19.2Km 2025-08-18
プサン広域市キジャン郡キジャン邑シラン里62-22
広々とした海を眺められるオシリア海岸散策路は、コース各所に休憩所が設けられており、家族で歩くのにいいところです。さまざまな野花や海岸の絶景を見ながら歩いていると、いつの間にか松林へと入ります。鬱蒼とした松林が昼間の強い日差しを遮ってくれ、しばし暑さを忘れられます。松林の向こうから聞こえる穏やかな波音が心を癒してくれます。海岸散策路の途中には、釜山の東側の海を守る龍王を祀った祠堂「龍王壇」もあります。龍王壇は切り立った崖の上に建てられており、厳かな雰囲気が漂っています。龍王壇が見える場所には揺り椅子も置かれており、ちょっとした楽しみを与えてくれます。この散策路は2019年に大韓民国造景大賞で文化体育部長官賞を受賞しました。
19.6Km 2025-12-04
キョンサンナム道キムヘ市クジロ180ボンギル25
1945年に開場した東上(トンサン)市場は、カルグクスタウンのカルグクスをはじめ、野菜や果物、トク(餅)、水産物、惣菜など多様な品目が取り扱われており、暮らしに役立つ伝統市場です。2017年に文化観光型市場に選ばれ、伝統文化とエキゾチックなグローバル文化が共存する市場へと発展し続けています。最近では外国人労働者が多く訪れ、アジア食材のお店が増えています。特に東南アジア諸国の料理に使われる野菜や祭祀用料理、カルグクスなどのお店に特化しています 。
19.6Km 2024-02-26
プサン広域市カンソ区ソンジョン洞サン188
龍院洞(ヨンウォンドン)の沖合の小さな島を望山島(マンサンド)、この島の東南方70メートルの海上にある岩島を維舟岩(ユジュアム)、2か所から1キロメートル離れたところにある維舟碑閣(ユジュビガク)は、駕洛国のキム・スロ(金首露)王の妻であるホ(許)太后の伝説と関連があります。ホ太后がインドから渡ってきて船から降りたところが望山島で、乗ってきた石造りの船が海上で転覆して維舟岩になったと言い伝えられています。
19.7Km 2024-09-23
慶尚南道 金海市 駕洛路63番キル50
伽倻時代の代表的な貝塚として1920年に韓国の考古学上初となる発掘調査で発見された「会峴里貝塚」があります。こちらは、金官伽倻の生活様式をうかがうことが出来る遺跡地「鳳凰台」とともに2001年2月5日に史跡として拡大指定された遺跡です。また、丘陵の上には黄洗将軍と如意娘子の伝説に関わる「如意閣」や「黄洗岩」などが残っている他、伽倻時代の高床家屋や住居地なども発掘されました。
19.8Km 2024-02-05
キョンサンナム道キムヘ市カヤロ405ボナンギル210-162
盆山城(プンサンソン)は洛東江下流の広い平野を一望できる盆山の頂上に周囲約900メートルにわたって石で積み上げられた山城です。初めて築城された年代は定かではありませんが、三国時代と推定されています。
山頂にある平坦な地形を囲んでその周囲に南北に長い楕円形を成した城壁で、垂直に近い石壁は高さ約3~4メートルで崩れた部分が少なくありません。ここに建てられた「靖國君朴公葳築城事蹟碑」によると、この山城は朝鮮初期に朴葳(パク・ウィ)が古山城に基づいて修築した後、壬辰倭乱時に崩れたものを1871年(高宗8年)に再度修理したということです。
金海(キムヘ)市内、金海平野と洛東江(ナクトンガン)、そして南海を一目で見渡せる盆山(プンサン)の頂上部に帯を締めるような形で石を積んだ山城で、現在は市内側の傾斜面に900メートル程度の城壁が残り、城内には南北に2つの門址と西側の暗門、井戸跡などいくつかの建築跡もみかけられます。城郭の総延長は929メートル、幅は平均約8メートルです。 山城の中には海恩寺(ヘウンサ)があります。
盆山城の別名、万丈台(萬丈臺)
金海市民たちには「万丈台(マンジャンデ)」という名称がより親しみがありますが、それは朝鮮時代に大院君が倭を退ける前進基地として「万丈もある高い台」という名前をさずけたことがその起源となっています。1999年に復元された烽燧台の裏側にある岩には、万丈台と書いた大院君の親筆が刻み込まれています。
19.8Km 2024-01-25
キョンサンナム道キムヘ市カラクロ93ボンギル26
首露王(スロワン)は駕洛国の始祖と伝えられる王でもあり、金海金氏の始祖で、インドの阿踰陀国の姫「許黄玉」と結婚しました。首露王陵(スロワンヌン)には首露王や首露王妃の神位を祀る崇善殿や安香閣、典祀庁、祭器庫などさまざまな建物と神道碑、功績碑などの石造物があります。首露王陵前にある墓碑は朝鮮仁祖25年(1647年)に建てられたものです。
19.9Km 2024-01-26
キョンサンナム道キムヘ市プンソンロ261ボンギル35
伽倻の始祖である首露王と現在のインドとされる阿踰陀国の王女だった許王后の出会いをテーマにした場所。首陵園という名称には、首露王と許王后が一緒に歩いた風雅な森という意味が込められています。伽倻時代の重要文化財である首露王陵と伽倻諸王の陵域である大成洞古墳群、鳳凰洞遺跡を結ぶ低い尾根沿いに、39,600平方メートルの生態公園が造成されています。海上王国の伽倻を表現するとともに首露王と許王后が歩いた庭園の池をイメージして造成され、伽倻時代の湿地に生息していたと推定されるオニバスやアサザなどが植えられました。静かな森と池に沿って遊歩道がよく整備されており、快適に見てまわることができます。