6.2Km 2024-12-24
チョンラナムド スンチョンシ テデ2(イ)ギル 33
+82-61-741-6735、 +82-10-9430-6735、 +82-10-5434-6735、 +82-10-3930-8500
「スンチョンマンミンソクハンオクペンション」は、順天湾近くの高い地帯に位置し、順天湾生態公園を一望できます。客室はワンルームと一軒家で構成されています。客室ごとにトイレ、キッチンなどを設置して利便性を高め、床には黄土が厚く敷かれ、国産の松で仕上げられていて、香ばしく健康的に滞在できます。手頃な価格でおいしい南道の家庭料理を味わえ、順天湾自然生態公園と龍山展望台を徒歩で移動するのに最適です。
6.9Km 2024-03-08
チョンラナム道スンチョン市スンチョンマンギル513-25
順天湾(スンチョンマン)湿地は、川沿いに3キロメートルに及び干潟と葦原が続く世界5大沿岸湿地です。葦群落は、ナベヅルなど渡り鳥が冬を過ごしたり生息する生態観光でもあります。展望台からは順天湾が描くS字型の流れと葦原上の日没、そして渡り鳥が群を成して飛び上がる壮観が眺望できます。
8.8Km 2021-07-21
全羅南道 順天市 海龍面 新城里
順天倭城(スンチョンウェソン)は1597年の丁酉再乱(慶長の役)の時、宇喜多秀家と藤堂高虎が中心となって全羅道を攻略するために築いた日本式の城で、小西行長率いる約1万4千人の兵が駐屯し、明・朝鮮連合軍と2度に渡って激戦を繰り広げました。
順天倭城は水陸交通の要衝地で、城郭の規模は120,595平方メートル(36,480坪)、外城2,502メートル、内城1,342メートル。外郭城(土石城)3城、本城(石城)3城、城門が12門あり、剣丹山城(コムダンサンソン)側に堀をつくって海水を引き入れ、浮き橋を架けました。このことから韓国では曳橋(イェギョ)または倭橋城(ウェギョソン)と呼ばれました。
9.7Km 2024-02-21
チョンラナム道スンチョン市ヘリョン面ノンジュ里230-10
カヤ庭園(ジョンウォン)は、韓国初でラムサール条約湿地として登録された順天湾(スンチョンマン)国家庭園と隣接している庭園です。国家庭園と違って個人が管理している庭園ですが、無料公開となっています。土地の持ち主が2014年から廃塩田に土をかけて1万種類以上の草花を直接植えて美しい庭園を整備しました。多様な植物を見ることができ、夕焼けが美しいため多くの旅行客が訪れます。
10.2Km 2024-01-29
チョンラナム道クァンヤン市クァンヤン邑カンジョンギル33
2017年7月にオープンした光陽(クァンヤン)ワイン洞窟は、光陽製鉄の貨物輸送用トンネルをリノベーションし、全長301メートル、幅4.5メートル、高さ6メートルほどの規模で、ワインの大衆化に向けて複合文化芸術空間として設けられました。ワインをあまり飲まない人でもワインに親しめるように、世界の様々なワインを集めて1ヶ所で体験できるようになっています。ワインカフェテリア、メディアファサード映像ショー、トリックアートのフォトスポットなど、様々な演出で視覚的にも楽しめます。梅ワイン作りなどの体験も可能で、光陽の特産品を購入できるコーナーもあります。光陽ワイン洞窟では光陽エコパークも一緒に運営しています。子どもたちがメディアを通して生態系に触れながら想像力と創造力を発揮できる空間となっており、一年中適正温度を維持しているので、季節に関係なく楽しめます。
11.1Km 2024-08-05
チョンラナムド クァンヤンシ チュンフンノ 13-40
+82-10-4665-9301
日差しが美しい韓屋ステイの「ヨンギョンダン」は、前には白雲貯水池が、後ろには白雲山があって風景が美しいです。各客室は浴槽が設置されたトイレを備え、暖房のために伝統方式のオンドルとボイラーと冷暖房機を一緒に使って、ガラスドアとガラス窓を加えて、韓屋特有の冷気を遮断します。炊事は共用炊事場で可能で、屋外のバーベキューもできます。周りにマートがないため、食材を予め準備する必要があり、炊事場にはおやつと飲み物の自動販売機が備えられています。
11.4Km 2025-09-02
チョンラナム道スンチョン市ワオン1ギル45
+82-10-9598-1336
全羅南道順天ワオン村にあるSUNSET HANOK PENSIONは、日没名所のワオン海辺と順天湾の干潟が近くにあって、ヒーリングできる韓屋ステイです。幸福室、浪漫室、サラン室、和睦室があり、客室ごとにキッチン施設を備えている他、和睦室は団体客が泊まるのに最適です。屋外バーベキュー場もあります。近くの野山に1時間ほどの散策路があり、4キロメートルの舗装道路があって自転車でのハイキングも楽しめます。
13.2Km 2021-07-19
全羅南道 順天市 楽安面 上松里
全羅南道順天にある金銭山(クムジョンサン)(海抜668メートル)は曹渓山から伸びた1つの山脈が南方に下りながら鼓動山を経てできている岩山です。
金銭山の昔の名前はセェ山でしたが約100年前に金銭山に変わったと言われています。漢字の意味を直訳すると金で出来たお金の山です。しかし実は仏家から由来した名前で、「仏様の優秀な弟子達である五百比丘(もしくは五百羅漢)金銭比丘から山の名前をとった」といわれています。
14.4Km 2025-10-23
チョンラナム道スンチョン市ナガン面チュンミンギル30
三韓(サマン)時代には馬韓(マハン)の地、百済(ペクチェ)の時代には波知城(パジソン)、高麗時代には楽安郡(ナガングン)の郡衙があった場所で、朝鮮時代の城郭やその昔郡守などが公務を行った役所・東軒(トンホン)、客舎、林慶業将軍碑、市場、草葺屋根の家がいまだなお昔のまま残っていることから、城郭や村全体が韓国で初めて史跡に指定、史跡となったところがここ順天(スンチョン)楽安邑城(ナガンウプソン)です。
この場所では朝鮮時代の太祖6(1397)年、倭寇が侵入してくると地元出身の襄恵公(ヤンヘゴン)金贇吉(キム・ビンギル)将軍が義兵を率い土城を築いて攻防を繰り広げました。
そのおよそ230年後の仁祖4(1626)年、忠愍公(チュンミンゴン)林慶業(イム・ギョンオプ)将軍が楽安郡守として赴任し現在の石城を重修しています。
ほかの地域で見られる城とは異なり、広い平地に1メートルから2メートルほどの大きさの正方形の自然石を使い、高さ4メートル、幅3メートルから4メートル、城郭の総延長が1,410メートルにも及ぶ城郭を構築、東内(トンネ)、南内(ナムネ)、西内(ソネ)の3つの村を生活の根拠地として長方形でかつ強固な作りで囲むような形で築城しました。
400年近く経って今でも崩れているところはなく当時の雄壮さをそのまま残しています。現在でも多くの人々が暮らしを営む民俗固有の伝統村として、民俗学術資料としてはもちろんのこと、歴史の生きた教育の現場として、その価値を認められています。
東門をはじめ、西門、南門から城郭内に入ると、ここが時代劇の撮影場ではないかと錯覚に陥るほどです。
時代劇『龍の涙』、『太祖王建』などの撮影地である龍仁(ヨンイン)や済州(チェジュ)にある民俗村のような作り物でなく、安東河回村のような当時の権力者・両班(ヤンバン)の村でもない、一般の庶民が住んでいた昔さながらの姿が残っている場所で、古の人々の生活の匂いが染み込み親近感あふれる場所となっています。
南部地方の独特な居住様式である縁側や台所、土房、屋根、石段の上の甕などの光景が続き、また隣同士を隔てる石塀は目立たずさほど高く作られていないもので塀を伝うカボチャのつるの光景を見ると、かくれんぼして駈けずり回って遊んだ幼い頃の自らの故郷を思い出させてくれるそんな風景の場所です。
城内 135,597平方メートル
城外 87,511平方メートル
総面積 223,108平方メートル