亀岩公園(구암공원) - エリア情報 - 韓国旅行情報

亀岩公園(구암공원)

亀岩公園(구암공원)

19.3Km    2022-08-29

ソウル特別市カンソ区ホジュンロ5ギル42
+82-2-2600-4183

「亀岩公園(クアムゴンウォン)」は天然岩洞窟である許家岩(ホガバウィ)一帯に造られた公園です。許家岩で陽川許氏の始祖である許宣文が生まれたと伝えられています。亀岩公園は医聖と呼ばれる許浚(ホ・ジュン)の記念公園で「亀岩」は許浚の号です。許浚が官職を退き『東医宝鑑』を著述したところが許家岩洞窟であり、今の亀岩公園です。
公園の周囲にはソウル特別市記念物の許家岩、公園内には湖、広州岩、許浚が座って病人を診療する慈しみ深い姿の銅像などがあります。

南楊州 思陵(定順王后)[ユネスコ世界遺産(文化遺産)](남양주 사릉(정순왕후) [유네스코 세계문화유산])

南楊州 思陵(定順王后)[ユネスコ世界遺産(文化遺産)](남양주 사릉(정순왕후) [유네스코 세계문화유산])

19.3Km    2023-06-19

キョンギ道ナミャンジュ市チンゴン邑サルンロ180

思陵(サルン)は朝鮮王朝時代最も悲運の女性、端宗の妃・定順王后(1440-1521)宋氏の陵です。 定順王后は1453年王妃に揀擇(多くの候補者を宮殿の中に集め、王、王子、王女の配偶者を選ぶ行事で選ばれること)され、翌年王妃になりました。 端宗が首陽大君(世宗)に王位を奪われ寧越に流されると定順王后も格下げになりました。その後端宗が亡くなると東大門の外にわら葺の家を建て一生夫を思いながら暮らしました。よって墓の名前も「思陵」になったとされています。

思陵は王妃の陵で、他の陵に比べこぢんまりしていて簡素です。陵の規模も非常に小さく、屛風石(陵を保護するために陵の上の周囲を屏風のように立てた四角形の平たくて大きい石)を置かずに文人石(陵の前にたてる文官の形に造った石)や石馬(陵の前に石でつくった馬)のみがあります。

許浚博物館(허준박물관)

許浚博物館(허준박물관)

19.5Km    2021-06-30

ソウル特別市 江西区 許浚路87

2005年ソウル市江西区に韓国初の韓医学専門博物館として開館した「許浚(ホジュン)博物館」は、許浚関連資料を収集し、その業績を称える事業とともに江西区民の憩いの空間・文化享受の場としての役割をになっています。

許浚(1539年~1615年)
本貫は陽川、字は清源、号は亀岩。訓錬院正(朝鮮時代、訓錬院に所属していた官職)であった許琨(ホゴン)の孫で、龍川府使(朝鮮時代の龍川府長官)であった許崙(ホロン)の息子として、京畿道陽川県パヌン里ヌンゴク洞ペクソク村(現在のソウル市江西区登村2洞)で生まれました。朝鮮時代中期に名医として知られ、韓医学を集大成した『東医宝鑑』を著し、韓医学の体系を整理しました。

Gセム病院 (지샘병원)

19.7Km    2025-12-10

京畿道軍浦市クンポロ591

2013年6月に京畿道軍浦市で開院したGセム病院は、400病床、35診療科、約20の専門診療センターと特殊クリニックを備え、患者中心の診療を行っているグローバル総合病院です。

当院の医療スタッフは、すべての診療科において豊富な臨床経験を有する最高の専門医で構成され、質の高い診療を提供しており、がん、脳血管、循環器、消化器、関節脊椎などの重症疾患に対する治療で優れた臨床実績があります。
特に転移がん分野では、LHIPEC、ETなどの標的治療、NK細胞治療、免疫治療など優れた治療を提供しており、海外から多くの患者さんが来院しています。

そのため、当院では外国人患者誘致登録医療機関および医療ツーリズム優秀誘致機関として、外国人患者向けの国際診療センターを運営しています。英語やロシア語などを話せる専門コーディネーターが診療の通訳はもちろん、アフターケアまで丁寧に案内しています。

[ソウル・トゥルレ道第1コース]水落山・仏岩山コース([서울 둘레길 1코스] 수락 · 불암산 코스)

[ソウル・トゥルレ道第1コース]水落山・仏岩山コース([서울 둘레길 1코스] 수락 · 불암산 코스)

19.7Km    2024-12-03

ソウル特別市 蘆原區(蘆原区) 中溪洞(中渓洞)

ソウル・トゥルレ道は、ソウルを一周する総長157キロメートル・8つのコースで構成されています。ソウルの歴史・文化・生態などについてストーリー化された徒歩道で、第1コースは水落山(スラクサン)から仏岩山(プラムサン)までの総長18.6キロメートルの緩やかな道で、所要時間は8時間10分です。仏岩山をぐるりと回るトラッキングコースで、菖蒲園(チャンポウォン)、德陵峠(トンヌンゴゲ)、案内センター、泰陵(テヌン)、水岩寺(スアムサ)、鶴到庵(ハクトアム)を通ります。

光明洞窟(광명동굴)

光明洞窟(광명동굴)

19.9Km    2025-10-27

キョンギ道クァンミョン市カハクロ85ボンギル142

光明(クァンミョン)洞窟は1912年の日帝強占期に金鉱などの資源収奪目的で開発が始まった洞窟で、独立後は産業目的で持続的に開発されました。1972年に廃鉱となってから、長きにわたりアミの塩辛倉庫として使われていましたが、光明市が敷地を買い取り、施設を整備して歴史・文化観光名所として一般公開するようになりました。光明洞窟は産業遺産としての価値と文化的価値をもつ韓国最高の洞窟テーマパークという評価を受けており、年間100万人以上の観光客が訪れる、廃鉱の奇跡を成し遂げたスポットとして広く知られています。

◎ 韓流の魅力に出会う旅行情報:バラエティ『ドル泊2日』
『ドル泊2日』LE SSERAFIM編で、メンバーのチェウォン、ユンジン、ウンチェがミッションを果たすために訪れました。

興国寺(高陽)(흥국사(고양))

19.9Km    2025-11-24

キョンギ道コヤン市トギャン区フングクサギル82

興国寺の建立は新羅時代の西暦661年(新羅文武王元年)に当代最高の高僧であった元暁大師が北漢山の元暁岩で修行中、北西の方角で縁起のよい機運が起こるとみて山を下りここにたどり着いたことが契機となりました。

瑞気を発している石造の薬師如来像を観た元暁大師が因縁の道場と考え、本殿に薬師如来を奉り「縁起のよい光が発せられるところゆえこれから数多くの聖人が輩出される」として寺の名前を興聖庵とし、今日の興国寺が建立されたと伝えられています。

その後、寺の歴史をかいまみる史料がなく詳しい変遷については分からない面もありますが、1686年(朝鮮時代の粛宗12年)に改修された事実や朝鮮時代の英宗が即位したあとの時代に大きく発展したという記録が残っています。以降さまざまな僧侶が寺を修繕するなどして今日に至っています。