観光 - 韓国旅行情報

社稷公園(光州)(사직공원(광주))

社稷公園(光州)(사직공원(광주))

1459     2022-01-03

光州広域市 南区 社稷キル49

「社稷公園(サジッコンウォン)」は、元々、社稷壇があったところです。社稷壇とは韓国の三国時代から国の安寧と豊作を願い、その土地に宿る神と穀物の神に祈りを捧げた場所です。朝鮮太宗3年(1394年)に土地の神と穀物の神に祭祀を行った社稷壇を設けたことに由来しています。
公園内には、1993年に復元された社稷壇の他、 韓国放送公社(KBS)光州放送総局、警察忠魂塔、椽波亭、弓場であった観徳亭、市街地を一望できる東屋・八角亭などがあります。
社稷公園は様々な樹木や草花がよく手入れされた状態で植えられています。また、毎年4月15日前後の桜が満開となる時期、夜になるとライトアップが施された美しい桜の花見ができるようになるなど、いまでは市民の最も訪れたい憩いの場として定着しています。

無等山国立公園(무등산국립공원)

無等山国立公園(무등산국립공원)

20579     2022-01-03

光州広域市 東区 東山キル29
+82-62-227-1187

無等山(ムドゥンサン)国立公園は、光州と全羅南道潭陽郡、和順郡の境界にある山で、1972年に道立公園に指定され、その40年後に21番目の国立公園に指定されました。俗に武岳、武珍岳、瑞石山とも呼ばれているこの山は海抜1186メートルで、名前のとおり周りにその高さの目安になるような等しいものがないくらい群を抜いてそびえ立っています。山の頂上は天王峰、地王峰、仁王峰の3つの峰で構成されています。
無等山は地勢が険しくないので、だれでも登ることできます。この山は高低が激しくなく、奇岩怪石の石屏風が山全体に広がっているのが特徴です。千状万態の岩が頂上の天王峰を中心に点在し、その雄壮さによって道民の信仰対象になっている神山として有名です。特に瑞石台、圭峰、立石台などの岩が雄壮で、山のふもとには薬師庵、証心寺、元曉寺などの寺があります。また無等山は季節ごとに美しい景色に彩られる所としても有名です。秋には圭峰岩の紅葉がすばらしく、白馬稜線のススキ、冬には雪花と氷花が絶景となります。
無等山の麓には各施設がありますが、その中でも国立光州博物館は韓国の伝統様式で建てられ、1000坪の展示室と広い遺物保管施設を備えています。博物館には新安沖合いから引き揚げられた宋、元の遺物と湖南地方の先史、百済、新羅時代の遺物、朝鮮時代の絵画など2000点の遺物が展示されています。

普信閣(보신각 터)

普信閣(보신각 터)

18564     2021-12-31

ソウル特別市 鐘路区 鐘路54

普信閣(ポシンガク)はソウルの繁華街・鐘路(チョンノ)の交差点にあります。普信閣の鐘は朝鮮時代、時を知らせる役目をしたもので、当時ソウルには人々が出入りする4つの大きな門があり、午前4時に鐘を33回打って城門を開き、午後10時に28回打って門を閉めていました。鐘は1468年に作られたもので、円覚寺に設置されていましたが、1619年に現在の位置に移されました。この鐘は宝物第2号に指定されており、国立中央博物館に保存されています。現在、普信閣にある鐘は1985年に作られた新しいもので、普信閣では毎日午前11時20分から1時間、鐘撞き行事が行われています(月曜日を除く)。また、毎年12月31日には普信閣周辺は通行止めとなり、新年を迎える鐘撞きが行われ、大勢の人で賑わいます。

茂朱九千洞観光特区(무주 구천동 관광특구)

茂朱九千洞観光特区(무주 구천동 관광특구)

2865     2021-12-29

全羅北道 茂朱郡

茂朱九千洞観光特区は全羅北道茂朱郡雪川面に位置する茂朱九千洞渓谷を中心に徳裕山国立公園の麓と自然休養林などが含まれます。茂朱九千洞渓谷は徳裕山国立公園北側のふもとを流れる約30キロメートルの渓谷です。木々に囲まれた清らかな渓谷の水が真夏の暑さを忘れさせてくれ、夏の避暑地としても有名です。隠亀岩、鶴巣台、臥龍潭、九千瀑布、蓮華瀑布など優れた景観を誇る33の名所が渓谷に沿って並んでいます。夏になると茂朱九千洞のきれいな自然のなかでホタルを見ることができ、ホタル祭りも開かれます。また秋の紅葉と冬の雪景色も絶景です。
茂朱九千洞の近くに位置する茂朱リゾートは、家族ホテルやコンドミニアムなど多様な宿泊施設を取り揃えた休養地で、季節ごとにスキーや登山、乗馬、MTBなど多彩なレジャースポーツが楽しめます。リゾートの下からゴンドラに乗って徳裕山の雪川峰(海抜1520メートル)に登れば頂上の香積峰(海抜1614メートル)まで簡単に行くことができます。
茂朱九千洞観光特区の近くに位置するテコンドー園はテコンドーを体験できる空間で、テコンドー示範団公演観覧、基本動作学習、テコンドー撃破(試割)体験などで構成される1日体験プログラムに参加できます。その他テコンドーの伝統と変化を知ることができるテコンドー博物館の見学も可能です。


茂朱九千洞観光特区の現況
1 範囲:全羅北道茂朱郡茂豊面、雪川面
2 面積:7,610,000平方メートル
3 観光特区指定日:1997年1月18日

茂朱九千洞観光特区施設の現況
徳裕山国立公園、茂朱33景、九千洞渓谷、茂朱リゾート、自然休養林、テコンドー園、茂朱郷校、白蓮寺、赤裳山城、蛍のオブジェと広報塔

向日庵(麗水)(향일암(여수))

向日庵(麗水)(향일암(여수))

16988     2021-12-29

全羅南道 麗水市 突山邑 向日庵路60

文化財資料「向日庵(ヒャンイラム )」は、4大観音祈祷所の一つで、644年百済の義慈王4年に新羅の元暁大師が創建し円通庵(ウォントンアム)と名づけたのがはじまりです。
その後、高麗時代の光宗9年(958年)にユンピル大師が金鰲庵(クモアム)、朝鮮時代の粛宗41年(1715年)にインムク大師が向日庵と改称しました。
大雄殿、三聖閣、観音殿、龍王殿、鐘閣、海水観音像を復元・新築し、寺院としての基本的な施設を備えていましたが、2009年12月20日の火災により大雄殿、宗務所(霊亀庵)、鐘閣が焼失してしまいました。しかし、焼失したこれらも2012年5月6日に復元されました。
向日庵への山道はやや険しく、中間地点にある券売所を通り過ぎると階段と平坦な道をぐるぐる回りながら上へと登っていく道が続いています。 また寺の付近では、家ほどの大きさの2つの岩によりできた石の門を通過することになりますが、ここは他の寺でいうところの不二門にあたります。南海の水平線に見える日の出が大変すばらしいことから向日庵と呼ばれていますが、周囲の岩の形が亀の甲羅のように見えることから霊亀庵とも呼ばれています。

徳寿宮(덕수궁)

徳寿宮(덕수궁)

102039     2021-12-29

ソウル特別市 中区 世宗大路 99

史跡・徳寿宮(トクスグン)は、元々王宮ではなく、成宗(ソンジョン=1457~1494年・在位:1469~1494年)の兄にあたる月山大君(ウォルサンデグン=1454~1488年)の住居として使われていました。
1592年壬辰倭乱(日本で言う「文禄・慶長の役」)により王宮が全焼し、翌1593年、仮の王宮・行宮(ヘングン=離宮)として使われるようになりました。 壬辰倭乱により朝鮮時代第14代の王・宣祖(ソンジョ=1552~1608年・在位:1567~1608年)が都を離れ義州(ウィジュ)に避難、その後、漢陽(ハニャン=現在のソウル)へ戻ってくると、居をここ徳寿宮に構えました。 宣祖の後を継ぐ第15代の王・光海君(クァンヘグン=1575~1641年・在位:1608~1623年)は、1608年行宮となっていたこの場所で即位、1611年この行宮を慶運宮(キョンウングン)と改称し、以降7年間にわたり王宮として使っていました。しかし1615年になると、昌徳宮(チャンドックン)に居を移し、それ以降は270年に渡り、離宮として使われることになります。

朝鮮王朝第26代の王で大韓帝国時代には皇帝でもあった高宗(コジョン)(1852~1919年・在位:1863~1907年)が1896年2月からおよそ1年間、ロシア公館に一時身を寄せ、翌年、王宮に戻ってきましたが、その王宮がこの場所で、以降この場所が再び王宮として利用されることになりました。
高宗が再び王宮として使うようになり王宮の名称も再び慶運宮と呼ばれるようになり、その規模も拡大しました。そして、高宗皇帝は1907年、朝鮮王朝第27代の王・純宗(スンジョン=1874~1926年・在位:1907~1910年)に譲位した後も引き続きここに住み続け、王宮の機能は昌徳宮へと移りました。
引き続き、慶運宮に住むこととなった高宗ですが、高宗の長寿を願って、名称を徳寿宮と改称しました。

このような経緯があったことから現在、元々の慶運宮という名称を使うべきであるという声も上がっています。徳寿宮には過去、数多くの建物が存在していましたが、18,635坪(約6.2ヘクタール)の敷地に残っているのは、大漢門(テハンムン)、中和殿(チュンファジョン)、光明門(クァンミョンムン)、昔御堂(ソゴダン)、浚明堂(チュンミョンダン)、即阼堂(チュクチョダン)、咸寧殿(ムニョンジョン)、徳弘殿(トコンジョン)、そして石造殿など一部にすぎません。

徳寿宮は、特に朝鮮時代末期から大韓帝国時代にかけての旧韓末の悲運の皇帝・高宗が日帝の圧迫により譲位を強要され、恨(ハン)に満ちた余生を送り、1919年1月22日、徳寿宮の咸寧殿で日帝により毒殺されたと人々に伝えられ、翌々月の3月3日に予定されていた高宗の葬儀の直前の3月1日に起きた3・1独立運動の直接的な引き金となった現場でもあります。



* 大漢門 -大漢門は現在では徳寿宮の正門となっています。元々の名称は大安門(テアンムン)で、王宮の東門として使われていました。この大安門は1906年に再建され「大漢門」という名称がつけられました。扁額の文字は当時、漢城府(ハンソンブ=現在のソウル)判尹(パニュン=漢城府の長)を務めた南廷哲(ナム・ジョンチョル)によるものです。

* 光明門 -光明門は王の寝殿・咸寧殿の正門で、光武(クァンム)8(1904)年の大火により焼失したものを、同年再建したものです。1938年、石造殿を美術館として使い始め、貞洞(チョンドン)にあった興天寺(フンチョンサ)の梵鐘や昌徳宮の報漏閣(ポルガク)にあった自撃漏(チャギョンヌ)を現在の場所へ移した際に光明門も同時に移築して現在のところに建て直しました。

* 石造殿 -大韓帝国時代、外国の使節と接見した場所です。光武4(1900)年着工、隆熙(ユンヒ)3(1909)年完成した石造の建物で、朝鮮王朝で最後に建てられた大規模建造物です。建物の外観は十九世紀初めの欧州で流行していた新古典主義様式に倣ったもので、正面にある柱の上部にはイオニア様式で施しており、室内はロココ調の装飾がなされています。建物は3階建てで、1階には接見場所が、半地下階には侍従らの控室の場所として使われ、2階には皇帝のスペースとなっていました。植民地支配が終わりを告げた1945年の光復(クァンボク)以降は米ソ共同委員会会議場、国立博物館、国立現代美術館、宮中遺物展示館などとして利用されました。

* 咸寧殿 - 宝物第820号に指定されている咸寧殿は1897年に建てられ、高宗皇帝が居を構えた建物として知られています。1904年の火災により焼失しましたが、同年建て直し現在に至っています。高宗皇帝は1919年1月21日この咸寧殿で薨去しました。その後使われなくなった咸寧殿に当時使われていた家具、書画、什器などを配置し、およそ100年前の王宮での暮らしぶりを改めて再現しました。

* 中和殿 - 大韓帝国の正殿として使われ、朝鮮王朝第26代の王・高宗の近代国家建設に懸ける自信が垣間見れる建物です。特に正殿内には御座の真上の天蓋を見ると、龍が二匹描かれているのが確認できますが、これは正殿の天井の龍のような模様となっており、徳寿宮が大韓帝国皇帝の皇宮であったことを感じされます。 現在残っている中和殿は1902年に重層の建物として建てられましたが、1904年の火災で焼失、その後1906年に平屋造りの建物で重建されました。

* 重明殿 - 重明殿(チュンミョンジョン)はロシアの建築家サバティ(Seredin Sabatin)の設計により1897年から1901年にかけて建築された皇室図書館です。地下1階を含む二階建ての西洋式の建物で、当初は漱玉軒(スオゴン)と呼ばれていました。2009年12月に復元され、2010年8月からは展示館「大韓帝国の運命をかけた場所、徳寿宮重明殿」として一般に公開されました。

* この他、昔御堂、浚明堂、即阼堂、静観軒(チョングァノン)、徳弘殿、報漏閣自撃漏などがあります。

鐘路 清渓観光特区(종로 청계 관광특구)

鐘路 清渓観光特区(종로 청계 관광특구)

1284     2021-12-29

ソウル特別市 鐘路区 栗谷路99

瑞麟(ソリン)洞から昌信(チャンシン)洞までの約3.4キロメートルの細長い地域である清渓(チョンゲ)観光特区は、貫鉄(クァンチョル)洞の青春通り、広蔵市場、世運商店街、照明商店街、薬局・医療機器商店街、記章商店街、印章通り、文具・玩具市場、水族館通り、靴商店街など、約1万4,000店舗の商店が密集しているところです。
鐘路・清渓観光特区の付近には、様々な高層ビルとともに朝鮮時代の宮殿である景福宮・昌徳宮・昌慶宮・徳寿宮・雲峴宮があり、現代と伝統が共存しています。
ソウル市の心臓部といえる清渓川辺りには、マスコミや官公署、書店などが集まっており、ソウルの文化をもっとも近くで感じることができます。また、清渓川沿いの散歩コースは観光客に人気があります。

明洞 南大門 北倉洞 茶洞武橋洞 観光特区(명동 남대문 북창동 다동무교동 관광특구)

明洞 南大門 北倉洞 茶洞武橋洞 観光特区(명동 남대문 북창동 다동무교동 관광특구)

1270     2021-12-29

ソウル特別市 中区 世宗大路40

ソウルの中心部にある明洞、南大門、北倉洞、茶洞武橋洞一帯は多くの外国人が訪れるショッピングとグルメの名所です。韓国の代表的な商業・金融中心地でショッピング、カルチャー、アート、ファッションのメッカであるロッテ百貨店、新世界百貨店、三益ファッションタウンといったショッピングモールが集まっています。高級ブランドからカジュアルファッションに至るまで思い通りにショッピングを楽しむことができます。韓国へ来た観光客なら誰もが立ち寄るランドマークで、外国人訪問率が最も高いエリアでもあります。
韓国カトリック教会の中心・明洞聖堂から南大門路に至る明洞通りを中心に、路地ごとにさまざまな商店が並んでいます。最新の流行ファッションやアクセサリーを買うだけでなく、多彩なみどころが満載です。伝統を誇る食堂やレストラン、憩いの空間となるカフェもあちらこちらにあります。南大門市場は韓国最大の伝統市場であり、一大ショッピングタウンとしてお買い得価格で各種お土産などを購入することができます。衣類、小物、生活用品、フードなど、ないものがないほど品数が豊富なだけでなく、探せば不思議なものが溢れ出てきます。
北倉洞と小公洞一帯はロッテホテル、ウェスティン朝鮮ホテルなど高級宿泊施設や免税店などが集中している他、韓国伝統料理を提供する飲食店が多く「韓国の味」を求めてやって来る外国人観光客の足が絶えません。武橋洞と茶洞一帯は地元の人々もよく訪れる韓国ならではのおいしいものが食べられるところとして有名な地域です。


明洞・南大門・北倉洞・茶洞武橋洞観光特区の現状
範囲:明洞、会賢洞、小公洞、北倉洞、武橋洞、茶洞の各一部地域
面積:872,809平方メートル

明洞・南大門・北倉洞・茶洞武橋洞観光特区施設の現状
ロッテ、新世界など大規模デパートと在来市場、免税店、韓屋村、南山ソウルタワーなどソウルの代表的な観光スポット多数

長子湖公園(장자호수공원)

長子湖公園(장자호수공원)

766     2021-12-28

京畿道 九里市 土坪洞 878

「長子湖(チャンジャホス)公園」は、京畿道(キョンギド)九里市(クリシ)が汚水・排水により一時期悪臭が酷かった土坪(トピョン)地区にある長子湖の水質を改善すると同時に再整備した公園です。
散策路が設けられた川の土手に樹木を植えるなど自然と共存する生態環境を整備、2005年2月には環境部から「自然生態復元優秀事例」地域に指定されました。
およそ105,6003平方メートル(約3万2千坪)の敷地に全長3.6キロメートルの散策路があり、軽い運動や散策を楽しむ人々が多く訪れます。週末には野外ステージで各種コンサート、展示会などが開かれ、人々の憩いの場として広く利用され、利用者は一日5000人にも達します。

規模:総面積107,385平方メートル、平均水深2.2メートル(0.2~4.7メートル)、散策路4.6キロメートル

弘法寺(釜山)(홍법사(부산))

弘法寺(釜山)(홍법사(부산))

1714     2021-12-28

釜山広域市 金井区 杜邱路33番キル202

弘法寺は韓国最大21メートルの座像「金銅阿弥陀大仏」で有名なところです。鉄馬山と金井山に囲まれ、水営江に守られています。寺院内には参禅と座禅を教育・修練するための禅房があるほか、韓国・インド修交40周年を記念してインド政府から贈られたガンジー胸像を保有しています。他の寺院では見られない巨大な座仏、インド文化院、寂滅宝宮、美しい生態庭園のような自然環境といった豊富な見どころがあり多くの観光客が訪れます。

仏影寺(蔚珍)(불영사(울진))

仏影寺(蔚珍)(불영사(울진))

5202     2021-12-28

慶尚北道 蔚珍郡 金剛松面 仏影寺キル 48

仏影寺(プリョンサ)は慶尚北道(キョンサンプクド)蔚珍郡(ウルジングン)蔚珍邑(ウルジンウプ)から西へおよそ20キロメートル離れた天竺山(チョンチュクサン)の麓にある三国時代の新羅の地に建てられた古刹で、この寺を中心に下院里(ハウォルリ)まで13キロメートルに渡り秘境ともいわれる仏影寺渓谷が続いています。
仏影寺は真徳女王5(651)年に高僧・義湘(ウィサン)大師によって建立された寺で、蓮池に仏様の影が映るということから仏影寺と名付けられました。寺は朝鮮時代に入り太祖5(1396)年になって火事により焼失してしまいましたが、その翌年に小雲(ソウン)大師が重建し、その後、1500年・1608年・1724年・1899年に重修が行われました。
駐車場から寺に向う参道は風水地理でいう山太極・水太極の明堂・素晴らしい場所となっており、大変魅力的なところです。尼僧の修行の場ですが寺の庭にある蓮池や蓮池のそばにある野菜畑が、寺を訪れる人々のこころを和ませてくれます。名勝に指定されている仏影寺渓谷は、渓谷を流れ下る清流や奇岩怪石、鬱蒼と生い茂る森が調和し、神秘的な姿を見せています。雪岳山(ソラクサン)の千仏洞(チョンブルドン)渓谷、五台山(オデサン)の武陵(ムルン)渓谷、宝鏡寺(ポギョンサ)渓谷など絶景で有名な渓谷に次ぐ雄大さ、華麗さがあり、こぢんまりとした景色が天竺山を背景に広がっています。

重要文化財
1 仏影寺応真殿(宝物)
2 仏影寺三層石塔(地方有形文化財)
3 浮屠(地方有形文化財)
4 仏影寺大雄宝殿(宝物)
5 仏影寺霊山会上図(宝物)

盈徳日の出公園(영덕해맞이공원)

盈徳日の出公園(영덕해맞이공원)

3577     2021-12-28

慶尚北道 盈徳郡 盈徳邑 盈徳テゲ路968

全国で一番の清浄海域と緑豊かな松林に囲まれている菖浦里東海岸一帯が1997年2月に大きな山火事で廃墟となり、放置されていたにも関わらず、4年間の努力で美しい景色を持つ海岸と無人の灯台を活用した公園に変わりました。山火事で被害にあった木々で階段を作り、散歩道や展望デッキ、パーゴラを設置しました。魚類型の彫刻18種類をバックミュージックを聞きながら鑑賞できるようにし、野生花と地域特産種の植物で自然学習場としても活用できるようになっています。