西巡邏道(서순라길) - エリア情報 - 韓国旅行情報

西巡邏道(서순라길)

西巡邏道(서순라길)

5.6Km    2025-10-23

ソウル特別市チョンノ区チョンロ150-3

西巡邏道(ソスンラギル)はソウル特別市鐘路区鐘路150-3から勧農洞26までを結ぶ道路で、昔朝鮮の治安を担っていた巡邏軍が通った道です。宗廟を巡察していた巡邏庁の西側に位置することから「西巡邏道」と呼ばれます。周辺には益善洞、仁寺洞、北村、三清洞といった伝統的な人気観光エリアがあり、また西巡邏道には飲食店、カフェ、工房など見どころが豊富です。花の咲く春や紅葉の秋には特に石垣の風景が美しく、多くの人々が訪れます。

昌徳宮 仁政門(창덕궁 인정문)

昌徳宮 仁政門(창덕궁 인정문)

5.6Km    2022-08-29

ソウル特別市チョンノ区ユルゴクロ99

昌徳宮仁政門(インジョンムン)」は仁政殿の正門で太宗5年(1405年)に創建されました。しかし、壬辰倭乱の際に焼失してしまい、光海君元年(1608年)に再建されました。その後英祖20年(1744年)10月、承政院の火災により左右の行閣とともに焼失、翌年3月に再建。そして純祖3年(1803年)12月に宣政殿の西行閣で火災が起こり、仁政殿なども一緒に焼失してしまいますが翌年12月に仁政門も再建されたと考えられています。多包系様式、八作屋根の平三門形などから朝鮮後期の建築的特徴を見ることができます。ここでは、朝鮮17代王孝宗、18代王顕宗、19代王粛宗、21代王英祖などがここで即位しました。

世運商店街(세운상가)

5.6Km    2025-12-16

ソウル特別市チョンノ区チョンギェチョンロ159

世運(セウン)電子商店街は、1968年にできた韓国初の総合電子商店街で、40年の伝統があります。ソウルの中心・鐘路にある都心電子産業地域で、様々な電子商品を購入することができます。2014年からはソウル市の都市再生事業により、空中遊歩道、屋上展望台、広場、第4次産業革命を体験できるメーカーズキューブなどが造成され、新鮮な見どころを提供しています。

◎ 韓流の魅力に迫る旅行情報 - ドラマ『ヴィンチェンツォ』
ドラマ『ヴィンチェンツォ』では、イタリアンマフィアの顧問弁護士、ヴィンチェンツォ(ソン・ジュンギ)が金塊の隠された「クムガプラザ」を守るために入居者たちと力を合わせ、巨大な勢力に立ち向かうストーリーが描かれます。 ドラマに「クムガプラザ」として登場する建物がソウルの世運(セウン)商店街です。レトロな雰囲気の世運商店街は、ドラマのシーンをより印象的なものにしています。

筆洞麺屋(필동면옥)

筆洞麺屋(필동면옥)

5.7Km    2025-06-17

ソウル特別市チュン区ソエロ26
+82-2-2266-2611

筆洞麺屋(ピルトンミョノク)は、正統ピョンヤン冷麺専門店です。淡泊していてすっきりとしただし汁とコシのある麺が楽しめる平壌冷麺が看板メニュー。サイドメニューとしても良い北韓風の餃子と餃子スープも人気です。冷麺にコクがあるため地元住民と観光客みんなに親しまれるレストランで、ミシュランガイドソウル2023に掲載されました。

二村漢江公園(이촌한강공원)

二村漢江公園(이촌한강공원)

5.7Km    2025-10-23

ソウル特別市ヨンサン区イチョンロ72ギル62
+82-2-3780-0551

二村漢江(イチョンハンガン)公園は、龍山(ヨンサン)の漢江沿いに整備された公園で、漢江を近くから眺められるだけでなく、サッカー場、フットバレーコート、インラインスケート場などの体育施設やウォータースポーツ施設、自転車道、湿地が復元された自然学習場、芝生広場なども整備されています。漢江大橋から漢江に浮かぶ中州のノドゥルソムにも入ることができます。

◎ 韓流旅行情報-『ーシュポス: The Myth』
ドラマ『シーシュポス: The Myth』でソヘ(パク・シネ)が父との思い出を振り返り、悲しみに浸った公園です。敷地が広く、散歩やピクニック、文化活動など、多様なレジャーを楽しむことができます。

宗廟 [ユネスコ世界遺産(文化遺産)](종묘 [유네스코 세계문화유산])

宗廟 [ユネスコ世界遺産(文化遺産)](종묘 [유네스코 세계문화유산])

5.7Km    2023-08-28

ソウル特別市チョンノ区チョンノ157

「宗廟(チョンミョ)」は朝鮮時代の歴代君主の位牌を奉り祭祀を行う場所です。1394年、太祖(1335-1408)・李成桂が朝鮮王朝の建国とともに、新たな都、漢陽に景福宮と同時に建てた建築物で、その伝統的な荘厳な儀式である祭礼や祭礼楽など、長い伝統と慣習がそのまま保存され、世界文化遺産に登録されています。
宗廟正門を入ると三本の道があり、少し高い真ん中の道は亡くなった王の道、東側は王、西は王世子のための道となっています。真ん中の道は正殿に続き、両側の道は斎戒沐浴して祭祀の準備をする部屋へとつながっています。心と体を清めた後、王と世子は典祀庁へ移動します。典祀庁は祭祀を行う食事を準備する場所で、庭を中央に建物をロの字型に配置してあります。
また宗廟の中心である正殿は歴代君主の位牌を奉って祭祀を行う空間です。王に対して祭祀を行うのは中国から伝わったものですが、現在までその伝統を維持しているのはここだけです。正殿には19の部屋があり、各部屋には各王を奉ってあります。正殿の塀の中には君主に誠実に仕えた臣下たちを奉った功臣殿があります。
宗廟祭礼楽は、器楽や歌、踊りで構成されている祭礼楽ですが、500年前の旋律を今日まで伝え、現在世界で最も古い儀礼文化となっており、毎年5月の第1日曜日(変更の場合もあります)にその行事を見ることができます。

木洞アイスリンク(屋内)(목동아이스링크(실내))

木洞アイスリンク(屋内)(목동아이스링크(실내))

5.7Km    2021-07-08

ソウル特別市 陽川区 安養川路939

「木洞(モクトン)アイスリンク」は、国内外の氷上室内競技が行われるところで国際規模の施設を備えています。スケートリンクは地下1階と地下2階の2ヶ所にあり、競技が行われる日も2つのうちのどちらか1つが開放されるため、いつでも思う存分にスケートを楽しむことができます。また、アイスリンク内にはスケート用品を販売する専門店と食堂街、売店などが備わっています。

国立中央博物館子ども博物館(국립중앙박물관 어린이박물관)

国立中央博物館子ども博物館(국립중앙박물관 어린이박물관)

5.8Km    2022-06-20

ソウル特別市 龍山区 西氷庫路137
+82-2-2077-9000

国立中央博物館の中にある子ども博物館は、体験と遊びを通して子どもたちが目で見て手で触りながら体で感じることのできる体験式の博物館です。常設展示館に展示されている遺物と同じ形や大きさに複製された展示品を子どもたちが直接手にとって楽しむことができ、韓国の文化遺産について興味や好奇心をもち、より自発的に観察し体験しながら学ぶことができます。また、さまざまな体験式の展示品や教育プログラムを通して子どもたちは昔の人の生き方や知恵を学び身につけることができます。

昌徳宮と後苑 [ユネスコ世界遺産](창덕궁과 후원 [유네스코 세계유산])

昌徳宮と後苑 [ユネスコ世界遺産](창덕궁과 후원 [유네스코 세계유산])

5.8Km    2025-07-21

ソウル特別市チョンノ区ユルゴクロ99

昌徳宮(チャンドックン)は、1405年、景福宮(キョンボックン)の次に建てられた別宮です。正宮の景福宮の東側にあることから「東闕」とも呼ばれていました。1592年の壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の際に焼失し、1610年、宮殿の中で最初に再建されました。1867年に景福宮が再建されるまでの約270年間、歴代の王がここで過ごし、法宮(正宮)の役目を果たしました。
大造殿の附属建物である興福軒は1910年に庚戌国恥が決定した悲運の場所であり、楽善斉圏域(楽善斉と附属建物)は国権回復後、大韓帝国の最後の皇室家族である純貞皇后(純宗の2番目の妃)、懿愍皇太子妃(李方子女史)、徳恵翁主(高宗の王女)が生活し、この世を去った場所です。
昌徳宮は、1997年12月にイタリア・ナポリで開かれたユネスコ世界遺産委員会で水原華城とともにユネスコ世界遺産に登録されました。
昌徳宮の後苑(フウォン)は、朝鮮第3代王・太宗の時に造られたもので、王をはじめ王族の憩いの場として使われていました。後苑は、北苑、禁苑とも呼ばれ、朝鮮第26代王・高宗の治世以降、秘苑と呼ばれるようになりました。後苑は小高い丘や谷間といった自然をそのまま生かし、必要最小限に人の手を加えた韓国有数の庭園となっています。芙蓉亭、芙蓉池、宙合楼、魚水門、暎花堂、不老門、愛蓮亭、演慶堂などをはじめ数多くの亭子(東屋)や泉が各所にあります。特に秋の紅葉や落葉の時期が最も美しいと評判です。

※重要文化遺産:仁政殿(国宝)、敦化門(宝物)、仁政門(宝物)、宣政殿(宝物)、熙政堂(宝物)、大造殿(宝物)、璿源殿(宝物)、イブキ(天然記念物)

昌慶宮(창경궁)

昌慶宮(창경궁)

5.8Km    2025-01-06

ソウル特別市チョンノ区チャンギョングンロ185

昌慶宮(チャンギョングン)は世宗大王(セジョンテワン)が王位を退位し上王となった太宗を迎えるため、1418年建てた寿康宮(スガングン)がその始まりです。以降、朝鮮王朝第9代の王・成宗(ソンジョン)の施政になり、第7代の王・世祖(セジョ)の后・貞熹王后(チョンヒワンフ)、世祖の子で即位することなくこの世を去った徳宗(トクチョン)の后・昭恵王后(ソヘワンフ)、第8代の王・睿宗(イェジョン)の后・安順王后(アンスンワンフ)を迎えるために明政殿(ミョンジョンジョン)、文政殿(ムンジョンジョン)、通明殿(トンミョンジョン)を建て、昌慶宮と命名されました。
昌慶宮には辛い歴史が数多くあります。壬辰倭乱(日本でいう「文禄・慶長の役」)の時には建物が全焼し、 李适(イ・グァル)の乱や丙子胡乱(丙子の乱)の時にも禍を受けました。朝鮮王朝第19代の王・粛宗(スクチョン)の時代の仁顯王后(イニョンワンフ)と張禧嬪(チャン・ヒビン)、朝鮮王朝第21代の王・英祖(ヨンジョ)の時代、英祖の次男で米櫃に閉じ込められ死に至らしめられた思悼世子(サドセジャ)の逸話などが昌慶宮に残されています。
史跡・昌慶応宮は日帝強占期に日帝により昌慶苑に格下げされ、動物園になってしまいましたが、日帝の残滓をなくすべく韓国国民の努力により1987年から古の本来の王宮の姿を取り戻しました。
弘化門(ホンファムン)、朝鮮王朝の正殿の中で最も古い建物である明政殿(ミョンジョンジョン)、通明殿(トンミョンジョン)、養和堂(ヤンファダン)、春塘池(チュンダンチ)などがあり、陸橋を渡って宗廟(チョンミョ)とも行き来ができます。

主な文化財 - 弘化門(宝物)、 明政門(宝物)、明政殿(宝物)、通明殿(宝物)、玉川橋(オクチョンギョ宝物)