4.2Km 2024-09-27
テグ広域市チュン区ククチェボサンロ102ギル50
慶尚北道地域最初のプロテスタント教会、大邱第一教会
高宗32年(1895年)、釜山にあった北長老教の宣教本部が大邱に移り、光武2年(1898年)に瓦屋根の家4棟を教会として使用し始めました。その後、信徒が増えたことにより1908年に韓国の建築様式と西洋の建築様式を融合させた新しい教会が建てられました。1933年には信徒と中央教会からの資金をもとに新たに教会を建て、第一教会と名を改めました。その後、1937年にはイ・ジュヨル勧士が高さ33mの鐘塔を建て、1969年には内部工事をし、1981年には建物の裏手に515.7m²(156坪)の聖殿を拡張しました。
現在、建物の1階は事務室、幼稚園、青少年礼拝室として使用されており、2階全体は礼拝室として使用されています。大邱第一教会は、大邱にある教会の中で最も建物が古く、キリスト教が近代化に寄与した象徴として近代建築史の研究の貴重な資料となっています。
第一教会の歴史的意義
第一教会は、慶尚北道地域に初めて作られたプロテスタントの教会で、宣教師たちが地方を開化させるために近代的な医療および教育を展開する拠点となっていたという点に歴史的意義があります。
また、第一教会の建物の外観は、ゴシック様式の建築的特徴がよく表れていることから、大邱地域の近代建築史研究の貴重な資料となっています。
4.2Km 2023-01-06
大邱広域市 中区 西城路6-1
大邱桂山洞2街84番地に位置する古宅は、抗日文学家として有名な詩人・李相和(イ・サンファ)が1939年から1943年まで暮らした家です。日帝強占期に民族独立のための抵抗精神を表現した詩人・李相和の思いが残っている場所です。
李相和古宅は、1999年から古宅を保存しようとする市民運動が始まり、軍人共済会が近隣に住商複合アパートを建築しながら古宅を購入し、2005年10月27日に大邱市に古宅を寄付しました。
大邱市は、敷地面積205平方メートル、建築面積64.5平方メートル(1階建て木造建築2棟)の古宅を補修し、古宅保存市民運動本部が募金で集めた財源をもとに古宅内に展示物を設置しました。
李相和古宅は、暗い時代を生きながら日帝に抵抗した民族詩人・李相和の精神を称え、子孫にその精神と文学的功績を継承する教育の場としても活用されています。
4.3Km 2021-07-01
大邱広域市 中区 西城路 6-1
徐相敦(ソ・サンドン)は、朝鮮時代末期の企業家・官僚であり民族独立運動家でもあった人物です。大邱(テグ)で紙の行商や反物商として成功し、政府の検税官となり租税穀の管理なども行いました。
1907年、政府が日本から多額の負債を抱え、国権を失うと考えた徐相敦は、大邱広文社の社長である金光済(キム・グァンジェ)とともに国債報償運動を繰り広げました。
大邱市は、桂山洞の李相和(イ・サンファ)古宅の横にあった徐相敦の生家を復元し、国債報償運動記念公園を造成し、銅像を建てるなど徐相敦の崇高な志を称えています。
4.3Km 2024-07-08
テグ広域市チュン区ソソンロ10
大邱桂山洞聖堂は1886年、大邱地域での宣教活動を任されて赴任したロバート(Robert,A.P. 1853~1922)神父が今の桂山洞聖堂の敷地を買い取って建設が始まりました。1899年に韓国式木造で十字型の建物として建てられましたが1年あまりで焼失してしまいました。その後、再建築に着手してロバート神父が設計し、国内では探すのが難しいトタンやステンドグラスなどの材料はフランス及び香港から持ち込み使用しました。建物は工事が始まって3年が過ぎた1902年に完成しました。この建物は大邱地域では唯一残っている1900年代初期の建築物です。聖堂の平面はラテン十字型 (Latin cross)で中心の身廊(nave)と両側の翼廊(transept)から構成されています。この平面の構造は聖堂の平面、建物の外部と内部空間からはっきりと見ることができます。また、建物は全体的に鈍重なロマネスク様式を帯びていますが、尖塔とステンドグラス等のゴシック的要素が部分的に表現されています。
大邱桂山洞聖堂は嶺南地方に天主教(カトリック)を土着化するのに中枢的な役割をし、1911年朝鮮教区から分離、大邱大教区主教座本堂になり、初代主任神父にはロバートが任命されました。聖堂の敷地には設計者を記念する銅像と主教館があります。この聖堂の建物から東に約600メートル地点にある観徳亭殉教記念館には乙亥(1815年)・丁亥(1827年)・丙寅(1866年)迫害のとき仲間たちの隠れ家だったハンティコゲ・シンナムゴルなど交友村で捕まって処刑された殉教者らの遺物30点余りなど65点の遺物が展示されています。
4.3Km 2023-11-09
テグ広域市ナム区アンジランロ16ギル67
アンジランオゴリ(五叉路)からアンジランゴルへ行く道に形成されたアンジラン市場はヤンニョムコプチャン(味付けホルモン)を提供する店が並ぶコプチャン屋通りになっています。1979年頃にアンジラン市場にオープンした忠北食堂というコプチャン店をはじめとし、1998年頃からコプチャン店が増え始め、今では「アンジランコプチャン屋通り」と呼ばれるようになりました。2012年には文化体育観光部主管の全国5大うまいもんテーマ通りにも選ばれました。
4.4Km 2025-06-27
テグ広域市チュン区キョンサンガミョンギル99
「慶尚監営公園(キョンサンガミョンゴンウォン)」は朝鮮時代に慶尚監営があった場所で大邱の中心部に位置しています。1910年から1965年までここに慶尚北道の庁舎がありましたが、庁舎が別の場所に移転したため、1970年に公園として造成されました。その後1997年、都市の景観を害する塀を取り去って公園全体を再建設し、大邱の歴史に関する文化遺産を教育の場として活用し、公園の名称も慶尚監営公園に変更されました。
4.4Km 2024-07-08
テグ広域市チュン区ククチェボサンロ102ギル66
大邱近代路地は、大邱の路地を隅々まで歩きながら生きた歴史に触れられる体験旅行(アクティビティ)スポット。大邱は韓国戦争(朝鮮戦争)のとき、他の地域に比べると被害がさほど大きくない地域でした。そのおかげで戦中・戦後の暮らしぶりを伝える跡が比較的よく保たれています。大邱の地方自治体が運営する路地ツアーはテーマや動線によって分かれています。最も人気があるのは近代文化路地コースで、大邱の主な近代史を振り返ることができます。桂山カトリック教会や第一教会、故宅、旧華橋小学校など、アナログ感漂う大邱や韓国の歴史の足跡をたどってみよう。(ホームページで予約)
4.4Km 2023-07-06
テグ広域市チュン区トンサン洞
チョンナオンドク(青蘿丘)友達思い歌碑横から市内に下る90階段までは3·1運動当時に万歳運動を準備していた学生たちが日本軍の監視を避けて都心に集まるために通った松林の道です。階段道には3·1運動当時の姿をうつした写真が展示され、その意味を増しています。
4.4Km 2025-10-24
テグ広域市チュン区タルグボルデロ2029
「青蘿丘(チョンナオンドク)」は20世紀初めにキリスト教の宣教師が居住し、ツタをたくさん植えたことに由来しており、達城土城が大邱の中心だったとき、東側にあったことから東山(トンサン)とも呼ばれています。美しい庭園であるここには、チャムネス住宅、スウィッツァー住宅、ブレア住宅 など昔の宣教師が生活した住宅や90階段、大邱3.1万歳運動キル、大邱初の西洋リンゴの木、韓国初の歌曲である「思友」歌碑、宣教師とその家族の墓地である恩恵の庭園(Garden of Mercy)などがあります。また青蘿丘は路地ツアー2コースの出発地であり、ドラマの撮影場所としても人気があります。
4.4Km 2025-06-20
テグ広域市チュン区キョンサンガミョンギル67
大邱(テグ)近代歴史館の建物は1932年に朝鮮殖産銀行大邱支店として建設され、1954年からは韓国産業銀行大邱支店として利用された近代文化遺産です。ルネサンス様式で優れた造形美をそなえた歴史館の建物は原型がよく保存されており、2003年大邱市有形文化遺産に指定されています。地上2階、地下1階で、近代期の大邱の姿と当時の人たちの様子が分かる常設展示を通じて近代大邱の歴史を時代別、テーマ別に展示しており、韓国初の市内バスである府営バスを体験できるユニークな空間も用意されています。展示空間の他に体験室、文化講座室を備えており、多様な体験ができるスポットです。