観光 - 韓国旅行情報

静江園(韓国伝統飲食文化体験館)(정강원(한국전통음식문화체험관))

静江園(韓国伝統飲食文化体験館)(정강원(한국전통음식문화체험관))

164     2018-12-11

江原道 平昌郡 龍坪面 金堂渓谷路2010-13
+82-33-333-1011

「静江園(チョンガンウォン)(韓国伝統飲食文化体験館)」は、韓国の伝統飲食文化の価値とすばらしさを継承するとともに、これを広く研究・普及・広報する目的で設立された文化院です。江原道平昌郡龍坪面白玉浦里の約3万平方メートルを越える敷地に展示館・調理体験室・教育研修院・発酵室・自然栽培団地など、伝統飲食文化体験に必要なさまざまな施設を備えています。韓国最高の伝統飲食文化体験の場として、外国人観光客が韓国伝統飲食文化を体験・観光できるよう特に配慮されています。

伝燈寺テンプルステイ(전등사 산사체험)

伝燈寺テンプルステイ(전등사 산사체험)

5220     2018-12-11

仁川広域市 江華郡 吉祥面 伝燈寺路37-41
+82-32-937-0125

仁川広域市江華郡吉祥面鼎足山城の中にある「伝燈寺(チョンドゥンサ)」では、毎週テンプルステイプログラムを運営しています。
テンプルステイとは、お寺に泊まりながら仏教文化を体験し、自然を感じながら日常のストレスを解消し、活力を回復する仏教文化体験プログラムです。
体験型テンプルステイでは、お寺での礼儀作法を学んだり、参禅瞑想、雲力(運力)などの仏教文化の体験が可能です。また、休息型テンプルステイは決められたプログラムがなく、自由に休息の時間を楽しみながら僧侶との対話の時間を持つこともできます。

津寛寺(ソウル)(진관사(서울))

津寛寺(ソウル)(진관사(서울))

10840     2018-12-10

ソウル特別市 恩平区 津寛キル 73
+82-2-359-8410

津寛寺は、東の仏岩寺、西の津寛寺、南の三幕寺、北の僧伽寺と言われ、昔からソウル近郊の4大名寺院として有名です。 津寛寺の歴史は、高麗第8代顯宗元年・西紀1010年に顯宗が、津寛大師のために創建したと言います。朝鮮を建国した太祖李成桂の命令によって、祖宗仙霊と殉国忠烈、犠牲になった高麗王氏の魂を慰めようと水陸社を設け春・秋露水陸大斎を施して来ました。 世宗の時代には、集賢殿の学士たちのための読書堂を津寛寺に立てて成三問、申叔舟、朴彭年など学者たちが読書できるようにしたと言います。韓国動乱の時の共産軍掃討の一環で寺院は灰燼してしまいました。1963年比丘尼真観僧が寺主として赴任し、約30年間にかけて復元工事を行い今の伽藍に一新、復元しました。 建物としては、大雄殿、冥府殿、羅漢前、七星閣、独聖閣、那迦院、鴻済楼、動静閣、東別堂、ヨサチェなどから成り立っています。大雄殿には、本尊仏である釈迦牟尼仏と脇侍菩薩としては、弥勒菩薩と提和竭羅菩薩を祀ってあり、冥府殿は地蔵菩薩と道明尊者、無毒鬼王十代大王を、羅漢殿は釈迦牟尼仏と弥勒菩薩、提和竭羅菩薩、十六羅漢像を祀ってあります。 北漢山国立公園に指定されるほど美しい自然環境と文化歴史を誇る津寛寺は、現代を生きて行くソウル市民たちに心の平和と日常の疲れを癒してくれる清凉剤のような役割を果たしており、今日も仏様の慈悲を世の中に伝えています。

羅老宇宙海水浴場(나로우주해수욕장)

羅老宇宙海水浴場(나로우주해수욕장)

42     2018-12-10

全羅南道 高興郡 蓬莱面 新錦キル 30-23

全羅南道高興郡高興邑から南東方向に25km離れた島で、外羅老(ウェナロ)島と内羅老(ネナロ)島からなります。
現在は羅老1大橋と羅老2大橋とで陸続きになったため、船に乗船せずとも2つの島の隅々を回ることができるようになりました。
内羅老島の徳興村と外羅老島には羅老島(新錦)、塩浦、ハバン、曳内に海水浴場があり、夏になると避暑地として賑わいをみせます。
特に外羅老島は島全体が多島海海上国立公園に属していることから風光明媚なところです。また外羅老島の羅老島港ではテナガダコ、ワタリガニ、活魚、貝類などの新鮮な海産物が手ごろな価格で楽しめます。羅老島は島全体が海釣りの絶好のポイントとなっており太公望たちに有名なところで、季節ごとにさまざまな魚が大変よく釣れる場所です。羅老島の海水浴場は遠浅で数百年間前からある常緑樹林の木陰が暑さを和らいでくれるので家族連れの避暑地としておすすめの場所です。特に外羅老島で一番奥まったところにあるハバン村は美しい林と海岸があり、家族連れの避暑地として最適な上、韓国最初の羅老宇宙センターも見える場所にあります。


宣陵・靖陵[ユネスコ世界文化遺産](선릉.정릉(선정릉))

宣陵・靖陵[ユネスコ世界文化遺産](선릉.정릉(선정릉))

28588     2018-12-06

ソウル特別市 江南区 宣陵路100キル1
+82-2-568-1291

朝鮮第9代王・成宗とその継妃・貞顕王后尹氏を祀った宣陵(ソンルン)と、第11代王・中宗を祀った靖陵(チョンヌン)。成宗は世祖の孫であり徳宗(追尊)の次男で1457年に誕生し、 1469年に即位しました。在位した25年の間、学問を奨励して制度を整備するなど多くの政治功績を残し、1494年に崩御しました。貞顕王后は鈴原府院君尹壕の娘で、1480年に妃に冊封され、1530年に崩御しました。中宗は成宗の次男で、1488年に誕生、1506年に即位し、1544年に崩御しました。
史跡第199号の宣靖陵(ソンジョンヌン)は都心にありながらも、落ち着いた雰囲気のなかにあり、ゆったりと散歩を楽しむことができます。また、陵を取り囲んでいる鉄網の垣根を取り除き、森がある区間には風情ある塀を築き、石垣道が設けられています。

景福宮(경복궁)

景福宮(경복궁)

316715     2018-12-06

ソウル特別市 鍾路区 社稷路161
+82-2-3700-3900, +82-2-738-9171, +82-2-3210-1645, +82-2-3700-3904

「景福宮(キョンボックン)」はソウルの五大宮の一つで、朝鮮王朝の正宮として600年の歴史があります。この宮は朝鮮の創始者である「太祖・李成桂」が高麗の首都を移転した際、新しい王朝の宮殿として1395年に建てられたもので、ソウルの北にあるので「北闕」とも呼ばれています。

景福宮は15万坪におよぶ広い敷地に長方形に作られ、南側には正門である光化門、東側には建春門、西側には迎秋門、北側には神武門があります。宮内には勤政殿をはじめ、交泰殿、慈慶殿、慶会楼、香遠亭などの殿閣があります。景福宮の正殿である勤政殿は公式的な儀式を行い、官僚たちの朝礼が行われていたところです。

勤政殿の花崗岩を敷き詰めた庭には、道が通っています。道の真ん中は若干高く広いのですが、この道は王様が通る道でした。その両側の若干低い道は、文武官僚が通った道です。

慈慶殿と交泰殿は、各々王の母と皇后の寝殿です。慈慶殿は十長生(長生不死を象徴する10種のもの)煙突と花塀が有名で、朝鮮時代に作られた最も美しい煙突として数えられ、宝物第810号に指定されています。交泰殿は王妃が個人的な日常生活をしていたところで、峨嵋山側の塀と後門が美しいことで有名です。

景福宮の趣をさらに引き立てているのは、慶会楼と香遠亭です。慶会楼は国の慶事がある時や、外交使節を応接する時に宴会を催した所で、大きな人工池の上にあります。香遠亭は寝殿の裏側に位置する後苑空間で、慶会楼と同じく池を掘り真ん中に人工島を作って東屋を建てたものです。慶会楼に比べて女性的なのが特徴で、特に峨嵋山は、自然の地形と建物を調和させた、韓国の典型的な宮中後苑です。ほかにも王様の執務室であった思政殿、学者たちが本を読んだ図書室である修政殿などがあります。

景福宮内には文化財もたくさんあります。全国各地に散らばっていたものを移してきた、敬天寺十層石塔(国宝第86号)、法泉寺智光国師玄妙塔(国宝第101号)などの国宝物や、自動時計を設置した報漏閣、天上時計と自動水時計を設置した欽敬閣などがあります。

セビッソム(세빛섬(some sevit))

セビッソム(세빛섬(some sevit))

27018     2018-12-06

ソウル特別市 瑞草区 オリンピック大路683
+82-1566-3433

「セビッソム(some sevit)」はソウルの中心・漢江でひと味違った文化を楽しむことができる、浮体上に建てられたフローティング形態の水上複合文化空間です。漢江を美しく照らす3つの人工島「カビッソム(some gavit)」「チェビッソム(some chavit)」「ソルビッソム(some solvit)」から成り、優雅で心地のよい時間を過ごすことのできる空間となっています。セビッソムという名は3種の光という意味の「sevit」と、驚嘆に値する、幻想的な、とても素敵ななどの意味を持つ「Awesome」を合わせたもので、ここを訪れる人々が感嘆するような幻想的で素敵な空間という意味が込められています。

モンマルトル公園(몽마르뜨공원)

モンマルトル公園(몽마르뜨공원)

1862     2018-12-06

ソウル特別市 瑞草区 盤浦大路37キル59
+82-2-2155-6877

瑞草区盤浦洞にある「モンマルトル公園」のある場所は、もともとアカシアの木が生い茂っていた山でした。2000年にソウル特別市上水道事業本部が盤浦地域に円滑な水道水の供給のため、排水地工事を施行することによって瑞草区ではソウル特別市との協議を通して住民達に休息空間を提供するために「モンマルトル公園」を造りました。近郊にあるソレマウルにはフランス人たちが多く居住していおり、この地域の入口の道をモンマルトル路と呼ばれていたため、この公園の名前を「モンマルトル公園」としました。

面積24,690平方メートル
公園面積20,054平方メートル

昆池岩リゾート(곤지암리조트)

昆池岩リゾート(곤지암리조트)

10100     2018-12-06

京畿道 広州市 都尺面 都尺上路278

昆池岩(コンジアム)リゾートは、ソウル江南から車で1時間以内で行ける距離に位置しています。京畿道で最大規模のスキー場や、全476室の客室からなるコンドミニアム、韓国初の滞在型スパなどさまざまな施設が備わっており、1年を通して休息の時間を楽しむことができます。また、リゾート内を流れる生態河川や、約9万本のワインが貯蔵されている洞窟ワインセラーではさまざまな体験をすることができます。
昆池岩リゾートのもうひとつの見所は、ホタルを見ることもできる樹木園です。昆池岩樹木園は、20以上の多様なテーマの庭園に約3,700種の植物を収集・展示しています。

ドラマ『ソドンヨ』ロケ地-ソドンヨ テーマパーク(서동요 테마파크)

ドラマ『ソドンヨ』ロケ地-ソドンヨ テーマパーク(서동요 테마파크)

17029     2018-12-06

忠清南道 扶余郡 忠化面 忠臣路 616
+82-41-832-9913

1400年前の百済王と新羅の王女との美しい愛の物語を盛り込んだ『ソドンヨ』の撮影地、『ソドンヨ』テーマパークは忠清南道扶餘郡にあります。百済と新羅の王宮、貴族たちの宴会の場所、庶民の村と貴族村などの建物を見物した後、チェギチャギ、ブランコなどで遊ぶこともできます。

入場可能な時間:月~金 9:00~18:00(月~金) / 週末 9:00~21:00(週末)

* セット場紹介
1) 百済王宮 – 外部から見ると2階、内部1階
2) 左平法王の家 – 現在の長官以上の高位官吏官舍
3) 新羅宮 – 2棟 新羅宮
4) 王宮村 – 百済王宮と庶民の居住地
5) テハクサ – 科学技術院のような役割をした建物
6) 皇華宮 – 王妃の御所
7) 世子宮と 愛蓮池 – ソドンとの愛を象徴する蓮池
8) ソドンジョン・ソンファジョン – 百済王宮の後ろの東屋
9) ハヌルジェ – ドラマに出てくる新羅の地にある百済技術者の村
10) スギョンル – 貴族たちの宴会場所

全羅南道 潭陽郡 昌平[スローシティ](전남 담양 창평 [슬로시티])

全羅南道 潭陽郡 昌平[スローシティ](전남 담양 창평 [슬로시티])

6346     2018-12-06

全羅南道 潭陽郡 昌平面 トルダムギル 56-24
+82-2-383-3807

全羅南道潭陽(タミャン)郡昌平(チャンピョン)は農村地帯でトマト、イチゴ、ハウス栽培の野菜など近郊農業が盛んな所で、素晴らしい自然環境がいまもなお残りつつ、田園都市など今後の発展への潜在力を持つ、人情にもあふれ住みやすい美しい場所です。

昌平(チャンピョン)という地名は高麗時代初期まで遡ることができ、これまで文武百官を輩出したソンビ(学者)の村として忠・孝・礼・信義を守り続けてきた村としてその名声を博しています。

壬辰倭乱(日本で言う文禄・慶長の役)の時の義兵隊長だった霽峰・高敬明(コ・ギョンミョン)先生の次男・鶴峰・高因厚(コ・インフ)先生の11代子孫である大韓帝国末期の義兵隊長・鹿川・高光洵(コ・グァンスン)義兵隊長が生まれた義を重んじる村で、近現代に入って1906年4月1日私立長興学校を創設・開校し、新学問を教育した春崗・高鼎柱(コ・ジョンジュ)先生、国務総理や国会副議長、中央省庁のトップである長官、大法院(最高裁)判事、そしてマスコミ界の重鎮・高在旭(コ・ジェウク)、初の工学博士・李升基(イ・スンギ)博士、初の女性農学博士・金三純(キム・サムスン)博士の故郷でもあります。

朝鮮時代に王への献上品として有名であった昌平米飴や韓菓、千年の神秘をとどめる竹塩、竹塩味噌、伝統トッカルビなどは韓国伝統の食べ物として昌平が誇るものです。br />

* 歴史
三韓時代 - 拘溪国
百済時代 - 屈支県
新羅時代 – 757(景德王16)年祈陽県
高麗時代 – 940(太祖23)年昌平県(別名として鳴平[ミョンピョン])。 1144(仁宗21)年、中央指定官として県令を置く。
朝鮮時代 –
1474(成宗5)年-昌平県を撤廃し光州牧に隷属させる形となったものの、金有山(キム・ユサン)が王に訴え 再び1479年昌平県となる。
1758(英祖34)年閔百禄(ミン・ペンノク)が昌平県誌を編纂し、1793年(正祖17)年昌平県令である趙光存(チョ・グァンジョン)が現在の古西面古邑里から昌平面昌平里82番地(昌平面事務所)に移る。
1895(高宗32)年5月26日南原府昌平郡(4等郡守)となる。
1896(高宗33)年8月24日全羅南道昌平郡として9つの面を管轄。

日帝強占期 – 1910年国権侵奪時代 - 昌平郡
1914年2月28日、部令第11号(1913年12月29日公布)により昌平郡が潭陽郡に編入され、昌平面に改称

※ 昌平という地名は孔子の出生地・魯の昌平郷とその地形などが似ていることから命名されたという説があります。
1990年4月1日付で南面外東里が昌平面に編入

水原華城[ユネスコ世界文化遺産](수원 화성[유네스코 세계문화유산])

68500     2018-12-05

京畿道 水原市 八達区 正祖路910
+82-31-290-3600

「水原華城(スウォンファソン)」は、朝鮮第22代王・正祖が父・思悼世子に対する孝心と経済力を備えた新都市を建設しようと計画し、1794年~1796年にかけて造られました。城壁の全長は5.7キロメートルで城壁の上には、体を隠して敵を監視・攻撃できるよう、いくつもの銃穴が空けられた女墻(胸壁)があります。また、東西南北四方向に城門(蒼龍門(東)・華西門(西)・八達門(南)・長安門(北))を設けるなど、他の城には見られない軍事施設を備えています。城内には小川が流れており、小川と城壁が交差する所に水門が設置されています。水門は7連のアーチ橋で構成され、その上には華虹門という楼閣があります。華城は実学者と呼ばれる柳馨遠(1622~1673)と丁若鏞(1762~1836)の意見を参考にし設計されたもので、韓国の城郭の中でも科学的に最も優れているとの評価を受けています。特に城郭の築城に石材と煉瓦を併用したことと、矢と槍を防御しつつ銃砲を撃つことができる構造は大変優れたものとされています。
これまで長い年月の間に城郭がかなり損傷を受け、韓国戦争(朝鮮戦争)の動乱により多くの施設が破損してしまったため1975年から補修・修復がなされ現在に至ります。また、水原華城は1963年1月に史跡第3号に指定され、1997年12月には昌徳宮とともにユネスコ世界文化遺産に登録されています。