国立益山博物館(국립익산박물관) - エリア情報 - 韓国旅行情報

国立益山博物館(국립익산박물관)

国立益山博物館(국립익산박물관)

16.2Km    2024-04-07

チョンブク特別自治道 益山市 金馬面 弥勒寺址路 362

「国立益山(イクサン)博物館」は三国時代最大の仏教寺院だった弥勒寺址(史跡)の西南に位置しています。弥勒寺址は1980年から1996年にわたって発掘が行われました。その発掘により収集された三国時代から朝鮮時代に至る約19,000点の文化遺産を保存・展示するため1997年全羅北道都立展示館として開館しました。2009年1月には弥勒寺址石塔(国宝)の解体補修過程で約1,100点の舍利荘厳具が出土しました。2015年7月には弥勒寺址がユネスコ世界文化遺産に登録されました。弥勒寺址と益山の歴史的価値を改めて見直す目的で2015年12月には国立弥勒寺址遺物展示館と名称を変更、続いて2019年2月には益山博物館と名称を変更しました。
歴史文化室と建築文化室では弥勒寺創建や変遷過程を物語るさまざまな所蔵品が展示されています。歴史文化室では舍利荘厳具をはじめ、仏教工芸品や時代別に寺院での暮らしぶりが分かる展示を行っています。建築文化室では百済最後の都があった泗沘(サビ/現在の扶余)の時代から朝鮮時代までの瓦など建築部材を展示しています。

ヒノキジャム(1号店) (히노키잠(1호점))

ヒノキジャム(1号店) (히노키잠(1호점))

16.2Km    2024-12-13

チョンブク特別自治道 クンサンシ クヨン6(ユク)ギル 54-1

クンサン近代文化歴史通りに位置するヒノキザムゲストハウスは、2階建ての日本伝統木造家屋に設けられた宿で、近代文化の歴史と国内で日本の情緒を感じることができる。 公共交通機関を利用したり歩く旅行者が主に利用し、宿泊費も安くてコスパまで備えている。 客室は計7室で、2人部屋から最大8人部屋まで多様だ。 4人以上の客室には部屋によってベッドが置かれており、トイレはすべて内部にある。 ヘッニムの部屋を除いては、すべて1人当たりの料金を頂戴いたします。 朝食にトーストと飲み物を提供する。

チョウォン写真館(초원사진관)

チョウォン写真館(초원사진관)

16.2Km    2025-11-28

チョンブク特別自治道クンサン市クヨン2ギル12-1

群山(クンサン)チョウォン写真館は、ハン・ソッキュ、シム・ウナ主演映画『8月のクリスマス』のロケ地として広く知られています。この映画は、父と二人で暮らし、余命宣告を受けた写真屋さんのジョンウォン(ハン・ソッキュ)と駐車違反取締員のキム・タリム(シム・ウナ)が出会って織り成す切ない愛の物語を描いています。映画のほとんどは、群山市(クンサンシ)月明洞(ウォルミョンドン)にあるチョウォン写真館で撮影されました。当初、映画の製作チームは、セット撮影をしない方針で全国の写真館を回っていましたが、なかなか良い場所が見つかりませんでした。そんな夏のある日、少し休んでいこうと入ったカフェの窓の外に木の影が落ちたガレージを発見し、所有者の許可を取って写真館に改造しました。「チョウォン写真館」という名は、主演俳優のハン・ソッキュが名付けたものですが、彼が幼い頃住んでいた町の写真館の名前だそうです。撮影が終わった後、チョウォン写真館は、所有者との約束通り一旦撤去されましたが、群山市が復元し、群山を訪れる人のために無料で公開しています。チョウォン写真館には、映画に登場したカメラや扇風機、アルバムなどがそのまま展示されています。

益山弥勒寺址 [ユネスコ世界遺産(文化遺産)](익산 미륵사지 [유네스코 세계문화유산])

益山弥勒寺址 [ユネスコ世界遺産(文化遺産)](익산 미륵사지 [유네스코 세계문화유산])

16.3Km    2024-04-07

チョンブク特別自治道 益山市 金馬面 弥勒寺址路362

百済最大の伽藍、弥勒寺址

百済最大の寺院である弥勒寺(ミルクサ)創建については「三国遺事」に詳しく記録されています。新羅の善花(ソノァ)王女と婚姻し、王になった武王(ムワン 百済第30代王 600~641)が善花王女とともに龍華山(ヨンファサン 現在の弥勒山)の獅子寺(サジャサ)の知命法師を訪ねて行く途中のことでした。突然、池の中から弥勒三尊が現れ、これを機に弥勒寺を創建することになったのです。三尊のために殿(金堂)、塔、廊(花郎) を建てたとされています。これとは別に弥勒寺の創建には武王と善花王女の信仰だけではなく政治的な目的があったとの見解もあります。つまり、百済の国力を拡張させるため馬韓勢力の中心であったこの場所、金馬に弥勒寺を建てたと推測されています。

百済最大の寺院である弥勒寺を建てるにあたり、当時の百済の建築・工芸など各種文化の最高水準が発揮されていることばかりでなく、新羅の真平王が百工(職人)を送ったと三国遺事に記録されています。これは当時、三国の技術が終結されたことを意味します。弥勒寺が百済仏教で弥勒信仰の求心点があったことははっきりしていて、新羅最大の寺院である皇龍寺が華岩思想の求心点であったことと対比されます。皇龍寺が一塔三金堂式で、弥勒寺は三塔三金堂式の寺院配置です。皇龍寺は王を頂点にした華岩思想、弥勒寺は弥勒思想を寺院に具現化しています。

群山新興洞日本式家屋(広津家屋)(군산 신흥동 일본식가옥(히로쓰 가옥) )

群山新興洞日本式家屋(広津家屋)(군산 신흥동 일본식가옥(히로쓰 가옥) )

16.5Km    2025-12-18

チョンブク特別自治道クンサン市クヨン1ギル17

群山(クンサン)新興洞(シヌンドン)日本式家屋(広津家屋)は2005年に登録文化遺産に指定されました。広津家屋がある新興洞一帯は日帝強占期に群山市内の富裕層居住地域で反物屋を経営していた広津が建てた住宅で(旧)湖南製粉の李龍九社長名義で今日まで韓国製粉の所有になっています。映画『将軍の息子』、『タチャ イカサマ師』など、数多くの韓国映画がこの住宅で撮影されました。木造2階建ての住宅で、柱と建物の概観、内部、日本庭園など建築当時の姿を維持しており、建築史跡として大きな意義を持っています。

月明公園(월명공원)

月明公園(월명공원)

16.5Km    2024-04-07

チョンブク特別自治道 群山市 月明公園1キル 26-3

月明(ウォルミョン)公園は、月明山、長渓山(チャンゲサン)、雪琳山(ソルリムサン)、占方山(チョムバンサン)、石峙山(ソクチサン)などがそばに聳える群山(クンサン)の名所で、1960年代から70年代まで修学旅行客の観光スポットにもなっていた大変有名な場所です。

総敷地面積およそ255ヘクタール(約77万坪)の広大な敷地に、全長12キロメートルの散策路があります。公園の小高い丘には展望台や海彫刻公園、守市塔、三一運動記念碑、開港35周年記念塔、考える市民像、蔡万植(チェ・マンシク)文人碑などがあります。守市塔は燃え上がる炎と風に翻る帆をイメージした形となっています。

公園の丘からは群山沖の海原や錦江(クムガン)河口堰、そして群山の市街地や対岸の長項(チャンハン)精錬所など周りの絶景を一望できます。公園西側の雪琳山の麓には古刹・隠寂寺(ウンジョクサ)があり、占方山や雪琳山の間には第一水源地(月明湖水)があります。

公園内には樹齢30年以上の藤の木や桜が生い茂っており、毎年4月には全国規模の桜撮影会が開催されます。1年を通じて景色の美しい公園ですが、特に春、桜の花が満開になる時期は見事な景色が楽しめます。

東国寺(群山)(동국사(군산))

東国寺(群山)(동국사(군산))

16.6Km    2025-12-04

チョンブク特別自治道クンサン市トングクサギル16

東国寺(トングクサ)は1909年から群山(クンサン)で布教を始めた曹洞宗の日本人僧侶・内田仏観(善応仏観)が1913年に建立した寺です。
日本強占期(1910~45年)の間、日本人の住職によって寺は守られてきましたが、1945年8月15日解放を迎え、大韓民国の懐へ戻ってきたという苦難の歴史を持つ寺です。
東国寺は韓国に残された唯一の日本式の寺で、大雄殿と寮舎の建物が渡り廊下でつながっているのが特徴です。
原色鮮やかな丹青(タンチョン)で彩られた韓国の寺院とは異なり、装飾がない軒や大雄殿の側面には多くの戸があり、日本的な雰囲気を醸し出しています。
東国寺は曹渓宗第24教区・高敞(コチャン)禅雲寺(ソヌンサ)の末寺に当たります。
東国寺の大雄殿は2003年7月、国家登録文化遺産に指定されました。
東国寺の元々の名称は錦江禅寺(錦江寺)と言われていました。この錦江禅寺は1909年、内田仏観という日本人僧侶が群山に布教所を開設し創建した曹洞宗の寺でした。

日本の仏教は1877年、釜山(プサン)の開港とともに、日本政府の要請により流入してきました。
一番最初に浄土真宗大谷派が布教を開始し、1904年群山にも布教所を開設し、日蓮宗が続きました。
日本の仏教が韓国に進出した理由ですが、純粋な仏教布教が目的ではなく、韓国を日本に同化させようとした日本政府の意向をそのまま反映したものと言われています。
その後、朝鮮総督府は日本の仏教を普及するため、1911年6月3日付で寺刹令も発布しています。
寺刹令を契機に、日本の仏教界は全土に別院・出張所・布教所などを設立しました。
錦江禅寺が建立される前、群山には本願寺、群山寺、安国寺がすでにありました。錦江禅寺を創建した内田仏観は布教を始めた1909年当時、すでに77歳の高齢で、群山地域を布教活動している途中、群山の一条通りにあった家屋を借り、布教所を開設しました。1913年7月に現在の場所に移り、現在の東国寺の建物を新たに建立しました。

日帝強占期群山歴史館(일제강점기 군산역사관)

日帝強占期群山歴史館(일제강점기 군산역사관)

16.6Km    2025-11-27

チョンブク特別自治道クンサン市トングクサギル21

市立「日帝強占期群山歴史館」は人権と平和、和合の場であり、過去の日帝の収奪史を正しく学び、未来の大韓民国の歴史を創造する記憶倉庫です。日帝による強制収奪の痛みは記憶されるべき歴史であり、これを新たに認識して治癒していく未来との疎通も重要な課題です。日帝強占期群山歴史館は収奪の痛みを人権と平和の価値に置き換え、痛みの記憶を持続的に収集、研究・展示と教育を通じてこれを証明し、未来につなぐことができるよう努力しています。

群山マルレンイ村(군산 말랭이마을)

群山マルレンイ村(군산 말랭이마을)

16.6Km    2025-11-27

チョンブク特別自治道クンサン市シンフン洞

群山市新興洞は1930~40年代頃から日本人が家を建てて暮らすようになり、住居地が形成され始め、韓国戦争時には避難民が今の海望洞、新興洞などに定着して暮らすようになって村が形成されました。山の斜面を意味する全羅道の方言「マルレンイ」に村が形成されたことからマルレンイ村と呼ばれるようになりました。人口流出により旧都心化が進みましたが、2014年に全羅北道の代表観光地育成事業として芸術家レジデンス9棟と展示館8棟がつくられ、現在は約50世帯の住民と7組の芸術家たちが暮らしています。村の各所に壁画やフォトコーナーがある他、ソリ(音)空間、キム・スミ俳優の家、マルレンイ村の思い出展示館、醸造所があります。

国立ヒリ山海松自然休養林(국립 희리산해송자연휴양림)

国立ヒリ山海松自然休養林(국립 희리산해송자연휴양림)

18.0Km    2022-07-04

チュンチョンナム道ソチョン郡チョンチョン面 ヒリサンギル206

山全体が海松天然林で景観がすばらしく入口には貯水池もあり森林浴が楽しめます。登山路に沿って頂上まで登れば西海を望むことができ、また春長台海水浴場や錦江河口堤、韓山カラムシタウンなどの観光地も近くに位置しているため一緒に回ることができます。
ヒリ山は海抜329メートルで休養林の北西の方には4匹の大蛇が住んでいたと言われる場所があります。
また、ヒリ山で最も高いムンス峰の山の背に沿って戦士達が馬に乗り走っていた場所や馬の糞のような形をした馬糞岩があります。他にも大蛇が住んでいた4つの大きな峰の下に兵士たちが住んでいた小さな岩100個程があり兵士岩と呼ぶなど岩がいろいろな形をしており、ムンス峰に続く登山路の周辺にはたくさんの見所があります。