楽古斎 安東(河回)[韓国観光品質認証](락고재 안동(하회)[한국관광품질인증제/ Korea Quality]) - エリア情報 - 韓国旅行情報

楽古斎 安東(河回)[韓国観光品質認証](락고재 안동(하회)[한국관광품질인증제/ Korea Quality])

楽古斎 安東(河回)[韓国観光品質認証](락고재 안동(하회)[한국관광품질인증제/ Korea Quality])

0m    94     2019-01-15

慶尚北道 安東市 豊川面 河回江辺キル 51
+82-54-857-3410

趣と風流があふれる草家
楽古斎

安東(アンドン)河回村を取り囲むかのように流れる洛東江(ナクトンガン)や川辺の砂地が美しい船着場の近くにある楽古斎の韓屋。楽しい「楽」、古(いにしえ)の「古」、家屋を意味する「斎」の字を当て、楽古斎(ラッコジェ)と読みます。文字通り「古の韓屋で楽しむ」という意味です。素朴な草葺屋根がより美しさを増す韓屋・楽古斎では自然を思う存分満喫できます。

一枚の山水画のような洛東江と草家4軒
青と赤の色が美しい釣り灯篭が掛けられた松林を抜け中庭に足を踏み入れると、草葺屋根の韓屋が4つ軒を連ねているのが見えます。その草葺屋根の韓屋に囲まれた庭の真ん中には優雅な曲線を描く松の木が1本立っています。草葺屋根の家屋・草家(チョガ)も瓦屋根の韓屋同様、韓屋のひとつですが、瓦屋根の韓屋より自然な感じを与え素朴な趣があります。しかしこのような自然と調和した趣をかもし出すには日ごろからの草屋の手入れや心遣いが必要です。草家の特性上、毎年新たに屋根の葺き替えが必要となりますが、現在栽培している稲穂では草葺屋根には使えないため、毎年、在来種の稲をこのためだけに栽培し、一株ずつ鎌で丁寧に刈り、草引き屋根を葺き替えています。
楽古斎は洛東江の畔にあります。河回村のにぎやかな通りからはすこしはなれているため、人でごった返すことはなく川辺の絶景も楽しめ大変すばらしい所です。少しだけ足を伸ばせば舟の渡し場があり、洛東江の川辺に沿って街路樹が立ち並ぶ丘の道を散策することもできます。洛東江の向こう岸には芙蓉台(プヨンデ)をはじめ高く聳える絶壁が雄大な景色を形づくっています。

ホテルに優る草葺きの韓屋
楽古斎は正面の母屋、その左右にある舎廊(サラン)チェと離れ、そして門間(ムンガン)チェの建物からなります。台所と板の間がある母屋には客室が2室あり、舎廊チェと離れには板の間と部屋がそれぞれ1室ずつあります。 ご宿泊のお客様にごゆっくりお過ごしいただけるように、多くても12名様までのお客様の予約しか取らないようにしています。全室とも最新かつ大変きれいな造りの浴室を兼ねたトイレを完備しています。特に檜張りの浴槽が全室にあり、檜の香り漂うお風呂をごゆっくりお楽しみいただけます。 部屋に入ると、韓紙で仕上げた作りつけの箪笥があり、かわいらしい作りとなっています。また、快適にお泊りいただけるよう天井埋め込み型エアコンも設置しています。このほか、門間チェの建物には黄土チムジルバンもあります。チムジルバンにはヨモギの香りが漂い、深呼吸をすると全身が爽快になる感じが実感できます。このチムジルバンはチムジルバンに慣れ親しんでいる韓国のお客様のみならず外国のお客様にも大変好評を得ています。

名に恥じないサービスの楽古斎、内でも外でも楽しさいっぱい
板の間にごろんと横になり陽差しや風に戯れる人、裸足で土の上を走る人、昔ながらのゴム靴を履いて散歩に出る人、どんと座ってマッコリを一杯傾けている人、この人々はここ楽古斎を満喫しているお客様です。都会からやってきた人々には心とカラダを癒す空間に、外国からのお客様には本物の韓国を感じられる空間になればという楽古斎オーナーの思いを込めて、隅々までその配慮が行き届いています。楽古斎のそばには天然記念物である万松亭(萬松亭=マンソンジョン)の松林があり、散策におすすめの場所です。また、船着場から舟に乗って洛東江を渡り、向こう岸にある芙蓉台(プヨンデ)の絶壁に上ると、数百年に及ぶ歳月を経てきた河回村の全景や村を囲むように流れる荘厳な洛東江の流れを一望できます。また、朝食には安東名物の素晴らしいホッチェサッパプ(虚祭祀飯)や焼き塩鯖(サバ)も味わえます。楽古斎では韓屋の中にいても、そして外に出て散策してもさまざまな楽しみがいっぱいの場所です。

河回北村宅 [韓国観光品質認証] (하회 북촌댁[한국관광 품질인증/Korea Quality])

河回北村宅 [韓国観光品質認証] (하회 북촌댁[한국관광 품질인증/Korea Quality])

90m    46     2019-12-03

慶尚北道 安東市 豊川面 河回北村キル 7
+82-54-853-2110, +82-10-2228-1786

慶尚北道の安東市豊川面河回里にある河回北村宅は、民泊を運営する古家です。文臣だった柳師春(リュ・サチュン)によって正祖21年(1797年)に小さなサラン(客間)と左右の翼廊が建てられたのが始まりで、それが今日に至っています。アンチェ(母屋)、クンサラン(大客間)、テムンガン(正面玄関まわりの建物)、祠堂が、慶尚道都事を務めた柳師春のひ孫にあたる柳道性(リュ・ドソン)によって哲宗13年(1862年)に建てられ、現在の姿になりました。アンチェ、サランチェ、クンサランチェ、テムンガンチェ、祠堂を備えた典型的な士大夫家の邸宅で、河回で最大の規模を誇ります。

クンサランである「北村幽居」は正面7間、側面3間の建物で、2間の部屋が2室、1間の部屋が2室、4間のテチョン(板の間)、3間のヌマル(高い板の間)、3間の厨房とその上部の同じ大きさの屋根裏部屋、5間の縁側、板5枚継ぎの縁側からなっています。部屋の間の引き戸と、部屋とテチョンの間にある扉(上方に開けて天井に固定できるもの)を開けると、建物全体が一つの空間になります。また、中サランの「和敬堂」は2間の部屋、1間のテチョン、3間の縁側、そしてテチョンの右手に欄干のある縁側があります。小サランの「須愼窩」は1間の部屋、1間のテチョン、2間の縁側からなっています。アンチェには中庭を中心にして前面に厨房と奥の間、テチョン、物入れ、サンバン(上)、縁側、サンバン(下)があり、右手にはクンサランに続く中門、左手には物置(下)、穀物倉庫、ムンガンバン(門の近くの部屋)があります。 他に祠堂などもあり、隅々まで見て回るとかなり時間がかかります。

河回北村宅に植えられている樹齢300年以上の松は、この家と歳月をともにしてきた家の一部であり、その形が河回村の周りを流れる洛東江に似ていることから興味深く眺める人も沢山います。北村宅には遺物も残っています。17世紀に作られたものと推定されている「都城八道之図」は独島と間島を韓国の領土として表記しており、歴史的にも非常に貴重な資料と評されています。他にも、駕籠や踏み臼、そして柳台佐(リュ・イジャ、号は鶴棲)に新年祝いとして国王より贈られたという歳画もあります。

北村宅は、両班(貴族)の村である河回の中でも屈指の富豪でした。財産だけでなく庶民に対する温情も並々ならぬものがあり、土地の賃料は最も安かったそうです。ある年、梅雨で川が増水して船が転覆すると、家を建てるために3年間乾燥させていた高級な松の木を投げ入れて溺れた人々を助け、それから3年後に家を建てたという話も伝わっています。

佳景斎[韓国観光品質認証](가경재 [한국관광 품질인증/Korea Quality])

佳景斎[韓国観光品質認証](가경재 [한국관광 품질인증/Korea Quality])

176m    45     2019-12-03

慶尚北道 安東市 豊川面 河回南村キル69-5
+82-54-855-8552

「風景の美しい家」という意味の「佳景斎(カギョンジェ)」。昔懐かしい藁ぶき屋根の韓屋と、見晴らしの良い景色が自然の安らぎを感じさせてくれます。障子紙が貼られた客室の窓の向こうには自然が広がり、涼しい風が吹き込みます。客室は計5室で、アンチェ(母屋)、上サランチェ(客間)と下サランチェ、焚火黄土部屋とムンガンバン(門の近くの部屋)があります。アンチェは中央の縁側を、サランチェは中央の居間をそれぞれ使用できます。中でも焚火黄土部屋が人気で、客室の外にオンドルの焚口があり、オーナーが直接火を入れてくれます。庭に薪木が積み上げられた光景が、心を温めてくれるようです。焚火黄土部屋は2日前までの予約が必須です。韓屋ですが、快適にご宿泊いただくためにエアコンを新しく設置しました。夏季にはエアコン使用料金が追加されますが、韓屋では滅多に見られないエアコンは、夏場にはありがたい存在です。ご予約やお問い合わせは、ホームページよりも電話のほうがスムーズです。河回村の中には、様々な飲食店や伝統体験スペースがあります。見どころも満載で、ゆっくりと休むにも最適な場所です。

嘉藍 草燕斎[韓国観光品質認証](가람초연재[한국관광품질인증제/ Korea Quality])

嘉藍 草燕斎[韓国観光品質認証](가람초연재[한국관광품질인증제/ Korea Quality])

193m    75     2019-08-06

慶尚北道 安東市 豊川面 河回宗家キル76-6
+82-10-3849-7542

周囲より少し高い場所にある舎廊チェの建物の板の間に座り、陽が昇り沈む素晴らしい風景を眺められ、またその板の間のすぐ脇にある花壇では一年を通じて季節ごとに様々な野生の花々が咲く、そんな素晴らしい場所。花や木、月と太陽、風が共存するここ、嘉藍 草燕斎(カラム・チョヨンジェ)は日々が経過しても常に同じ姿を失わない自然のように、時代に流されず佇んでいる場所です。

洛東江(ナクトンガン)の流れが村全体を丸く包み込み、灰色の瓦や艶のある草葺屋根が素晴らしく調和する村、河回村。船の渡しがいまだなお残る数少ない村がここ、安東河回(アンドン・ハフェ)です。 川の向こう岸に立ちはだかり、すぐに視線に入ってくる高く聳える絶壁・芙蓉台(プヨンデ)は今では河回村の象徴のひとつになっています。河回村からもこの芙蓉台の絶壁がよく見えますが、芙蓉台に上り河回韓屋村を一望できる風景もまた大変印象的です。

河回村は近くに洛東江上流が蛇行しながら流れる静かな田舎の村にもかかわらず、美しい絶景を見にやってくる人々でいつも溢れています。小さな島のようにも見えるこの村には築100年、200年以上にもなる古い韓屋が密集しており、瓦葺の古宅とともに草葺屋根の韓屋も目に付きます。その中でも南向きで常に陽が差し、暖かそうな感じの草葺屋根の韓屋がまさに嘉藍 草燕斎の建物です。 嘉藍(カラム)は朝鮮時代の儒学者・西厓(ソエ)柳成龍(リュ・ソンニョン)の15代子孫でこの家の主人である祖父の号で、草燕斎は「燕(つばめ)が棲む草葺屋根の家」という意味です。実際にこの韓屋の敷地入口の大門左手の垂木や韓屋の軒下をよく見ると、巣をつくり住んでいるツバメが見受けられます。

雄壮な造りながらも控えめなこの建物には比較的簡単にたどり着くことができます。河回村で最も規模が大きく古い部類に属する澹然斎(タミョンジェ)や養真堂(ヤンジンダン)が建物の左右にあり、裏手には謙菴(キョマム)柳云龍(リュ・ウニョン)が建て書斎として使っていた河回賓淵精舎(ハフェ・ピニョンチョンサ)があるためです。
長年に渡り修繕し昔の姿を伝えている韓屋の石塀の道を歩くと、いつの間にか草燕斎の敷地の入口の大門の前に到着します。「一」の字型になった韓屋2棟がある嘉藍・草燕斎の中に入ると、沢山の稲藁で葺ききれいに手入れされた草葺屋根がまず目に飛び込んできます。できることなら昔ながらのありのままの韓屋を人々に見てもらいたいとオーナーが瓦屋根に葺き替えなかったといいます。 とはいうものの窮屈でみすぼらしいという訳では絶対にありません。草葺屋根の韓屋の室内は常にきれいに手入れしているからか、床はぴかぴか光沢があり、壁紙も破れているところがまったくなくきれいに仕上げられています。外国からの観光客には瓦葺の韓屋よりも伝統的な感じがして趣があると賞賛しているほどです。

ここで行われている体験プログラムもやはりオーナーと似て、実直で素朴な内容となっています。踏み臼、石臼、臼など昔ながらの民俗道具を自ら体験でき、また昔の人々が頭に被っていた帽子のようなカッを作る体験もできます。
しかし何よりも草燕斎でのおすすめは夕日が沈む様子。舎廊チェの建物にある板の間から母屋の後ろの向こうに沈む太陽を見ていると次第に辺りが少しずつ淡い紫色に変わり、幻想的な時間が訪れます。また花壇に植えた梅の木に白い花が満開に咲く頃になると、より美しい夜の風景を楽しむころができます。

いつも変わらぬ場所、そして変わらぬ風景を守り続け、古の趣が残る嘉藍 草燕斎。ここでは素朴で奥ゆかしい雰囲気を感じることができる素晴らしい時間を過ごすことができるそんな場所です。

河回養真堂 [韓国観光品質認証] (하회 양진당 [한국관광 품질인증/Korea Quality])

河回養真堂 [韓国観光品質認証] (하회 양진당 [한국관광 품질인증/Korea Quality])

318m    49     2019-12-03

慶尚北道 安東市 豊川面 河回宗家キル68 養真堂
+82-10-4113-8760

河回(ハフェ)村の中にある「安東(アンドン)河回養真堂(ヤンジンダン)」は、宝物第306号に指定されている豊山(プンサン)柳氏の大宗家です。 柳仲郢(リュ・ジュンヨン、1515~1573年、雅号は立巖)の雅号にちなんで、立巖(イバム)古宅という扁額が掲げられています。養真堂という名称は、柳仲郢の息子である柳雲龍(リュ・ウンリョン、雅号は謙菴)の6代後の子孫にあたる柳泳(リュ・ヨン、1687~1761年)の雅号にちなんだものです。「己の本性を養う」という意味です。ソスル大門(屋根が一段高く作られた門)をくぐると堂々たる構えの韓屋が見えてきますが、よく磨き上げられたテチョンマル(板の間)などを見ていると、心が和んできます。高麗時代の建築様式を持つサランチェ(客間)と、朝鮮時代の建築様式を持つアンチェ(母屋)が共存していることが、養真堂の特長のひとつです。壬辰倭乱を経て建物の補修を行ったため、二つの時代の建築様式を併せ持つようになったと言われています。長い歴史が刻まれた古宅が今日まで守られてきたことに、ありがたみを感じます。手入れの行き届いた庭園からは、子孫たちがこの場所をいかに大切にしてきたかが感じられます。威厳のある外観とは打って変わって、客室の内装はシンプルで質素です。長い間大切にされてきたと思われる伝統的な螺鈿細工のたんすや、棚いっぱいに重ねられた食器、所々に置かれた陶磁器に目を引かれます。まるで、小さな民俗博物館のようです。滞在中は、ぜひ伝統遊びもお楽しみください。ユンノリ、投壷、チェギチャギ、コマ回し、凧揚げなどができます。時期によっては、宗婦(直系子孫の妻)から自家製の酒造りや、餅・らくがん・花果茶作りなどを教わる体験プログラムが開かれます。

玉淵精舎[韓国観光品質認証](옥연정사 [한국관광 품질인증/Korea Quality])

玉淵精舎[韓国観光品質認証](옥연정사 [한국관광 품질인증/Korea Quality])

320m    71     2019-05-20

慶尚北道 安東市 豊川面 広徳ソルパッキル 86
+82-10-4520-3640

安東(アンドン)河回村・玉淵精舎(オギョンチョンサ)は西厓(ソエ)・柳成龍(リュ・ソンニョン)(1542~1607)が日ごろ親交のあった僧侶・誕弘(タンホン)の援助を受け建てたもので、学問を究め弟子を養成する所でした。

西厓・柳成龍先生は遠志精舎(ウォンジチョンサ)を建てた後、人々が住む村に近く騒々しく奥ゆかしい雰囲気が感じられないとして、川向こうの芙蓉台(プヨンデ)の麓の土地を手に入れ建物を建てようとしましたが、暮らし向きがよくなく精舎を建てることが出来ませんでした。
そのことを知った親交のある僧侶・誕弘が、建物の建築を引き受け資金面でも援助することを申し出、1576(宣祖9)年に着工し10年かけて西厓・柳成龍先生が45歳の時である1586(宣祖19)年にようやく完工しました。

先生はその後、芙蓉台(プヨンデ)の西側の麓にある兄(謙菴・柳雲龍先生)の亭子(東屋)である謙菴精舎(キョマムチョンサ)を芙蓉台の崖の縁に作った細いの道を歩いて行き来し、兄弟の情を深めたといいます。

そして1605(宣祖38)年、洛東江(ナクトンガン)の大洪水により河回にあった3間の広さの草葺の家屋を失いこの精舎に隠居、壬辰の乱(日本で言う「文禄・慶長の役」)を回顧し懲毖録(国宝132号)を書き上げました。

玉淵精舎の洗心斎(セシムジェ)の建物は瞰録軒(カムロクホン)と名付けられた板の間を中心に左右に1部屋がある西厓・柳成龍先生が朝鮮時代に基礎教育を行っていた学校・書堂(ソダン)として使っていた建物です。書堂には周経の繋辞の中にある「意或従事於斯 以庶幾萬一爾(ここに心を置き、万に一つでも叶うことを望む)」という一文の意味が込められています。そして瞰録軒と名付けられた板の間は中国の書家・王義之の「頭をもたげ青い空を仰ぎ、下へは青い水を頭を垂れ眺める」という詩から付けられたものです。

遠楽斎(ウォルラクチェ)の建物は西厓・柳成龍先生がこの部屋に起居し懲毖録を書き上げた場所です。友人の来訪を待つという意味を持つ遠楽斎ですが、この名称は論語の中にある「朋有り遠方より来たる、また楽しからずや」という一文から付けられたものです。そして2間の広さの板の間・愛吾軒は陶淵明の「吾亦愛吾廬(吾もまた吾が庵を愛す) 」 という詩から名付けられたものです。

芙蓉台(부용대)

芙蓉台(부용대)

455m    1691     2020-04-27

慶尚北道 安東市 豊川面 広徳ソルバッキル72
+82-54-852-6800

「芙蓉台(プヨンデ)」は太白山脈の端に位置しており、頂上から安東河回村をひと目で見渡すことのできる、高さ64メートルの絶壁です。芙蓉台という名は中国の故事からもじったもので芙蓉はハスの花を意味しています。河回村が形成された姿がハスの花のようであることに由来しており、河回村をもっともよく眺められることから芙蓉台と名付けられました。当初は「河回の北にある丘」という意味で「プエ(北厓)」と呼ばれていました。下に、洛東江が曲がって流れるところに玉淵精舎、謙庵精舎、花川書院が構えています。

花川書院(화천서원)

花川書院(화천서원)

455m    746     2016-10-27

慶尚北道 安東市 豊川面 広徳ソッパキル 72

柳雲龍の学徳を称えて儒林達が現在の位置に建てた書院です。柳雲龍が1601年に63歳で亡くなり、185年後の1786年に建てられ、9月に柳雲龍の位牌を奉安しました。1871年の書院撤廃令により講堂を含む数棟だけが残りました。書院の毀損を残念に思った子孫達が1966年から基金を集めて1996年5月2日に復元しました。

安東河回村[ユネスコ世界文化遺産](안동 하회마을[유네스코 세계문화유산])

安東河回村[ユネスコ世界文化遺産](안동 하회마을[유네스코 세계문화유산])

979m    74558     2020-05-19

慶尚北道 安東市 豊川面 河回宗家キル 40
+82-54-852-3588

※ 2019~2020 韓国観光100選※

「安東河回村(アンドンハフェマウル)」は、説明するまでもなく大変有名な民俗村です。
洛東江(ナクトンガン)が村の周囲を取り囲むように流れる河回村は、豊山(プンサン)柳氏(リュシ)一族が集まる集姓村で、現在も豊山柳氏の流れをくむ人々が村の住民のおよそ7割を占めます。
豊山柳氏がこの河回村に居を構えたのはおよそ600年前で、柳氏がこの地に入る前までは許氏(ホシ)と安氏(アンシ)一族がこの地で暮らしていたといいます。
言い伝えによれば、最初に河回の仮面を作った人物が、柳氏一族が暮らし始める前にこの地にいた許氏の一族の高麗時代中期の人物・許道令(ホ・ドリョン)であると言い伝えられており、河回村から川を渡った広徳洞(クァンドクトン)には許氏一門の許政丞の墓があり、現在でも毎年柳氏の関係者らが墓の草取りなど整備をしているとのことです。
河回村ではこのことを「許氏の基盤に、安氏の門前、柳氏が杯盤」という言葉で表現し代々言い伝えられています。この地に元々住んでいた許氏を追いやった安氏一族の娘が柳氏に嫁ぎ、安氏の一族の脈が外孫の柳氏へと引き継がれたという、氏族の礎が次々と奪われ変遷していったということを端的に表したのがこの言葉です。
河回村は1999年に英国女王・エリザベス2世、2005年に米国のブッシュ元大統領(父)が訪問したことで、マスコミを通じ世界的に報道され注目されました。
河回村には数多くの文化財があり、西厓(ソエ)・柳成龍(リュ・ソンニョン)の壬辰倭乱(日本でいう「文禄・慶長の役」)回顧録『懲毖録(チンビロク)』や河回仮面は国宝に指定されており、このほか宝物が4点、国家民俗文化財10点、史跡1ヶ所があり、1984年には河回村全体が重要民俗資料(現・国家民俗文化財)第122号に指定されました。
河回タルチュム(仮面劇)として有名な別神グッ仮面劇は国家無形文化財第69号で、村の守護神を楽しませるため行われた踊りです。
韓国の仮面劇の中で最も古く、1928年の日帝強占期に強制的に中断させられましたが、その後再び復活しました。 広々とした広場・マダンで行われるこのマダンノリ・別神グッ仮面劇は、舞童(ムドン)マダン、チュジマダン、白丁マダン、老婆(ハルミ)マダン、破戒僧(パゲスン)マダン、両班・ソンビマダン、婚礼マダン、新房(シンバン)マダンの八つの場面で構成されています。
国宝121号である河回仮面は、現在ではカクシ、チュン、両班、 ソンビ(学者)、チョレンイ(両班の召使)、イメ(学者の召使)、プネ(婦女)、白丁、 ハルミ(老婆)の九つの仮面の伝承されましたが、そのうち三つの仮面は紛失してしまいました。
河回村の古宅のうち、養真堂(ヤンジンダン)と呼ばれる立巌古宅(イパムコテク)は、豊山柳氏謙唵派(キョマムパ)の大宗宅で、宝物第306号に指定された建物です。男主人が暮らし客人を迎える舎廊(サラン)チェの建物は高麗時代の建築様式、母屋の建物は朝鮮時代の建築様式と、高麗・朝鮮時代両方の建築様式が共存している古宅です。 河回村のもうひとつの宝である忠孝堂(チュンヒョダン)は宝物第414号に指定され、西厓・柳成龍の門下生たちが嫡孫・柳元之(リュ・ウォンジ)を支援し建てた建物です。
その後、曾孫の柳宜河(リュ・ウィハ)によって重修されており、朝鮮時代の士大夫(サデブ=両班)様式の古宅となっています。
忠孝堂の外側の庭には英国女王・エリザベス二世の訪問記念樹があります。
そのほかにも河回村には、豊山柳氏の宗家である耳村派宗家の建物・耳村古宅(キィチョンコテク)、村の北側にある九十九間の家と呼ばれる北村宅(プクチョンテク)、ひとつ別の九十九間の広さを持つ家屋で朝鮮時代の定宗21(1797)年に建てられた南村宅(ナムチョンテク)、屏山書院(ピョンサンソウォン)、花川書院(ファチョンソウォン)、川向うの柳成龍の玉淵精舎(オギョンジョンサ)、朝鮮時代中期の文臣で儒学者であった李滉(イ・ファン)の筆跡が扁額に残る謙唵精舎(キョマムジョンサ)など、見所が多数あります。
また、河回村は映画やドラマなどの撮影地としても有名です。ペ・ヨンジュン主演の『スキャンダル』(2003年)、ソン・ガンホ、キム・ヘス主演『爆裂野球団(原題:YMCA野球団)』(2002年)、アン・ソンギ、ムン・ソングン、チャ・インピョ、チョ・ジェヒョン出演『韓半島』(2006年)などの韓国映画史を飾る大作映画が、ここ河回村を舞台に撮影されました。それほど、別途、セットを用意しなくても古の伝統的な風景が残っているからこそ、ここ河回村でロケを行っているのです。ごく一部では商売気が入り昔の風景が色あせてしまっている感も否めませんが、伝統を残していこうとする村の住民たちの努力によりその多くが昔のまま残っています。
ここ河回村を代表するグルメとしては安東焼酎(アンドンソジュ)と有名な書院が多く誕生したという祭祀料理・ホッチェサパプ、安東塩鯖、地元の名物麺料理・安東ククシなどがあります。
また、新羅時代に創建された鳳停寺(ポンジョンサ)、高山書院(コサンソウォン)、帰来亭(キィレジョン)、鶏鳴山(ケミョンサン)自然休養林、鶴駕山(ハッカサン)自然休養林、臥龍山(ワリョンサン)など様々な見所があります。
2010年7月31日には安東河回村と慶州(キョンジュ)良洞村(ヤンドンマウル)が、「韓国の歴史村」としてユネスコ世界文化遺産に登録されました。
2つの村の登録により、韓国国内の世界文化遺産・世界自然遺産は石窟庵(ソックラム)・仏国寺(プルグクサ)、海印寺(ヘインサ)蔵経板殿、宗廟(チョンミョ)(以上、1995年登録)、水原華城(同1997年)、慶州歴史遺跡地区、高敞・和順・江華支石墓遺跡(以上2000年)、そして済州(チェジュ)火山島と溶岩洞窟(同2007年)朝鮮王陵(同2009年)に続き、10ヶ所目の世界遺産となりました。

*安東河回村(英国女王訪問コース)
河回村は豊山柳氏一族が代々暮らしてきた典型的な集姓村で、韓国の伝統家屋の美が息づいている村です。朝鮮時代の大儒学者である謙唵・柳雲龍先生や西厓・柳成龍先生が生まれた地でもある河回村は、1999年4月21日訪韓3日目の日程に英国女王・エリザベス二世が韓国の伝統の故郷であるここを訪ね、より一層有名になりました。
ここ「河回」という地名は、洛東江の流れが東へと向かい、その過程でS字状に蛇行していることに由来しています。東には太白山(テベクサン)の支脈・花山(ファサン)があり、その山並みの端が村まで続き、小高い丘陵地を形作っています。家屋は丘陵地を中心に低地に向かって建ち並んでおり、家の向きが同じ方向になっておらず東西南北それぞれ異なっているのが特徴です。村の中心部には柳氏一族の家屋である大きな瓦屋根の韓屋の建物があり、原型がよく留め保存されている草葺の家屋がその周囲を取り囲んでいます。村の前には悠々と流れる洛東江、洛東江の蛇行浸食によってできた絶景の断崖・芙蓉台(プヨンデ)、果てしなく続く砂地、鬱蒼と生い茂る松林が絶景をなしています。また、芙蓉台の手前には対岸に渡る渡し舟もあります。 .

*河回村のさまざまな見所と楽しみ方
河回村では、河回別神グッ仮面劇を常設公演として実施しており、毎年秋には安東国際仮面舞フェスティバルを開催しています。
また新羅時代に創建された鳳停寺、高山書院、帰来亭、鶏鳴山自然休養林、鶴駕山自然休養林、臥龍山など様々な観光地が多数あります。中でも安東河回村と慶州良洞村は2010年7月31日に「韓国の歴史村」としてユネスコ世界文化遺産に登録されました。
この二つの村の世界文化遺産登録により、韓国の世界文化遺産・世界自然遺産は、石窟庵・仏国寺、海印寺、宗廟(以上1995年)、昌徳宮、水原華城(以上1997年)、慶州歴史遺跡地区、 高敞・和順・江華支石墓遺跡(以上2000年)、そして済州火山島と溶岩洞窟(2007年)、朝鮮王陵(2009年)に続き、10つとなりました。
なお、河回村を代表するグルメには安東焼酎、祭祀料理・ホッチェサパプ、安東塩サバ、地元安東の麺料理・安東ククシなどがあります。

河回世界仮面博物館(하회세계탈박물관)

河回世界仮面博物館(하회세계탈박물관)

1.3 Km    9679     2019-03-20

慶尚北道 安東市 豊川面 チョンソ路206
+82-54-853-2288

河回(ハフェ)村の入口に位置する河回世界仮面博物館は1995年に開館した韓国初の仮面専門博物館です。
河回村で伝承されている河回別神クッ仮面劇の仮面ばかりでなく国内外のさまざまな仮面を収集・展示しています。
5つの常設展示室に1つの特別展示室があり、展示室内には仮面を実際に被ってみたりすることができるほか、仮面トリックアート、仮面キャラクターものまね、フォトゾーン、仮面スタンプラリーなど無料体験スペースもあり、博物館をより楽しく見学することができます。

河回別神グッ仮面劇常設公演(하회별신굿탈놀이 상설공연)

607m    15661     2020-05-07

慶尚北道 安東市 豊川面 河回宗家キル 3-15
+82-54-854-3664

800年以上の歴史を持つ「河回別神グッ仮面劇(ハフェビョルシングッタルノリ)」は、両班(ヤンバン)、ソンビ(古の時代の学者)などの既得権益階級、高麗時代当時の仏教界にみられる特権階層、そして一般の人々の生活や葛藤をありのままに表現した韓国の伝統芸能です。古の時代から支配階級であった両班の人々が多かった安東(アンドン)であったからこそ現代にも受け継がれています。また、河回別神グッ仮面劇は、韓国を代表する伝統芸能・タルノリ(仮面劇)の特徴がよく表れている伝統芸能でもあります。
6つのマダン(広場)からなる公演では、高麗時代中期から今に続く韓国社会の矛盾や支配層を鋭く風刺します。
人々の抑圧されたもどかしさや無念さを晴らす手段として、この仮面劇はその一助を果たし、村の平安や安寧、そして共同体としての結束をも図ります。
仮面劇を通じて800年という時代を越え現在とつながり、そして韓国を超え世界へとつながる祭りの場と発展するのがこの河回別神グッ仮面劇です。

安東河回テンジャン村(안동 하회된장마을)

2.1 Km    2301     2019-09-27

慶尚北道 安東市 豊川面 ジョンソ路 72
+82-54-856-3013

安東河回テンジャン村は、安東市豊川面河回里の河回村と屏山書院との分かれ道に位置しています。この村は河回仮面や柳成龍で有名なところで、テンジャン(味噌)の深い味わいを継承し続けています。