甲寺テンプルステイ(갑사 산사체험) - エリア情報 - 韓国旅行情報

甲寺テンプルステイ(갑사 산사체험)

甲寺テンプルステイ(갑사 산사체험)

0m    5440     2016-09-05

忠清南道 公州市 鶏龍面 甲寺路 567-3

甲寺は2002年韓日ワールドカップの時から、多くの外国人を対象にテンプルステイプログラムを運営してきました。韓国のどこからでも訪れやすい位置にあるため、いろいろな地域や職業、年齢の人がテンプルステイに参加するお寺です。
甲寺の1泊2日のプログラムはお寺の日常を体験する基本プログラムで、その中でも鶏龍山で森林浴をしたり、仏教武術を習ったり、体を健康にするプログラムが人気です。陶芸作りプログラムに参加したい人は、事前に申し込みをすればテンプルステイと一緒に、陶芸体験もすることができます。また、甲寺の自慢の品「月印釋譜板木(宝物第582号)」を拓本して、記念品を自分で作ったりする貴重な体験もできます。
甲寺では決められたプログラム以外にも僧侶たちがお寺の中で掃除をする姿や、修行をする姿、大仏殿で朝の祈りをする姿などをみることができます。
このように甲寺のテンプルステイでは僧侶の修行や、お寺の日常を体験することができ、事前に申し込みをすればいつでも参加することができます。また、土・日に家族で予約をすれば、テンプルステイ専用の宿所も利用できます。

論山 白日軒宗宅[韓国観光品質認証](논산 백일헌 종택[한국관광품질인증제/ Korea Quality])

論山 白日軒宗宅[韓国観光品質認証](논산 백일헌 종택[한국관광품질인증제/ Korea Quality])

10.1 Km    9602     2018-12-29

忠清南道 論山市 上月面 酒谷キル 45
+82-41-736-4166 / +82-10-2911-4166

国家民俗文化財第273号である論山(ノンサン) 白日軒(ペギロン/ペギルホン/ペクイルホン)宗宅は朝鮮時代の武人・李森(イ・サム)将軍の古宅です。
この韓屋は英祖3(1727)李麟佐の乱を平定した功績で英祖から下賜されたものです。韓屋の名称となっている白日軒は英祖が李森将軍に授けた諡号です。論山白日軒宗宅は門柱が高い大門の脇に門間(ムンガン)チェがあり、「コ」の字型の母屋と直角に「フ」の字型に曲がった形の舎廊チェが繋がり全体的に見ると中庭を囲み「口」の字型となっています。論山白日軒宗宅で宿泊体験可能な空間は大門脇の門間チェと高殿の板の間がある手前側の舎廊房、そして広々とした縁側がある奥側の舎廊房と居間として使っていた部屋の向い側にある部屋です。板の間と繋がったこの向い側の部屋は代々この家の長男とその妻が生活してきたところで、縁側の前に土塀で囲ったこじんまりした中庭が印象的です。論山白日軒宗宅は国家民俗文化財に指定された古宅のため全客室火気厳禁となっており炊事は出来ません。トイレとシャワー室は裏庭に別途あります。無料で提供される宗家のお嫁さんによる素晴らしい朝食も論山白日軒の自慢です。

儒城ユースホステル(유성 유스호스텔)

儒城ユースホステル(유성 유스호스텔)

10.2 Km    1268     2020-12-02

大田広域市 儒城区 鶴下中央路 68

鶏龍山(ケリョンサン)国立公園のストンコル(谷)の素晴らしい自然の中にある儒城(ユソン)ユースホステル。2012年にリモデリング工事を終え、快適でより安全な施設になりました。百済歴史遺跡、鶏龍山国立公園、尖端科学研究団地、エキスポ科学公園、国立中央科学館、市民展望台、儒城温泉観光特区が近くにあり、清く正しい青少年教育や文化に貢献するさまざまなプログラムを準備、優秀な指導者もおり、青少年の育成に最善を尽くすユースホステルです。

ヨナ食堂(연화식당)

ヨナ食堂(연화식당)

10.5 Km    2777     2021-05-31

忠清南道 鶏龍市 奄寺面 ヨナドンキル27

「ヨナ食堂(ヨナシッタン/ヨンファシッタン)」の鶏肉の水炊き(ペクスク)の最大の特徴は、なんといっても桑の葉の漬け物と、果物を使って漬けた白キムチ(ペッキムチ)を融合させたという点です。気力を強めるキバナオギの根と気力を落ち着かせる桑の葉の漬け物を混ぜ合わせ、食欲をそそるちょっぴりすっぱい白キムチと鶏肉を一緒に食べると相性抜群です。

論山 明斎古宅[韓国観光品質認証](논산 명재고택[한국관광품질인증제/ Korea Quality])

論山 明斎古宅[韓国観光品質認証](논산 명재고택[한국관광품질인증제/ Korea Quality])

10.5 Km    9691     2020-12-12

忠清南道 論山市 魯城面 魯城山城キル50
+82-41-735-1215

忠清南道論山市(ノンサンシ)魯城面(ノソンミョン)には敷地と外とを隔てる大門や塀もなく、村の集落へ開け放たれた状態の韓屋・明斎古宅(ミョンジェコテク)があります。
韓屋の背後には山々が屏風絵のように聳え、建物の前には正方形の形をした大きな池があります。その池には小さな丸い島があり、その島には明斎古宅とともに300年の月日を経てきたサルスベリの木があり、趣ある曲線を描き、明斎古宅に風情を与えています。池を横目に観ながら韓屋の前庭にある踏み石に足をかけると、目の前には韓屋の基礎部分の基壇が素晴らしい主人の居間などがある舎廊(サラン)チェの建物が見えてきます。

明斎古宅は朝鮮時代の粛宗(在位:1674-1720年)の時代に活躍した学者・尹拯(ユン・ジュン)先生の家屋で、尹拯先生の号である明斎をとって明斎古宅と呼ばれるようになりました。尹拯先生は王が18回も官職を授けようとしたものの辞退するというような竹を割ったような性格の人物だったといいます。また質素で分かち合いの美徳の精神を自ら実践し、後学の人々にこれを説き、この精神を引き継いだ人々の手によって東学革命や韓国戦争(1950-1953年)など世の中の混乱が起きた時代を経てもなお古宅がなくなる危機を免れたといいます。このような尹拯先生の哲学を反映するかのように、古宅は他の両班(ヤンバン)などの家屋に比べ、外見が素朴な印象を与えます。しかしながら仔細に見てみると、気品が感じられるばかりでなく、建物のあちらこちらに隠された科学的な造りに驚きを感じます。

前面が開けた舎廊チェの左手にある中門へ入ると、目の前に母屋が見えてきます。板の間を中心に左右対称となっているコの字型の建物で、コの字型の母屋の前に舎廊チェが建っている配置から、母屋と舎廊チェ全体を見ると庭を囲んで口の字型のような韓屋に見えます。舎廊チェから母屋へ向かう途中には壁がありますが、実はそこに科学的な仕掛けが見え隠れします。入口の門に壁を作り、外から来た人に母屋の内部が見えないよう遮っているのです。ただ壁の下にはぽかっと空間が開いていて、母屋の中庭からはその空間を通じて外から来た人の足が見え、訪問客が来たことが分かる仕掛けになっています。女性たちの空間である母屋に男性がむやみに入らないようにする知恵がここにあります。

また母屋の横には納屋がありますが、二つの建物を平行に並べて配置せず、二つの建物の間を北側へ行くほど狭くなるようにしています。夏には南寄りの風が北側の狭い通路を吹きぬけていくのでその速度が速まり周辺の空気が涼しくなり、反対に冬には北寄りの風が南側の広い通路を通り抜けて厳しい北風を避けることができるようになっています。
そのおかげで納屋の北側の端の物置は夏でも涼しく、温度が低い状態で保管しなければならないものを置いていました。舎廊チェは大きな舎廊房を中心に右手に板の間が、左手には少し高くなった高殿の板の間があります。またその裏手に小さな舎廊房とさらに奥にある舎廊房、入口の大門の内側にある空間・大門間が続いています。明斎古宅の客室は母屋の板の間の反対側にある向い側の部屋をはじめ、舎廊チェの舎廊房3箇所にあります。高殿の板の間を含む舎廊チェを丸ごと予約して建物全体を借りることもできます。

また中庭の片隅では草葺の韓屋の離れがあり、音響設備やビームプロジェクターが設置された超然堂(チョヨンダン)もあり、団体での集まりや公演での使用も可能です。現代風にリモデリングした浴室兼トイレも大変綺麗です。舎廊チェには引き戸と開き戸を融合させた戸があり、4枚の引き戸を開けて、さらに開くと開き戸のように開く特徴ある科学的な方式となっています。また舎廊チェの一段高くなった高殿の板の間に座れば、中庭池やその向こうの村、そして周囲の山々を眺めることができます。

古宅の右手には数百もの甕が並んでおり、その様子は素晴らしいものがあります。甕の中には味噌や醤油などが入っており、韓国産の今年収穫したばかりの大豆や西海(ソヘ)の海で取れた天然塩、古宅の井戸から汲み上げたきれいな水を使い、伝統的な自然発酵の製法でおいしく作られていきます。真冬に甕の上に雪がたくさん積もる風景は大変趣があり、おすすめの風景です。

また明斎古宅では国楽、茶礼、天然染色などの様々な伝統体験も有料で可能です。

公州第一教会(공주제일교회)

公州第一教会(공주제일교회)

11.1 Km    15     2020-08-14

忠清南道 公州市 済民1キル 18

公州第一教会は、1903年米国監理教の宣教師ウィリアム・B・マックギルが設立した教会で、建物は1931年に韓国における初期の教会様式を踏襲し建てられています。
韓国戦争(1950~1953年・休戦)時、建物の相当部分が壊れてしまいましたが、新築せず修復を行うことで再び教会として利用、建設当時の姿をいまに伝えています。
特に改築当時の鐘塔の一部のタイル処理、増築時に取りつけた画家・李南圭(イ・ナムギュ)氏のステンドグラス作品、ローマ時代の地下の墓所・カタコンベを彷彿とさせる半地下の個人祈祷室などは建築学的に大変価値があり、2011年に登録文化財第472号に指定されたほどです。
公州第一教会は忠清(チュンチョン)地域の宣教拠点となり、日帝強占期下の朝鮮で独立運動を支援した場所でもあり、韓国のジャンヌダルクとして有名な柳寛順(ユ・グァンスン)烈士や、独立運動家として活動し1945年の解放後、韓国で政治家として活躍した趙炳玉(チョ・ビョンオク)博士もこの教会に通っていました。
 このほか公州第一教会は教会本来としての役割のみならず、学校・病院・幼稚園なども併設し、近代化の先駆的役割を果たしました。

鳳凰斎韓屋ゲストハウス [韓国観光品質認証] (봉황재 한옥 게스트하우스  [한국관광 품질인증/Korea Quality])

鳳凰斎韓屋ゲストハウス [韓国観光品質認証] (봉황재 한옥 게스트하우스 [한국관광 품질인증/Korea Quality])

11.2 Km    7     2021-03-29

忠清南道公州市クンセム3ギル8
+82-41-960-5525

鳳凰斎韓屋ゲストハウスは、韓屋体験ができる宿泊施設である。1960年代に建てられた都市型韓屋を感覚的にリフォームした。客室は4室ある。アンパン(母屋)は屋根裏のある部屋で吹き抜け構造になっている。最大4人まで利用できるため、家族連れに人気がある。縁側のあるクッパン(奥の部屋)は一番小さい部屋ではあるが、縁側に腰をかけて庭を眺めることができる。最大3人まで横になることができる。コンノンバン(居間と向かっている部屋)とウッパンは2~3人まで利用できる。各室にトイレ兼シャワー室がある。テチョンマル(縁側)とキッチン、前庭と裏庭は共用空間である。ホストが直接案内する「公州旧都心徒歩ツアー」はゲストハウスの予約時に一緒に予約できる。朝食サービスは無料で、トースト、ジャム、卵、シリアル、牛乳などが提供される。宿泊者を対象に写真作家によるスナップ写真撮影プログラムも運営される。忠青監営跡と大通寺址までは歩いて5分、山城市場、公山城、昔の宣教師私宅などは歩いて10分かかる。

公州 中洞聖堂(공주 중동성당)

公州 中洞聖堂(공주 중동성당)

11.3 Km    15     2020-08-14

忠清南道 公州市 聖堂キル 6

中洞(チュンドン)聖堂は、公州(コンジュ)地域初のカトリックの聖堂として1897年建てられ、初代神父にはフランス人宣教師ギナンが赴任しました。
その後1921年第5代主任神父として赴任した崔鍾哲(チェ・ジョンチョル)神父が新たな聖堂の建立を計画、1937年現在の聖堂の建物を造り上げました。
その後も新しい建物を建築、1981年には「天使の家」という講堂を、1989年には新しい司祭館と修女院を完成させました。1997年には設立百周年を記念し、聖堂の建物を大々的に修復しました。翌年の1998年には中洞聖堂は忠清南道記念物第142号に指定されました。
中洞聖堂は伝統の木造建築から現代建築へと切り替わる時期のゴシック様式の建造物として高く評価されている建物です。本堂を上から見るとラテン十字の形をした構造となっており、外観は赤煉瓦の外壁となっています。中央玄関の屋根には高い鐘塔があり、玄関入口や窓の上部には先が少しとがったアーチ型の装飾がなされています。
近くにはクッコゲ文化の通りや忠南歴史博物館など数多くの観光スポットもあり、日帰り観光におすすめのコースです。

KT&Gサンサンマダン論山(KT&G 상상마당 논산)

11.6 Km    28744     2019-07-02

忠清南道 論山市 上月面 寒川キル 15-20

KT&Gが想像力に答える方法1
ソウル・弘大、江原道・春川、そして忠清南道・論山(ノンサン)にあるKT&Gサンサンマダンは文化芸術を楽しみ、学び、そして泊まることができるそんな場所。
その中でもサンサンマダン論山はデザインショップ、カフェ、常設体験などが可能なアーティングラウンジ(Arting Lounge)やイベントキャンプビレッジ、青少年修練施設なども完備。KT&Gサンサンマダンのコンセプトの通り、芸術的想像力を養い、さまざまな世界に出会い、ともに分かち合い、幸せになる場所、そんな文化芸術スポットです。

公州 公山城[ユネスコ世界遺産(文化遺産)](공주 공산성 [유네스코 세계유산])

公州 公山城[ユネスコ世界遺産(文化遺産)](공주 공산성 [유네스코 세계유산])

12.1 Km    24668     2021-07-30

忠清南道 公州市 熊津路280

公山城(コンサンソン)は、百済時代の文周王1年(475年)に、漢山城から熊津に首都を移した後、聖王16年(538年)に首都を扶余に移すまでの5代64年の間、都である公州を守るために建てられた城です。史跡第12号である公山城は全長2,660メートルの巨大な城郭で、海抜110メートルの稜線に位置しています。東西に約800メートル、南北に約400メートルの長方形の形をしています。元々は、百済時代の土城だった公山城ですが、朝鮮時代に現在の石城に改築されました。城内には、百済時代の池が2ヶ所、高麗時代に建てられた霊隠寺、朝鮮時代の仁祖王が李适の乱を逃れ一時避難していた双樹亭(サンスジョン)や史跡碑、南門である鎮南楼、北門である光復楼などが残っています。東門と西門は、最近復元されたもので、この周辺を流れる錦江(クムガン)や、鬱蒼とした森が調和し、絶景が広がっています。
家族や恋人同士で錦江を眺めながらゆっくりと散歩を楽しめる城壁の道や、木が生い茂った森にも散策路があります。

大田先史博物館(대전선사박물관)

大田先史博物館(대전선사박물관)

12.2 Km    37264     2019-03-20

大田広域市 儒城区 老隠洞路 126

大田先史博物館は 当地唯一の先史時代専門博物館で、大田広域市初の市立博物館です。1997年に発掘された老隠洞(ノウンドン)遺跡地(記念物第38号)内にある大田先史博物館には「老隠先史文化館」をはじめ大田市のあらゆる先史文化を垣間見ることができる旧石器時代から鉄器時代に至るまでのすべてで5つの展示室があります。また野外体験場や体験資料室もあり、児童・生徒のための学習スペースとしてもおすすめの場所です。行政、科学、そして観光都市として暮らしやすい大田は先史時代から先祖がその生活の基盤として暮らしてきた歴史と文化の都市でもあります。

大田ワールドカップ競技場(대전월드컵경기장)

大田ワールドカップ競技場(대전월드컵경기장)

12.2 Km    5564     2020-10-20

大田広域市 儒城区 ワールドカップ大路32
+82-42-610-2900

約42,000人の観客を収容できる「大田(テジョン)ワールドカップ競技場」は、2002年に行われた日韓ワールドカップ大会の際にオープンしたサッカー専用のスタジアムで、この年のワールドカップで韓国がベスト8進出を決めた場所です。スタジアムの屋根は韓国では初めて半開閉式で作られました。