9.0Km 2025-05-27
キョンサンブク道キョンジュ市ポブルロ230
慶州(キョンジュ)民俗工芸村は、慶州の吐含山(トハムサン)の麓に藁葺き屋根の家と瓦屋根の家40軒以上の韓国伝統家屋を造成した民俗工芸村です。伝統芸術と工芸技術をもつ職人たちが集まって陶磁器、木材、宝石、韓服、石工芸などを生産、販売していて作り体験も運営しています。村の新羅歴史科学館で新羅時代の遺物を見ることができ、周辺には普門(ポムン)観光団地、仏国寺(プルグクサ)、石窟庵(ソックラム)などがあります。
9.1Km 2025-05-23
キョンサンブク道キョンジュ市ポブルロ216-8
仏国寺の近くにある「思い出のタルドンネ」は1970~80年代の生活像を再現したコンテンツに接することができる近代史博物館です。今は使わなくなった古いラジオやそれを直す電波商、路地の店、国民学校の教室など、半世紀前の暮らしを見ることができます。思い出のおやつタルゴナ(カルメ焼)体験、思い出の制服体験などさまざまな体験プログラムも用意されています。
9.2Km 2024-08-01
キョンサンブクト キョンジュシ シドンノ 86-61
+82-10-9898-3995
「慶州千年韓屋ペンション」は、2階の新築韓屋で、松と黄土で家を建て、地熱暖房をしながら、二重扉を付けて隙間風がないです。庭が広くて子供たちが思う存分遊べるし、縁台とベンチなども用意されています。客室には個別トイレ、炊事道具などの便益施設が備えています。家の横に松林の遊歩道があり、正面には朝陽貯水池と吐含山があって、景色が美しいです。投壷、チェギ蹴りなどの民俗遊びが楽しめるし、近隣に石窟庵、仏国寺などの主要観光地もあります。
9.4Km 2024-03-04
キョンサンブク道キョンジュ市ネナム面ポソクロ112
054-748-2119
ヨンサンフェ(刺身)食堂は、慶州天龍寺(キョンジュ・チョンリョンサ)の近くにある刺身丼専門店です。ここのメニューは刺身丼の一つだけ。ボリュームたっぷりの刺身がボウルのご飯の上に盛られて出てきます。刺身はその日に仕入れた新鮮な魚を使います。浦項九龍浦(ポハン・クリョンポ)から取り寄せるニシン、ボラ、コノシロ、カレイなど、季節によって刺身の種類が変わります。常に行列ができるお店で、番号札を受け取って待ちます。
9.7Km 2024-12-19
キョンサンブクト キョンジュシ プルグクロ 15-6
+82-10-9009-6022
「チョンゴン韓屋」は、慶州の仏国寺駅(東海線)から徒歩10分の距離にある韓屋ステイであります。黄土レンガと天然資材を使用し、健康で静かな休息の憩いの場になってくれます。庭には松を始め、多様な造園樹と園芸植物、奇岩怪石が調和していて、韓屋の前の畑には、美しい花々が位置しています。客室ごとにトイレ及びバスルームがあって利便性を高めました。
10.1Km 2025-03-12
キョンサンブク道キョンジュ市プルグクロ163
慶州に位置するチョンジェ韓屋は松の木が佇む静かな雰囲気の韓屋の宿。事前申し込みで朝食も提供しており、駐車スペースも十分で慶州を旅行する際の宿泊施設として最適です。
10.6Km 2024-08-01
キョンサンブクト キョンジュシ クィギェギル 17-25
+82-54-746-4847、 +82-10-3520-9576
慶州の「グトランペンション」は、陶磁器工芸の作家が真心を込めて直接土で建てた韓屋庭園であります。5軒の韓屋には、オーナーが陶磁器と瓦棚を使って、直接描いた絵があります。夏場にはペンション前の小さな池で華やかな蓮の花の風景を鑑賞できます。ペンション団地の上にあります小さな工房「グトランヨ」では、体験プログラムも運営しています。
11.3Km 2025-05-23
キョンサンブク道キョンジュ市プルグクシンテクチ5ギル11
慶州(キョンジュ)のホットプレイス「プルリダンギル」は慶州進峴路一帯の路地で、仏国寺商店街市場を含め、吐含山下の集落の店まで続く道です。春は桜の名所としても知られ、毎週土曜日の午後にはプルリダンギルの複合文化空間である「ROAD22」の屋外でフリーマーケットが開かれます。個性あふれるハンドメイド作品を販売しており特色ある品を購入することができ、また平日は展示や工房体験ができます。瓦屋根の背の低い伝統的な建物は宿泊施設、グルメ店、カフェ、ショップ、工房、ギャラリーで構成されている他、仏国寺郵便局横の壁画村の路地は「屋根のない美術館」のようです。
11.4Km 2025-05-07
キョンサンブク道キョンジュ市プルグクロ385
「雲を飲み込み、そして吐き出す」という名称のついた山・吐含山(トハムサン・標高745メートル)の中腹に位置する仏国寺(プルグクサ)と石窟庵(ソックラム)は、きらびやかな新羅の仏教文化の中心をなす史跡です。新羅・法興王15(528)年に、新羅の法興王が母・迎帝夫人の意に従い、国や人々の安寧を願い建立しました。その後も重建を重ね、新羅・景徳王10(751)年には、金大城(キム・デソン)の手により大幅な改修を行い塔や石橋などを造ったといわれています。しかしながらが壬辰倭乱(日本で言う「文禄・慶長の役」)により建物のみならず、貴重な宝物などほとんどが焼失、あるいは略奪されてしまいました。1920年までは一部の建物と塔だけが荒れ果てた状態で放置されていましたが、元来の姿に戻すべくたゆまない復旧作業の甲斐もあり、国宝7点を所蔵する今日のような韓国を代表する名刹の姿となりました。
仏国寺から尾根伝いに約3キロメートル(舗装道路である石窟路経由ではおよそ9キロメートル)ほど進むと、東海(トンへ)の海原の方に向いて鎮座している如来坐像の本尊仏がある石窟庵(ソックラム)にたどり着きます。仏国寺と石窟庵は1995年12月6日に海印寺(ヘインサ)の八万大蔵経や宗廟(チョンミョ)とともに、世界文化遺産に正式に登録され、国際的にもよく知られる史跡になりました。