格浦港(격포항) - エリア情報 - 韓国旅行情報

格浦港(격포항)

格浦港(격포항)

8.5 Km    33479     2024-04-08

チョンブク特別自治道プアン郡ピョンサン面キョクポ里788-15

格浦港は蝟島、古群山群島、紅島など西海岸の島と連携した海上交通の中心地。西海清浄海域でとれた味の良い水産物がたくさん水揚げされ、イイダコの産卵期にあたる春とコノシロが旬を迎える秋には、駐車スペースがなくなるほど全国各地から来た美食家や観光客で賑わいます。イイダコ、甲イカ、ワタリガニ、アンコウ、クロソイ、クジメ、ヒラメ、コノシロ、ハマグリ、アサリなど水産物が豊富で、それに合わせて刺身屋や飲食店が多く立ち並んでいます。また格浦港は夕暮れ時の風景が美しいことで知られています。

来蘇寺(扶安)(내소사(부안))

来蘇寺(扶安)(내소사(부안))

8.6 Km    21166     2024-04-07

チョンブク特別自治道 扶安郡 鎮西面 来蘇寺路 243

来蘇寺(ネソサ)は百済時代の武王34(633)年に恵丘頭陀(ヘグドゥタ) が建立した寺で、元々の名称は蘇来寺(ソレサ)でした。
大雄宝殿は釈迦牟尼を中心に左右に文殊菩薩と普賢菩薩を祀る仏殿で、朝鮮時代の仁祖11(1633)年、靑旻(チョンミン)大師が寺を修繕する際建てたと伝えられています。
規模は正面3間、側面3間で、屋根は入母屋造りとなっています。屋根の軒を支える木組の装飾構造が柱の上部のみならず柱と柱の間にもある多包様式の建造物となっており、外側へと張り出す木組部材の姿は朝鮮時代中期の建築様式をよく表しています。
また、大雄宝殿の花柄模様の戸の桟から当時の秀でた彫刻技術を垣間見ることができ、仏像の後ろ側の後壁には韓国に現存するもののなかで最も大きな「白衣観音菩薩坐像」が描かれています。
大雄宝殿の扁額は円嶠(ウォンギョ)李匡師(イ・グァンサ1705~1777年)が書した筆跡で、付属の庵として地蔵庵(チジャンアム)や青蓮庵(チョンニョンアム)があります。
現存する 建物及び重要文化財には、宝物・大雄宝殿をはじめ、宝物・高麗銅鐘、宝物・法華経折本写経、宝物・掛仏などや全羅北道有形文化財に指定されている寮舎チェの建物、説禅堂(ソルソンダン)、三層石塔があり、来蘇寺一帯は全羅北道記念物に指定されています。
境内の入口にある一柱門からおよそ600メートルは「美しい道100選」に選ばれたモミの木の林道が続いており、訪れる人々に季節ごとに違った風景を見せています。

韓屋ペンション ナビエクム[韓国観光品質認証](한옥펜션 나비의 꿈[한국관광 품질인증]/Korea Quality)

韓屋ペンション ナビエクム[韓国観光品質認証](한옥펜션 나비의 꿈[한국관광 품질인증]/Korea Quality)

9.4 Km    2     2024-04-08

チョンブク特別自治道 プアングン ネソサロ 129
+82-63-582-7651

「ナビエグン」は、辺山半島の内蘇寺にある現代式韓屋ステイで、広い庭と青い芝生に敷かれた松が静かさを加えます。多くの顧客層を考慮して多様なタイプの客室を運営していて、ほとんどの客室にキッチンと個別バーベキュー場があって気軽に利用できます。 

開岩寺(개암사)

開岩寺(개암사)

10.7 Km    9848     2024-04-08

チョンブク特別自治道プアン郡サンソ面ケアムロ248

開岩寺(開巌寺=ケアムサ)は634(武王35)年、妙蓮(ミョリョン)が創建した百済の古刹です。
開岩(開巌)という名称は、紀元前282年弁韓の武王が辰韓や馬韓との戦を避け、ここに都城を築く際、禹と陳という二人の将軍に渓谷の左右に王宮殿閣を作らせ、東側を妙岩(ミョアム)、西側を開岩としたことから始まります。
676(文武王16)年、新羅時代の高僧・元暁(ウォニョ)と義湘(ウィサン)が重修し、1276(忠烈王2)年の円鑑(ウォンガム)国師の時代には約30棟の建物を建て大寺院としての姿を整えました。
また「楞伽経(ヌンガギョン)」説法により多くの人々を教化、この寺のある山は楞伽山(ヌンガサン)と言われるようになりました。
1414(太宗14)年、禅坦(ソンタン)が再び重創しましたが、壬辰倭乱(日本で言う「文禄・慶長の役」)により黄金殿を除くすべての建物が焼失し、1636(仁祖14)年に戒浩(ケホ)が再び重創し今日に至っています。
宝物に指定されている大雄宝殿は正面3間、側面3間の入母屋造りの建物で、朝鮮時代中期を代表する建物です。宝物に指定されている霊山会掛仏幀は1749年に制作された僧侶画家・義謙(ウィギョム)の作品で、縦13.25メートル、幅9メートルの大きさの霊山会上図です。
開岩寺の裏手にある禹金岩(ウグマム)を含む長さ3,960メートルの周留城(チュリュソン)は、百済の遺民らが王子・扶余豊(プヨプン)を擁立し、3年間かけて百済復興運動を展開した始まりの地としても有名です。
遺物としては1689(粛宗5)年に鋳造された全羅北道有形文化財・銅鐘や重建寺蹟紀があります。

辺山自然休養林(변산자연휴양림)

辺山自然休養林(변산자연휴양림)

11.0 Km    22027     2024-04-08

チョンブク特別自治道プアン郡ピョンサン面ピョンサンロ3768

辺山(ピョンサン)自然休養林は、辺山半島国立公園にある海岸型自然休養林です。森と海の両方を見ることができるのが特徴で、森の解説や体験、宿泊施設が運営されています。辺山半島の松と松ぼっくりを活用した簡単な工芸プログラムや松林の間を歩きながら森林浴が楽しめるウォーキングプログラムなども体験できます。周辺には格浦・彩石江(キョクポ・チェソッカン)、辺山海水浴場などの観光スポットがあります。

コムソシムト(곰소쉼터)

コムソシムト(곰소쉼터)

11.9 Km    17271     2024-04-08

チョンブク特別自治道プアン郡チンソ面チョンジャロ1086

コムソシムトは、天日塩を生産するコムソ塩田の隣にある飲食店です。看板メニューは塩辛定食で、9種類の塩辛がテンジャンチゲと一緒に提供され、バイキングのように塩辛のおかわりができます。コムソの塩辛は、獲れたての魚介類をコムソの天日塩に漬けて1年以上熟成させたもので、美味で広く知られています。

扶安青磁博物館(부안청자박물관)

扶安青磁博物館(부안청자박물관)

13.2 Km    1899     2024-04-07

チョンブク特別自治道 扶安郡 保安面 青磁路 1493

千年の歳月を経て新たな復興を夢見る扶安(プアン)青磁(チョンジャ)。その扶安青磁をテーマにした博物館・扶安青磁博物館が2011年4月、全羅北道(チョルラプクド)扶安郡(プアングン)保安面(ポアンミョン)柳川里(ユチョルリ)の旧・柳川初等学校跡地に開館しました。

保安面柳川里陶磁址(史蹟第69号)は1993年に地表調査を開始、11世紀から14世紀までの窯址およそ40ヶ所を確認し、その内5基の窯址を1999年に発掘し姿を現しました。

扶安青磁博物館には高麗青磁の窯や柳川牛東(ウドン)鎮西里(チンソリ)で出土した青磁及び破片が展示されているほか、さまざまな体験プログラム実施、そして高麗時代の青磁の名品・象嵌青磁にも出会うことができます。

新侍島漁村体験村(신시도 어촌체험마을)

新侍島漁村体験村(신시도 어촌체험마을)

16.6 Km    19060     2024-04-07

チョンブク特別自治道 群山市 沃島面 新侍島キル83-7

新侍島(シンシド)は群山市の西南約50キロメートルの海上に浮かぶ島で、近隣にある24の島のうち最も面積の広い島です。古群山群島は、新侍島のほかにも仙遊島、壮子島、巫女島まで続く西海の秘景が一望できることから「湖上に浮かぶ星」と呼ばれています。新侍島の村は、群山から扶安まで続く世界最長のセマングム防波堤の中心に位置しています。
村では観光客の旅の思い出づくりをお手伝いするため民宿施設を体系的に管理しています。深く青い海にはクロソイ、クジメ、スズキ、アナゴなどの水産資源が豊富で、磯釣りや船上釣りといった海釣りを楽しみにたくさんの観光客が訪れます。特に船に乗って島の周辺をまわりながらする釣りは楽しさ倍増です。その他、広すぎず狭すぎない海水浴場は家族連れに最適で、多くの人々に愛されています。

巫女島・仙遊島(무녀도‧선유도)

17.1 Km    47395     2024-04-08

チョンブク特別自治道クンサン市オクト面

巫女島(ムニョド)
巫女島(ムニョド)は群山市から南西に50.8キロメートル離れた海上に位置し、仙遊島(ソニュド)・新侍島(シンシド)・壮子島(チャンジャド)などとともに、古群山(コグンサン)群島を形成しています。面積は1.75平方キロメートル、海岸線の長さは約11.6キロメートルで、現在、仙遊島を中心に、巫女島ー仙遊島、 仙遊島ー壮子島、壮子島ー大壮島の間に橋が架けられているため、一つの島のように歩いて渡ることができます。南西に巫女峰(131メートル)があるだけで、広い地域にそれほど高い山はないというのが特徴です。

仙遊島(ソニュド)
群山港から約50キロメートル離れている仙遊島は約20の島からなる古群山群島の中央に位置しています。西海岸で最も人気の高い避暑地の一つでもあります。
仙遊島と周辺の島々を旅行するときに拠点となるのは仙遊島のチンリ村です。「明沙十里(ミョンサシムニ)」とも呼ばれる仙遊島海水浴場と接しており、村からは馬耳山のようにそびえ立つ望主峰(マンジュボン)がくっきりと見えます。学校、民宿、食堂、自転車レンタル店、ショップ、カラオケ、キャンプ場などが集まっており、シーズンには村全体が賑やかになります。
仙遊島には「仙遊八景」があります。中でも最高の絶景の望主峰は仙遊島のシンボルといえます。頂上に立つと仙遊島周辺の島や海、明沙十里海水浴場と並んで、海上に舞い降りた雁のような形の「平沙落雁」の全景もすべて眺望することができます。美しいという言葉だけでは言い表せない雄大な景色の夕日は、望主峰の頂上だけでなく、仙遊島海水浴場のどこからでもその感動的な景色が観賞できます。

未堂徐廷柱詩文学館(미당 서정주 시문학관)

未堂徐廷柱詩文学館(미당 서정주 시문학관)

17.6 Km    6528     2024-04-08

チョンブク特別自治道コチャン郡プアン面チルマジェロ2-8

「未堂徐廷柱詩文学館(ミダンソジョンジュシムナックァン)」は、韓国を代表する詩人、未堂・徐廷柱(ミダンソジョンジュ)の故郷であり、終焉の地でもある全羅北道高敞郡富安面仙雲里村に設けられた記念館で、近くには徐廷柱の生家とお墓があります。チルマジェ村にある廃校となった仙雲小学校鳳岩分校を記念館とし、2つの展示棟、書斎再現室、セミナー室、多用途室、展望台などで構成されています。パイプ、杖、手紙、自筆の詩など、未堂・徐廷柱の遺品約5000点が展示されている他、毎年11月未には「堂文学祭」を開催し、未堂文学賞授賞式、未堂白日場(詩文競作大会)、詩朗読および各種記念公演、学術会議などを行っています。