順天倭城(순천왜성)

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説明

順天倭城(スンチョンウェソン)は1597年の丁酉再乱(慶長の役)の時、宇喜多秀家と藤堂高虎が中心となって全羅道を攻略するために築いた日本式の城で、小西行長率いる約1万4千人の兵が駐屯し、明・朝鮮連合軍と2度に渡って激戦を繰り広げました。
順天倭城は水陸交通の要衝地で、城郭の規模は120,595平方メートル(36,480坪)、外城2,502メートル、内城1,342メートル。外郭城(土石城)3城、本城(石城)3城、城門が12門あり、剣丹山城(コムダンサンソン)側に堀をつくって海水を引き入れ、浮き橋を架けました。このことから韓国では曳橋(イェギョ)または倭橋城(ウェギョソン)と呼ばれました。


お問い合わせ

順天市庁 +82-61-744-8111


ホームページ

順天旅行 http://main.suncheon.go.kr/tour/(韓国語)
文化財庁 http://www.cha.go.kr/(日本語あり)


ご利用案内

お問い合わせおよびご案内 : 順天観光案内コールセンター +82-1577-2013

駐車場施設 : あり


詳細情報

観光コース案内
1コース:新城マウル⇒順天倭城(10分)
2コース:海龍面所在地⇒星山⇒新城浦⇒順天倭城(40分)

トイレ
無料

位置

全羅南道 順天市 海龍面 新城里