737.6M 2025-11-26
ソウル特別市チョンノ区チョンノ3ギル17
鐘路区にある「modern shabu house(モダンしゃぶハウス)」では、好みに合わせて特製だしを選び、牛肉・豚肉・野菜を思う存分楽しむことができます。食べ放題となっており、全コース共通で豚肉・牛肉がそれぞれ4種類ずつ提供されます。店内は土や石、木といった自然素材をつかった木造構造で、鍋の中で肉や野菜などの食材がゆらゆらと揺れる様子から着想を得たデザインが特徴です。さまざまなタイプの個室を備えており、家族での食事やビジネス会食の場所として人気があります。
745.6M 2025-09-23
ソウル特別市チョンノ区チョンロ120、3階
価値ある美しさを追求する、ルミエル美容外科。
繊細な技術と芸術的なセンスが融合したプレミアムクリニックとして、単なる外見の変化ではなく、お一人おひとりの魅力を引き出すオーダーメイドの治療をご提案いたします。
アンコールレーザーを利用したダウンタイムの少ない目の下脂肪再配置手術、顔全体のバランスを重視した目元整形、体型に合わせたカスタムリフティング、そして顔のラインやボリュームを美しく整えるプチ整形に特化しております。
755.7M 2025-11-24
ソウル特別市チョンノ区プクチョンロ5ガギル35-4
「Pyunkang Yul(ピョンガンユル)フラッグシップ&ティーハウス」は景福宮に近い北村に位置しており、1階のティーハウスでは庭園を眺めながらブレンドティーや茶菓を楽しむことができます。2階にはK-ビューティーブランド「Pyunkang Yul」の韓方スキンケア製品の体験スペースが設けられています。また、3階のルーフトップからは伝統と自然が調和する北村・景福宮一帯を眺望できます。
763.4M 2025-04-03
ソウル特別市チョンノ区チョンノ3ガ
鐘路3街貴金属専門商店街は韓国最大規模の貴金属専門商店街。1960年代から礼智洞を中心にその範囲が拡張され、鐘路全体を網羅した、長い伝統のある貴金属商店街です。「鐘路3街(チョンノサムガ)駅」で降りて団成社の横道を行くと多くの貴金属商店が並ぶ通りが見えます。店舗数が約3,000に達し、現在も全国のジュエリー物流量の70%を占めるほど活発な取引が行われており、ほかより約20~40%安い価格で貴金属を購入することができるため人気があります。特に、団成社は11階のうち、地上3階から地下1階までが貴金属センターとなっており、約500の貴金属売場が入店しています。若い人たちが多く訪れ、また外国人のショッピングコースとしても人気を集めています。
772.5M 2024-08-28
ソウル特別市チョンノ区サジクロ161
「光化門(クァンファムン)」は景福宮の南門であり、宮城の正門です。光化門は国王が頻繁に出入りする正門でもありましたが、景福宮が朝鮮の王が住む宮廷であったため他の宮殿の正門に比べて規模と格式の面でもとても雄大で華麗でした。また東西の塀の終わりに各東十字閣と西十字閣が設置され、朝鮮5大宮殿の中で唯一、宮門形式となっています。
景福宮の創建当時には特別な名前はなく、宮制によって「午門」と呼ばれたり、1395年に鄭道伝(チョン・ドジョン)によって「正門」と名前を変えましたが、1426年に景福宮を修理するとともに、集賢殿(高麗以来、朝鮮初期にわたって宮廷に設置された学問研究機関)によって「光化門」と名づけられました。
韓国戦争の時に爆撃を受けて門楼が壊れて石垣は弾痕だらけとなりました。1968年、破壊された門楼を建て直して再建されましたが再建した光化門は鉄筋コンクリートで造られ、もとの場所よりも14.5メートルほど後方に建てられました。このように原型を失った光化門を復元しようと2006年から光化門の撤去作業は始まり、3年8ヶ月の復元工事を経て2010年8月15日に工事が終了しました。
花崗岩でずっしりとした基壇を造り、その上に2階の門楼を建て、基壇にある3つのアーチ型の出入り口は景福宮が朝鮮の宮殿であるという威厳を見せています。
799.1M 2025-01-06
ソウル特別市チョンノ区チャンギョングンロ185
昌慶宮(チャンギョングン)は世宗大王(セジョンテワン)が王位を退位し上王となった太宗を迎えるため、1418年建てた寿康宮(スガングン)がその始まりです。以降、朝鮮王朝第9代の王・成宗(ソンジョン)の施政になり、第7代の王・世祖(セジョ)の后・貞熹王后(チョンヒワンフ)、世祖の子で即位することなくこの世を去った徳宗(トクチョン)の后・昭恵王后(ソヘワンフ)、第8代の王・睿宗(イェジョン)の后・安順王后(アンスンワンフ)を迎えるために明政殿(ミョンジョンジョン)、文政殿(ムンジョンジョン)、通明殿(トンミョンジョン)を建て、昌慶宮と命名されました。
昌慶宮には辛い歴史が数多くあります。壬辰倭乱(日本でいう「文禄・慶長の役」)の時には建物が全焼し、 李适(イ・グァル)の乱や丙子胡乱(丙子の乱)の時にも禍を受けました。朝鮮王朝第19代の王・粛宗(スクチョン)の時代の仁顯王后(イニョンワンフ)と張禧嬪(チャン・ヒビン)、朝鮮王朝第21代の王・英祖(ヨンジョ)の時代、英祖の次男で米櫃に閉じ込められ死に至らしめられた思悼世子(サドセジャ)の逸話などが昌慶宮に残されています。
史跡・昌慶応宮は日帝強占期に日帝により昌慶苑に格下げされ、動物園になってしまいましたが、日帝の残滓をなくすべく韓国国民の努力により1987年から古の本来の王宮の姿を取り戻しました。
弘化門(ホンファムン)、朝鮮王朝の正殿の中で最も古い建物である明政殿(ミョンジョンジョン)、通明殿(トンミョンジョン)、養和堂(ヤンファダン)、春塘池(チュンダンチ)などがあり、陸橋を渡って宗廟(チョンミョ)とも行き来ができます。
主な文化財 - 弘化門(宝物)、 明政門(宝物)、明政殿(宝物)、通明殿(宝物)、玉川橋(オクチョンギョ宝物)
799.1M 2022-12-26
ソウル特別市チョンノ区チャンギョングンロ185
「弘化門(ホンファムン)」は昌慶宮の正門に正面3間、側面2間の重層寄棟屋根で多包式で作られています。石造の基壇の上に、原型の礎石を置いており、門楼下層は両開きの板門が設置され、出入りできるようにし、上層は板床の楼が設置されています。大韓民国の宝物に指定されています。当初1484年に建てられましたが壬辰倭乱(日本で言う「文禄・慶長の役」)の際に焼失し、1616年に再建されました。