茂朱ヤマブドウワイン洞窟(무주머루와인동굴) - エリア情報 - 韓国旅行情報

茂朱ヤマブドウワイン洞窟(무주머루와인동굴)

茂朱ヤマブドウワイン洞窟(무주머루와인동굴)

9.8 Km    5050     2020-05-29

全羅北道 茂朱郡 赤裳面 山城路 359
+82-63-322-4720

元々、茂朱(ムジュ)ヤマブドウワイン洞窟のトンネルは茂朱揚水発電所建設当時に掘削作業用トンネルとして使われていた場所。
光を遮断し、一定の温度を維持できるトンネルは、最高のワイン熟成貯蔵庫になります。
地元・全羅北道(チョルラプクド)茂朱郡(ムジュグン)のヤマブドウから作られたワインはこのトンネルで熟成・貯蔵され、販売も行なっており、他では体験できない特別なものことでしょう。
また心とカラダを癒してくれるワインの足湯も大変人気です。


羅済通門(라제통문)

羅済通門(라제통문)

9.8 Km    1410     2020-02-25

全羅北道 茂朱郡 雪川面 羅済通門路
+82-63-322-2905

*新羅と百済が国境を成した歴史的通路*
茂朱雪川面にある羅済通門は、三国時代、新羅と百済が国境をなしていた場所で、雪川面の新斗村と雪川里の伊南村の境界をなす石絹山にある岩の洞窟です。高さ3m、長さ10mほどの大きさ。
三国時代には石絹山岩尾根を境に東側は、新羅の地、西側の雪川、赤裳面、茂朱邑などは、百済の地でした。このように三国時代から高麗までの間、風習や文化の全く異なる地域であっただけに、今でも言語や風習などの特色を大事にしており、雪川市日に行くと、方言だけで茂朱と茂豊の人を区別できるほどです。

茂朱 赤裳山城(무주 적상산성)

茂朱 赤裳山城(무주 적상산성)

10.0 Km    657     2020-03-17

全羅北道 茂朱郡 赤裳面 槐木里
+82-63-322-2905

茂朱郡赤裳面にある赤裳山(1,034メートル)は、四方が層岩絶壁で囲まれています。この山の上の安国寺があった場所に茂朱揚水発電所所の上部貯水池である赤裳湖が建設されましたが、この湖の周りに長さ8,143メートルの赤裳山城があります。高麗時代、契丹族の侵略があった際に近隣の数十の村から逃げてきた人たちが難を逃れた他、高麗末期の日本軍の侵略の際は、三道按廉使が軍隊を引き連れ応戦した古城だとされています。
高麗末期恭愍王23年(1374年)三道都統使であった崔瑩将軍が都に帰る途中、四面が切り立った岸壁で囲まれた天然の要塞を見て感嘆し、山城を建設することを王に建議したといいます。その後、朝鮮時代に入り、山城を建設し、5大史庫のうちの北側史庫が危険に晒された際に赤裳山史庫を設置し、韓国の国史を守ってきた由緒ある場所です。

七淵渓谷(칠연계곡)

七淵渓谷(칠연계곡)

10.2 Km    3393     2015-06-23

全羅北道 茂朱郡 安城面 七淵路 608
+82-63-320-2114

安城面 通安村の後ろ、徳裕山の方に大きな岩でできた渓谷とその一帯を七淵巖洞と呼びます。茂朱九千洞という渓谷に比べあまり知られていませんが、変わった形をした岩や大小さまざまな滝、沼と垣根がうまく調和し、小さいながらも美しさはひけを取りません。ここの代表的な名所は七淵の滝で、7つの滝と池が連なっていることからついた名前です。上から下へ透き通った清らかな水が緩やかな滝をつくりながら流れ落ちていきます。
七淵巖洞の下流にある龍湫の滝はそれほど高くはありませんが、奇岩でできた絶壁に古い松の木、東屋が調和し趣ある風景をつくっています。また、七淵の滝の向かい側には朝鮮時代末期に日本軍と戦い戦死した兵たちの墓である七淵義塚や若者たちが自然の中で過ごしながら活力を養う全羅北道自然学習院があります。

テコンドー公園展望台(태권도공원 전망대)

テコンドー公園展望台(태권도공원 전망대)

11.2 Km    2924     2017-01-11

全羅北道 茂朱郡 雪川面 茂雪路1482
+82-63-320-0114, +82-63-320-0595

テコンドー公園は、世界182カ国で6千万人の競技人口を誇るテコンドーの聖地として韓国を代表する文化観光資源となるべく全羅北道茂朱郡に造成されました。世界中のテコンドーに携わる人々の交流の場となると共に、テコンドー文化芸術産業のハブとして機能することをビジョンとして掲げています。伝統と現代の建築様式が調和を成しているテコンドー公園は、世界中のテコンドーに携わる人々の心のふるさととなるでしょう。

規模
総面積:2,314,060平方メートル(70万坪)
団地造成面積:1011574.8平方メートル(30万6千坪)
建築延べ面積:261158.2平方メートル(7万9千坪)

国立テコンドー園(국립태권도원)

国立テコンドー園(국립태권도원)

11.2 Km    6676     2020-02-06

全羅北道 茂朱郡 雪川面 茂雪路1482
+82-63-320-0114

※2019~20 韓国観光100選※

国立テコンドー園はテコンドー(跆拳道)を通じた身体的鍛錬、そしてテコンドーに関するたゆみない探求を行ない、テコンドーを極める「偉大な体・認・至」の実践空間です。ここではテコンドー教育や修練、体験・文化交流をテーマに、45に及ぶさまざまなプログラムを実施しています。
韓国国内外のテコンドー関係者をはじめ、企業・児童・学生・一般の方々などテコンドーで心身を鍛えたい方ならだれでも参加可能です。

茂朱蛍祭り(무주반딧불축제)

茂朱蛍祭り(무주반딧불축제)

11.7 Km    17144     2020-03-10

全羅北道 茂朱郡 茂朱邑 寒風楼路326-17
+82-63-324-2440

「茂朱蛍祭り(ムジュパンディップルチュッチェ)」が開催される茂朱は、ホタルとその生息地が天然記念物に指定されているところです。茂朱蛍祭りは自然を学び、楽しむことのできる環境祭りです。

茂朱ホタルランド(무주 반디랜드)

茂朱ホタルランド(무주 반디랜드)

11.8 Km    18830     2020-03-20

全羅北道 茂朱郡 雪川面 茂雪路 1324

茂朱(ムジュ)ホタルランドはホタルを体験・学習・観覧できるところ。この他、珍しい昆虫を見ることのできる昆虫博物館、ホタル研究所、青少年キャンプ場、ログハウス、ホタル生息地がある体験学習スペースもあります。また、ホタルランド内にある天文科学館では宇宙の誕生と歴史、太陽系、星座、宇宙環境についても学ぶことができます。茂朱郡のすばらしい環境の象徴ともいえるホタルやさまざまな昆虫類に関する生態研究および生息地の復元を行なうことで、ここ茂朱ホタルランドが環境教育の拠点としての役割を果たしています。

茂朱芝田村 古の石塀(무주 지전마을 옛 담장)

茂朱芝田村 古の石塀(무주 지전마을 옛 담장)

13.6 Km    2752     2020-04-27

全羅北道 茂朱郡 雪川面 芝田キル11
+82-1899-8687

茂朱芝田村(チジョンマウル)古の石塀(イェッタムジャン)は昔ながらの石塀で、全長約700mのうちほとんどを土と自然の石で積み上げた土石塀です。 山里のこぢんまりとした雰囲気とよく合っています。

茂朱寒風楼(무주한풍루)

茂朱寒風楼(무주한풍루)

14.9 Km    2542     2020-04-03

全羅北道 茂朱郡 茂朱邑 寒風楼路326-5
+82-1899-8687

「茂朱寒風楼(ムジュハンプンル)」は、その昔、有名な詩人らが集まって風流をたしなんだ場所です。全州の寒碧堂、南原の広寒楼と並んで有名であり、その中で最も美しい楼閣として知られています。
1592年の壬辰倭乱(文禄・慶長の役)で焼失し、1599年に再建されました。日帝強占期から仏教を広める地として使われ、永同郡陽山の川辺に移され錦湖楼という名前に変わりました。また、1971年に茂朱の有志により現在の位置に移されました。

徳川書院(덕천서원)

10.3 Km    2542     2019-07-30

全羅北道 茂朱郡 雪川面 イナム3キル5
+82-1866-8687

徳川書院は燕山君(1476-1506)の時代に戊午士禍(政治的迫害事件)で犠牲になった金馹孫を主壁とし、金馹孫の子孫である金致三、金ヒョンが祭られています。金宗直の弟子である金馹孫は師匠に似て正直な性格でした。
1498年に高宗実録を編纂した時、師匠の金宗直が書いた弔義帝文の史草に載せたことが燕山君に知られ死刑になりました。中宗反正(燕山君を廃位して中宗を新しい王に擁立した事件)以降、都承旨に追贈され文愍の忌み名がつけられました。
徳川書院は本来1919年雪川面斗吉里クサンマウル前の山の上に建てられました。1982年に雪川面所川里イナムマウルに移り、1993年に現在の位置に移され徳川書院となりました。境内には德川祠という祠堂と公徳碑が建てられました。

茂朱公用バスターミナル(무주공용버스터미널)

14.9 Km    4416     2016-03-04

全羅北道 茂朱郡 茂朱邑 堂山里
+82-63-322-2245