13.5Km 2025-10-23
チョンブク特別自治道チョンジュ市ワンサン区テジョロ44
「慶基殿(キョンギジョン)」は、朝鮮王朝を建国した太祖・李成桂の御真(肖像画)が祀られているところです。朝鮮第3代王・太宗が1410年に全州・慶州・平壌に「御容殿(オヨンジョン)」を創建し、太祖の肖像画を奉安しました。その後、1412(太祖12)年に太祖真殿(テジョチンジョン)と呼ばれるようになりましたが、1442(世宗24)年に全州の御容殿は「慶基殿」、慶州は「集慶殿」、平壌は「永崇殿」と名づけられました。
慶基殿は壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の際に焼けてしまいましたが、1614(光海君6)年に再建されました。建物は本殿・軒・翼廊などからなり、内三門・外三門により仕切られています。
◎ 韓流の魅力に出会う旅行情報
市内中心部にある朝鮮時代の趣が感じられる空間で、正殿、石垣、竹林などが時代劇のような雰囲気を演出します。グルメや見どころが豊富な全州韓屋村にあり、近くに位置する殿洞聖堂とともに全州の観光名所となっています。周辺に韓服レンタル店が多いので韓服を着て訪れる観光客もたくさんいます。
13.5Km 2025-06-17
チョンブク特別自治道チョンジュ市ワンサン区テジョロ44
2010年11月6日にオープンした「御真(オジン)博物館」は地上1階、地下1階、延面積1,193.71平方メートルで、慶基殿と太祖御真(李成桂の肖像画)を中心とした展示を行っています。1階には太祖御真と新しく模写された6人(世宗、英祖、正祖、哲宗、高宗、純宗)の御真が展示されています。その他に展示空間としては歴史室、輿車室、企画展示室があり、休憩スペースや遺物を保管するための収蔵庫施設もあります。
13.5Km 2025-07-10
チョンブク特別自治道チョンジュ市トクチン区モレネ4ギル8-8
063-278-5802
全州(チョンジュ)モレネ市場は全州南部市場、中央市場とともに全州を代表する伝統市場。1970年代から形成され、主に野菜、果物、精肉、魚、干物、衣類、雑貨などを扱っています。全州のさまざまなB級グルメを味わうことができるとともに懐かしい伝統市場の風景を見ることができることから人気のスポットです。
13.6Km 2025-07-18
チョンブク特別自治道チョンジュ市ワンサン区オジンギル119
1952年創業、3代にわたって受け継がれてきた全州(チョンジュ)ビビンバの老舗。韓屋を食堂にリノベーションし、美しい庭もあるお店です。全州韓屋村、 慶基殿(キョンギジョン)など、有名な観光スポットとも隣接した好立地に位置しています。
13.6Km 2024-12-23
チョンブク特別自治道 チュンギョンノ 75
+82-10-6545-9049
全州市の慶元洞にある「ブルーボートゲストハウス」は、若い旅行客が多く訪れ、トレンディで感覚的なデザインで飾られています。慶基殿が徒歩10分の距離にあり、殿洞聖堂と韓屋村、南門市場等をすべて歩いて行けます。全客室は清潔な鉄製ベッドで構成されており、バスルームとキッチンは共同で使用できます。キッチンにはテレビがあって、旅行者同士で情報も共有できます。
13.6Km 2025-07-18
チョンブク特別自治道チョンジュ市ワンサン区テジョロ51
史跡に指定されている殿洞(チョンドン)聖堂は朝鮮時代にカトリック教徒が殉教した跡地に殉教者の精神を称えるために建てられた聖堂で1914年に完工しました。灰色と赤色のレンガを使って建てられた建物の外観はソウルの明洞聖堂と似ており、初期のカトリック聖堂の中でも特に美しい建物として知られます。またビザンティン様式とロマネスク様式が併用された殿洞聖堂は韓国内における美しい建築物のひとつに挙げられています。
13.6Km 2025-07-18
チョンブク特別自治道チョンジュ市ワンサン区ソハクロ12-1
棲鶴(ソハク)芸術村図書館は2022年6月に開館した公立図書館。保有図書は約1千冊で、規模は小さいもののかわいらしい空間演出がされており、一度訪問すると長く滞在してしまう魅力的なスポットです。古いカフェ、ギャラリーの建物を改装しているため、図書館というよりはブックカフェのような雰囲気をもっています。近くには全州韓屋村があり、全州慶基殿、殿洞聖堂、豊南門、南部市場などとあわせて見てまわるとよいでしょう。
13.6Km 2024-04-24
チョンラブク道チョンジュ市ワンサン区パルダルロ126、1階(チョン洞)
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13.7Km 2024-05-29
チョンブク特別自治道チョンジュ市ワンサン区プンナムムン3ギル1
豊南門(ナンプンムン)は旧全州邑城の南側門で、丁酉再乱の際に破壊されたものを1734年に城郭と城門を建て直し明見楼と呼んでいたものです。「豊南門」という名称は1767年に火災に遭い、観察使ホン・ナギンが1768年に再建し名づけました。純宗の時代、都市計画により城郭と城門が撤去され、豊南門も多くの損傷を受けました。その後1978年から始まった3年間の補修工事で昔の姿を取り戻しました。規模は1階が前面3間・側面3間、2階が前面3間・側面1間で、屋根は側面から見ると八の字型をした入母屋造。