성당)

セナムト記念聖堂(새남터 기념성당)

31367     2020-03-31

ソウル特別市 龍山区 二村路80-8
+82-2-716-1791

ソウル地下鉄1号線に乗って龍山駅を過ぎると、大きな韓屋の瓦屋根が目に留まります。韓国カトリック教会創立200周年の記念の年である1984年に工事を始め、3年後に殉教聖地「セナムト記念聖堂」が完成しました。セナムトは朝鮮時代の初期から重罪人の処刑場として使用されていたところで、金大建聖人をはじめとした聖職者11人と教会指導者3人が殉教しました。その他9人の遺骸がセナムト記念館に安置されています。記念館には殉教者に関する映像や刑具体験室があります。

報恩俗離正二品松(보은 속리 정이품송)

報恩俗離正二品松(보은 속리 정이품송)

26699     2020-03-31

忠清北道 報恩郡 俗離山面 上板里
+82-43-540-3407

忠清北道報恩郡内俗離面上板里にある樹齢600年以上と推定される松の木で、1962年12月、天然記念物第103号に指定された文化財です。俗離山の麓にあり、東側には道路が、西側には天凰峰がそびえ、漢江の上流の1つ、俗離川が流れています。
1982年からは、高さ18メートルに及ぶ8角周型の防虫網が設置され、この地域に多い害虫から木を守るなど、各種対策が取られてきました。現在もしっかりとたたずむ松の木は、まるで大きな傘を広げたようなどっしりした姿で行き交う人々を静かに眺めています。

潭陽 昌平サムジネ村[スローシティ](담양 창평 삼지내마을[슬로시티)

潭陽 昌平サムジネ村[スローシティ](담양 창평 삼지내마을[슬로시티)

47111     2020-03-31

全羅南道 潭陽郡 昌平面 トルダムキル9-22
+82-61-383-3807

昌平スローシティ「サムジネ村」は1510年頃に形成された村で、東の方には月峰山、南側にはクッス峰がそびえています。村の前を流れる川の様子が鳳凰が羽を伸ばして取り囲んでいる形に見えることから三支川(サムジネ)と呼ばれています。
「サムジネ村」は2007年、韓国初のスローシティに指定されており、自然のなかでスローフードやスローアートを体験し、スローな暮らしを追求します。

食べ物:薬草定食、田舎菜園定食、タケノコのナムル、市場クッパ、田舎定食
周辺観光地:竹緑園、メタセコイア並木道、瀟灑園 など

奉元寺(봉원사)

奉元寺(봉원사)

12304     2020-03-31

ソウル特別市 西大門区 奉元寺キル120
+82-2-392-3007

ソウル西大門区奉元洞鞍山の麓にある「奉元寺(ポンウォンサ)」は、韓国仏教の太古宗の総本山として、長い歴史と伝統を守ってきた歴史のある古い寺です。
新羅真聖女王3年(889年)に道詵国師が、現在の延世大学校(衍喜宮)に創建し、当時の名前は般若寺といいました。その後、 壬辰倭乱の際に焼失しましたが、朝鮮英祖24年(1748年)に賛汁、増巌の二人の僧により今の土地に移転し、また建て直されて「奉元寺」に改名されました。
奉元寺では、毎年6月6日に世界平和及び、南北統一を祈願するために、仏教儀式の一つであり、国家無形文化財第50号に指定された「霊山斎」が行われます。霊山斎は2009年にユネスコ世界無形遺産に登録され、霊山斎が行われる際は梵唄(寺で法事が行われる時に唄われる仏教音楽)と踊りなど、仏教芸術を見ることができます。また、夏になると「ソウル蓮の文化祭り」が開催され、ひっそりとした休息の場で家族と共に、仏教の象徴である美しい蓮の花を観賞できます。

済州牧官衙(제주목관아)

済州牧官衙(제주목관아)

10772     2020-03-31

済州特別自治道 済州市 観徳路25
+82-64-710-6714

官衙とは昔の役所のことです。 「済州牧官衙(チェジュモックァナ)」は(史跡第380号)は、朝鮮時代、済州道の政治・行政の中心地だった役所跡です。重要施設である東軒や内衙などの建物跡も確認されており、その位置や規模もわかっています。これらは観徳亭(宝物第322号)を含め、重要な遺跡地として指定されました。済州に現存する建物の内、最も古い は単層八作屋根という建物で、軒が長いのが特徴です。この観徳亭は兵士たちの訓練場として、1448年に建てられたものです。
官衙施設は1434年の火災により全焼し、その後すぐに復元工事が行われましたが、日帝強占期に壊され、観徳亭以外は跡形もなくなってしまいました。
済州牧官衙を元の姿に戻そうと1991年から1998年まで、4回に渡る発掘調査が行われました。そして建物跡や建築構造が確認され、そこから出土した遺物をもとに、専門家や当代の文献によって2002年12月復元が完了しました。

李相和古宅(이상화 고택)

李相和古宅(이상화 고택)

38727     2020-03-31

大邱広域市 中区 西城路6-1
+82-53-256-3762

大邱桂山洞2街84番地に位置する古宅は、抗日文学家として有名な詩人・李相和(イ・サンファ/1901~1943)が1939年から1943年まで暮らした家です。日帝強占期に民族独立のための抵抗精神を表現した詩人・李相和の思いが残っている場所です。
李相和古宅は、1999年から古宅を保存しようとする市民運動が始まり、軍人共済会が近隣に住商複合アパートを建築しながら古宅を購入し、2005年10月27日に大邱市に古宅を寄付しました。
大邱市は、敷地面積205平方メートル、建築面積64.5平方メートル(1階建て木造建築2棟)の古宅を補修し、古宅保存市民運動本部が募金で集めた財源をもとに古宅内に展示物を設置しました。
李相和古宅は、暗い時代を生きながら日帝に抵抗した民族詩人・李相和の精神を称え、子孫にその精神と文学的功績を継承する教育の場としても活用されています。

開岩寺(개암사)

開岩寺(개암사)

9341     2020-03-31

全羅北道 扶安郡 上西面 開岩路 248
+82-63-583-3871

開岩寺(開巌寺=ケアムサ)は634(武王35)年、妙蓮(ミョリョン)が創建した百済の古刹です。
開岩(開巌)という名称は、紀元前282年弁韓の武王が辰韓や馬韓との戦を避け、ここに都城を築く際、禹と陳という二人の将軍に渓谷の左右に王宮殿閣を作らせ、東側を妙岩(ミョアム)、西側を開岩としたことから始まります。
676(文武王16)年、新羅時代の高僧・元暁(ウォニョ)と義湘(ウィサン)が重修し、1276(忠烈王2)年の円鑑(ウォンガム)国師の時代にはおよそ30棟あまりの建物を建て大寺院としての姿を整えました。
また「楞伽経(ヌンガギョン)」説法により多くの人々を教化、この寺のある山は楞伽山(ヌンガサン)と言われるようになりました。
1414(太宗14)年、禅坦(ソンタン)が再び重創しましたが、壬辰倭乱(日本で言う「文禄・慶長の役」)により黄金殿を除くすべての建物が焼失し、1636(仁祖14)年に戒浩(ケホ)が再び重創し今日に至っています。
宝物第292号に指定されている大雄宝殿は正面3間、側面3間の入母屋造りの建物で、朝鮮時代中期を代表する建物です。宝物第1269号に指定されている霊山会掛仏幀は1749年に制作された僧侶画家・義謙(ウィギョム)の作品で、縦13.25m、幅9mの大きさの霊山会上図です。
開岩寺の裏手にある禹金岩(ウグマム)を含む長さ3,960mの周留城(チュリュソン)は、百済の遺民らが王子・扶余豊(プヨプン)を擁立し、3年間かけて百済復興運動を展開した始まりの地としても有名です。
遺物としては1689(粛宗5)年に鋳造された全羅北道(チョルラプクド)有形文化財第126号・銅鐘や重建寺蹟紀があります。

ソウル文廟と成均館(서울 문묘와 성균관)

ソウル文廟と成均館(서울 문묘와 성균관)

26545     2020-03-31

ソウル特別市 鍾路区 成均館路31
+82-2-760-1472

文廟は儒教を集大成した孔子をはじめ、昔の聖賢たちの位牌を祭って祭祀をした位牌堂であり、国立の最高教育機関とも言われています。中国が唐の時代、孔子が文宣王に追封されたことにより文宣王廟と呼ばれましたが、元代以降現在の文廟となりました。明倫堂の前には天然記念物第59号のイチョウの木があり、春、秋には孔子をはじめ聖賢の祭祀をおこなっています。