仁川ペンタポート・ロックフェスティバル(인천펜타포트 락 페스티벌) - エリア情報 - 韓国旅行情報

仁川ペンタポート・ロックフェスティバル(인천펜타포트 락 페스티벌)

仁川ペンタポート・ロックフェスティバル(인천펜타포트 락 페스티벌)

7.5Km    2025-06-24

インチョン広域市ヨンス区セントラルロ350
+82-1899-6709

韓国を代表するロックフェスティバル。世界的に有名なロックグループはもちろん、実力派若手バンドの公演が行われ、個性的なラインナップで高い人気を誇ります。ステージが見える場所にテントを張って3日間過ごせる野外キャンプゾーンがこのフェスティバルの最大の特徴です。キャンプとロックフェスティバルを楽しめるので、トレンドに敏感な人が多く集まります。3つのステージで様々なラインナップの公演を観覧できるのも、人気の秘密です。

代表イベント・体験
ペンタポート・ロックフェスティバル
ペンタスーパールーキー
ペンタポートショーケース


※仁川ペンタポート・ロックフェスティバルは、「コッカマ(花駕籠)」と呼ばれる有料のシャトルバスサービスを提供しており、首都圏の7路線を含む全国13路線の往復運行を行っています。

上洞湖公園(상동호수공원)

7.5Km    2021-06-22

京畿道 富川市 遠美区 チョマル路 15

「上洞湖(サンドンホス)公園」は憩いの場として2003年3月31日にオープンしました。公園は湖を中心に形成されており、様々な魚類や植物が生息しています。

済物浦倶楽部(제물포구락부)

7.5Km    2025-07-10

インチョン広域市チュン区チャユゴンウォンナムロ25

近代文化交流の場「済物浦倶楽部」 
済物浦(チェムルポ)倶楽部の建物は開港期の仁川に居住していた米国・ドイツ・フランス・ロシアをはじめとする外国人や人数は少ないものの日本人・中国人らが親睦を深める社交場として1901年に建てられました。
煉瓦造り2階建てのブリキ屋根の建物で、内部には社交室・図書室・ビリヤード台などがあり、屋外にはテニスコートもありました。
1914年、外国人居住地域である各国租界が廃止されると、日本の在郷軍人会館、婦人会館、1945年の光復以降には在韓米軍がこの建物を利用していました。
1953年から1990年までは仁川市立博物館として、1990年から2006年までは仁川文化院として使われてきましたが、2007年、元々の済物浦倶楽部として再スタートしました。

済物浦倶楽部の名称
「済物浦倶楽部」の元々の名称は「済物浦クラブ」でした。しかしながら租界の制度が廃止され、「クラブ」が日本式の漢字表記「倶楽部」と表記するようになり、その名称がそのまま使われ今日に至っています。

自由公園(仁川)(자유공원(인천))

7.6Km    2024-02-28

仁川広域市チュン区チェムルリャンロ232ボンギル46

自由公園は仁川港が開港し5年後に造られた韓国初の西洋式公園です。
敷地が高台にあり広々とした園内には木々も鬱蒼と生い茂っており、散策におすすめの公園です。
公園の最も高台になっているところには韓米修好100周年記念塔が建っています。1882年4月韓国と米国の間で調印された韓米修好通商条約締結を記念し、100周年となった1982年に建てられたものです。
韓国戦争(1950~53年・休戦)で仁川上陸作戦を成功に導いたマッカーサー将軍の戦功を称えるマッカーサー将軍銅像もすぐそばにあります。銅像は仁川上陸作戦が成功裏に終わった7年後の1957年9月15日に完工しました。

自由公園の高台からは遠く仁川沖まで眺められます。自由公園内には小さな動物園や八角亭、然吾亭、ベンチなど憩いの場もあります。
マッカーサー銅像があることから、お子様連れの方々にはよい歴史教育の場としてもご活用いただけます。

毎年4月になると自由公園へ上る道は桜の花で満開となります。この時期に合わせて桜祭りも開催されています。
公園の高台から眺める仁川港や月尾島(ウォルミド)の風景も最高です。夜が更けるころになると自由公園から一望する仁川港の夜景は大変素晴らしく、カップルのデートコースとしても大変有名な場所となっています。
近くにはチャイナタウン、新浦洞(シンポドン)市場、仁川百貨店などがあります。少し足を伸ばせば沿岸埠頭、月尾島へも行くことができます。

時間に余裕があれば、自由公園から下ってくる道すがらにある虹霓門(ホンイェムン)に立ち寄ってみるのもおすすめです。虹霓門は仁川に住む日本人が自国の租界と杻峴(チュクヒョン)駅(現在のKORAIL京仁線・東仁川駅)を繋ぐ道路を造るため鷹岩山(ウンアムサン)の山の一部を削る形で1906年に着工、2年後の1908年に完成したトンネル状になった門です。この門の上部の形がアーチ型で虹の形に似ていることから、虹霓門と呼ばれるようになりました。

開港場通り(개항장 거리)

7.6Km    2025-07-11

インチョン広域市チュン区チェムルリャンロ232ボンアンギル27

1883年の仁川(インチョン)開港以来、長い歳月の足跡が残る歴史と文化の出会いの場所・開港場通り。ここでは旧日本領事館の建物である仁川広域市中区(チュング)庁舎をはじめ、旧日本第一銀行仁川支店、旧日本第十八銀行仁川支店、旧日本第五十八銀行仁川支店などの近代建築を見ることができます。この他にも旧日本郵船株式会社の建物や仁川のアートプラットフォーム、済物浦(チェムルポ)倶楽部など歴史の跡を自ら見て聴いて感じられる場所です。開港場通りでは仁川文化観光解説士によるガイドも行なっており、事前予約をすれば専門ガイドによる、より深い解説を聞きながら徒歩観光を楽しむことができます。

月串浦口(월곶포구)

7.6Km    2025-05-02

キョンギ道シフン市ウォルゴッ洞

月串(ウォルゴッ)の串(ゴッ)は「海に向ってひょこっと飛び出ている土地」という意味で、ここに住む人々の間では月串を通称「達月(タロル)」と呼んでいました。朝鮮時代には各道に水軍の陣地が設置されその水軍を統帥する大将・水軍万戸がこの場所にいたことからも軍事上の要所として重要視していたことがわかります。
1991年までは海洋資源の宝庫と呼ばれるほどの自然がたくさん残る干潟しかないところでしたが、始興市が564,938平方メートルに及ぶ干拓地埋立事業(1992年8月~1996年12月31日)を実施したことにより、この地域が新しい海洋レジャーのメッカとして脚光を浴び、刺身店や海産物店およそ230店舗をはじめさまざまな施設が立ち並ぶようになり活気づきました。

月串浦口の港は韓国の西海岸の特徴である潮の干満の差が激しいところで、主に満潮の前後に漁船が行き来しています。このような港が近くにあり、いつでも水揚げされたばかりの天然物の鮮魚を味わうことができるのも月串ならではです。数多くの刺身店がありますがどこに入っても店それぞれの特徴があり、また近くの魚市場ではいつも新鮮な鮮魚を買い求めることができ、価格や鮮度の面でも他の地域とは比較にならないほど安く鮮度も抜群です。そのため本物の刺身の味を知っている人の穴場的存在になっています。
ソウル汝矣島(ヨイド)から車で1時間ほどの距離で、豊富で新鮮な鮮魚を味わえる所・月串は都会生活でたまったストレスを解消し、リフレッシュしたい人におすすめしたい場所です。

ディアスポラ映画祭(디아스포라영화제)

ディアスポラ映画祭(디아스포라영화제)

7.6Km    2025-06-17

インチョン広域市チュン区チェムルリャンロ218ボンギル3
+82-32-435-7172

ディアスポラ映画祭は仁川(インチョン)広域市で開かれる映画祭で、世界各地に散らばりながらも自分たちの文化を守ってきたユダヤ人の暮らしを指すディアスポラ(Diaspora)に着眼し企画されたものです。1902年、韓国初の移民船が仁川港からハワイに出航したのを基点として、仁川は韓国移民史を代表する都市であり、移住の歴史と物語を秘めた都市となりました。ディアスポラ映画祭はこのような歴史的意味を再確認するとともに差別と偏見に対抗し疎外された人々と連帯し、映画を通じて多様性と寛容の価値を拡散しようとしています。映画祭はディアスポラと関連したさまざまなイシューに光を当て、社会の移住問題を深く探求する場を用意し、観客に共存と和合の基盤を提示します。2013年に初めて開催されて以来、着実に成長してきたディアスポラ映画祭は仁川を越えて韓国を代表する映画祭として位置づけられています。

[イベント内容]
第13回(2025年)ディアスポラ映画祭は、ディアスポラの人生と物語を扱った多彩な映画を上映。ディアスポラの長編・短編セクションをはじめ、当代の重要な話題にスポットを当てる「ディアスポラ・イン・フォーカス」、有名人が映画について語る「ディアスポラの目」、家族全員で楽しめる「シネマピクニック」など各種プログラムが用意されています。また、仁川アートプラットフォーム野外広場では体験プログラム、バスキング公演、飲食ブース、フリーマーケットなどの付帯イベントも行われます。

1901 LIVE ROAD FESTA(1901 라이브로드 페스타)

1901 LIVE ROAD FESTA(1901 라이브로드 페스타)

7.6Km    2025-06-12

インチョン広域市チュン区チェムルリャンロ218ボンギル3
+82-1544-7056

1901 LIVE ROAD FESTA(1901ライブロードフェスタ)は開港期の西洋音楽の交流発祥地である仁川済物浦の歴史とアイデンティティを基盤にして企画された都心型音楽フェスティバルです。2025年6月21日から22日までの2日間、仁川開港場一帯で開催され、仁川アートプラットフォーム中央広場を中心に済物浦倶楽部、旧華僑店舗、仁川メクチュホランイ(INCHEON BREWERY)、BOTTOM LINEなどで計6ヶ国19チームのアーティストが公演を行います。公演はジャズ、フォーク、バンド、DJなどさまざまなジャンルで構成されており、観覧客は各公演場を歩いて移動し、音楽と空間をともに体験するスタイルで運営されます。すべての公演は無料で誰でも自由に訪問・観覧できるようになっています。

仁川日本風通り(인천일본풍거리)

仁川日本風通り(인천일본풍거리)

7.6Km    2024-02-16

インチョン広域市チュン区クァンドン1ガ

仁川(インチョン)日本風通りは、1883年に仁川港(インチョンハン)と済物浦港(チェムルポハン)の開港により形成された租界エリアで、日本が管轄していました。近代に建てられた和風木造住宅や石造りの建築物が一部保存されています。商店と住宅が組み合わせられた日本特有の木造住宅がカフェや展示館などに改装され、営まれています。近くの観光スポットとしてチャイナタウンや開港場通りがあります。

大仏ホテル展示館(대불호텔전시관)

大仏ホテル展示館(대불호텔전시관)

7.7Km    2025-07-10

インチョン広域市チュン区シンポロ23ボンギル101

大仏(テブル)ホテル展示館は、韓国初の西洋風ホテルである大仏ホテルの歴史を紹介する展示館です。大仏ホテルは開港後、仁川港から入ってくる外国人がソウルに行く前に泊まった人気のあるホテルでしたが、京仁線開通と日露戦争後に西洋人の訪問が少なくなると次第に経営難に陥り衰退・廃業しました。その後、中国人が建物を買収し中華料理店「中華楼」を営業した後、1978年に撤去されました。2011年にホテルの遺構が発見され、復元工事を経て2018年に展示館として生まれ変わりました。第1館(3階)である大仏ホテル展示館では、韓国初のホテルである大仏ホテルの外観および過去の繁盛していた時期の大仏ホテルの姿から衰退の過程まで歴史的背景を紹介するとともに、大仏ホテル跡から発見された遺構や歴史的な資料を土台に展示を運営しています。第2館(地下1階と2階)である中区生活史展示館は仁川市中区のはじまりを(1968年)基準に、1960~70年代の仁川市中区の変遷と生活史を多様なコンテンツで観覧できるようになっています。