順天 楽安邑城(순천 낙안읍성) - エリア情報 - 韓国旅行情報

順天 楽安邑城(순천 낙안읍성)

順天 楽安邑城(순천 낙안읍성)

0m    53099     2019-11-18

全羅南道 順天市 楽安面 忠愍キル 30
+82-1577-2013

三韓(サマン)時代には馬韓(マハン)の地、百済(ペクチェ)の時代には波知城(パジソン)、高麗時代には楽安郡(ナガングン)の郡衙があった場所で、朝鮮時代の城郭やその昔郡守などが公務を行った役所・東軒(トンホン)、客舎、林慶業将軍碑、市場、草葺屋根の家がいまだなお昔のまま残っていることから、城郭や村全体が韓国で初めて史跡に指定、史跡第302号となったところがここ順天(スンチョン)楽安邑城(ナガンウプソン)です。
この場所では朝鮮時代の太祖6(1397)年、倭寇が侵入してくると地元出身の襄恵公(ヤンヘゴン)金贇吉(キム・ビンギル)将軍が義兵を率い土城を築いて攻防を繰り広げました。
そのおよそ230年後の仁祖4(1626)年、忠愍公(チュンミンゴン)林慶業(イム・ギョンオプ)将軍が楽安郡守として赴任し現在の石城を重修しています。
ほかの地域で見られる城とは異なり、広い平地に1メートルから2メートルほどの大きさの正方形の自然石を使い、高さ4メートル、幅3メートルから4メートル、城郭の総延長が1,410メートルにも及ぶ城郭を構築、東内(トンネ)、南内(ナムネ)、西内(ソネ)の3つの村を生活の根拠地として長方形でかつ強固な作りで囲むような形で築城しました。
400年近く経って今でも崩れているところはなく当時の雄壮さをそのまま残しています。現在でも多くの人々が暮らしを営む民俗固有の伝統村として、民俗学術資料としてはもちろんのこと、歴史の生きた教育の現場として、その価値を認められています。

東門をはじめ、西門、南門から城郭内に入ると、ここが時代劇の撮影場ではないかと錯覚に陥るほどです。
時代劇『龍の涙』、『太祖王建』などの撮影地である龍仁(ヨンイン)や済州(チェジュ)にある民俗村のような作り物でなく、安東河回村のような当時の権力者・両班(ヤンバン)の村でもない、一般の庶民が住んでいた昔さながらの姿が残っている場所で、古の人々の生活の匂いが染み込み親近感あふれる場所となっています。
南部地方の独特な居住様式である縁側や台所、土房、屋根、石段の上の甕などの光景が続き、また隣同士を隔てる石塀は目立たずさほど高く作られていないもので塀を伝うカボチャのつるの光景を見ると、かくれんぼして駈けずり回って遊んだ幼い頃の自らの故郷を思い出させてくれるそんな風景の場所です。

・城内 135,597平方メートル
・城外 87,511平方メートル
・総面積 223,108平方メートル

楽安邑城民俗文化祭り(낙안읍성 민속문화축제)

楽安邑城民俗文化祭り(낙안읍성 민속문화축제)

192m    1442     2019-10-10

全羅南道 順天市 楽安面 チュンミンキル30
楽安邑城管理事務所+82-61-749-8836

楽安邑城民俗村は、約200棟のわらぶき屋根の家に農業を営みながら実際に人々が居住している民俗村です。朝鮮時代の昔の姿がそのまま残されている楽安邑城民俗村は、史跡302号に指定されています。
「楽安邑城民俗文化祭り(ナガヌプソンミンソクムナチュッチェ)」は、伝統と現代が共存している楽安邑城民俗村を代表するお祭りで、国楽などの様々な民俗公演や、林慶業郡守赴任再現行列、守門長交替式、先祖達の生活を実際に体験することのできるイベントも用意されています。

順天市立プリキップンナム博物館(순천시립 뿌리깊은나무 박물관)

順天市立プリキップンナム博物館(순천시립 뿌리깊은나무 박물관)

382m    4846     2019-12-05

全羅南道 順天市 楽安面 平村3キル45
+82-61-749-8855

楽安邑城の近隣に位置する「順天市立プリキップンナム博物館」は故・韓彰琪が生前に集めた遺品を展示しています。青銅器時代から光復(国権回復)以降の多様な遺品が展示され「純粋な韓国」文化をよく理解することが出来る博物館です。
故・韓彰琪は生前に韓国の古くなった物と粗雑な物から文化を創造しようとしました。何の値打ちもなくぞんざいに扱われていた物が現在では文化的価値がある遺産となり、祖先の暮らしをううかがうことのできる資料へと生まれ変わりました。

国立楽安民俗自然休養林(국립 낙안민속자연휴양림)

国立楽安民俗自然休養林(국립 낙안민속자연휴양림)

1.9 Km    3878     2019-01-25

全羅南道 順天市 楽安面 民俗マウルキル1600
+82-61-754-4400

全羅線と慶全線が交差し南海高速道路と湖南高速道路が通る交通の重要地域で、交通の便が良く楽安邑城民俗村から約2キロメートルのところに位置しています。楽安邑城や周りの景観も美しく一休みするのに最適であるだけでなく、近くに松廣寺や仙巖寺など伝統古寺と西山の夕焼けを同時に楽しめる住岩湖、上沙湖があったり数千もの葦が美しい海辺、そして楽安邑城民俗村で行われる文化祭りなど、観光名所も多く一年を通して楽しめる休養地です。
楽安民俗自然休養林は順天~楽安間の地方道沿いに位置した、小規模ながらも落ち着いた一般家庭の庭園のような雰囲気が漂う国立自然休養林で理想的な地理的条件を満たしており、左右には金錢山(667.9メートル)、五峰山(591メートル)という2つの大きな山に囲まれ、雨がたくさん降った日には金錢山の麓にある休養林の隠れた秘境であるチョニョの滝が絶壁の間を力強く流れる光景が美しい景観をつくります。
また、順天地域の民族祭である楽安民俗文化祭り(4月末~5月初め)と南道飲食祭(10月)が休養林に近い楽安邑城民俗村で毎年開かれ、近隣の麗水市ではチンダルレ祭りや亀船祭りが4月から5月の間に、そして寶城郡では茶香祭や日林山ツツジ祭りが5月にそれぞれ開かれます。

金銭山(금전산)

金銭山(금전산)

2.0 Km    2133     2017-12-15

全羅南道 順天市 楽安面 上松里

全羅南道順天にある金銭山(クムジョンサン)(海抜668m)は 曹渓山から伸びた1つの山脈が南方に下りながら鼓動山を経てできている岩山です。
金銭山の昔の名前はセェ山でしたが約100年前に金銭山に変わったと言われています。漢字の意味を直訳すると金で出来たお金の山です。しかし実は仏家から由来した名前で、「仏様の優秀な弟子達である五百比丘(もしくは五百羅漢)金銭比丘から山の名前をとった」と金剛庵の僧侶達は言います。
金剛庵は百済の威德王の時代に創建されました。<昇州鄕里誌>は「威德王」30年、583年に金芚寺が創建され、その後義湘大師によって金剛庵、水晶庵、文珠庵など30もの寺のある、大規模な寺が創建されたと伝えられている。現在の金芚寺は1985年禅院として再建されたもので、太古宗に属し、金剛庵は松広寺に属する曹溪宗の寺庵です。

チャンウォン食堂(장원식당)

チャンウォン食堂(장원식당)

9.4 Km    1964     2017-03-28

全羅南道 順天市 昇州邑 スンアムギョキル17
+82-61-754-6362

味のふるさと・全羅南道の順天(スンチョン)に位置する「チャンウォン食堂」は、仙岩寺を代表する歴史ある名店です。仙岩寺の前にはたくさんの食堂が集まっていますが、その中の一つとして仙岩寺が観光地として有名になる前から仙岩寺と時間をともにしてきました。
多彩なナムルやエゴマ、唐辛子の漬物、ハイガイなど約25種類のおかずが一緒に出てくる山菜定食の他、地鶏の辛味炒め鍋、山菜ビビンバなどを味わうことができます。
チャンウォン食堂はすべての醤(ジャン)を手作りしており、醤の本物の味を味わえるだけでなく全羅道の味と人情の深さを感じることができます。

順天伝統野生茶体験館(순천 전통야생차체험관)

順天伝統野生茶体験館(순천 전통야생차체험관)

9.9 Km    6164     2019-10-16

全羅南道 順天市 昇州邑 仙岩寺キル450
+82-61-789-4500

順天伝統野生茶体験館は曹渓山の仙岩寺に行く途中にあります。釜炒り茶を作って試飲したり、瞑想体験などをしたりすることができます。

仙岩寺[ユネスコ世界文化遺産](선암사[유네스코 세계문화유산])

仙岩寺[ユネスコ世界文化遺産](선암사[유네스코 세계문화유산])

10.0 Km    29588     2019-10-16

全羅南道 順天市 昇州邑 仙岩寺キル450
+82-61-754-6250

曹渓山の麓の東側に位置する仙岩寺は百済の聖王7年(529年)に阿道和尚が毘盧庵を建て、新羅景文王1年道詵国師が禅宗九山の桐裏山門の禅院として今の仙岩寺を創建しました。 反対側の西側の山の中腹には有名な松広寺があります。仙岩寺の周りには樹齢数百年にもなる樫、椿、銀杏、栗の木などがうっそうと茂り、特に紅葉の季節の美しさは有名です。また、寺の前にはアーチ型の昇仙橋(宝物第400号)があり、土台が強固な自然の岩盤でできており、中央部分の竜の頭の形がとても神秘的です。
大雄殿の前に左右に建つ三層石塔(宝物第395号)も観光客の目を引いています。寺の伝統文化が最もよく残っている寺のひとつとして7点の宝物のほかにも荘厳で華麗な大雄殿、 圓通殿、金銅香爐、一柱門など、地方文化財12点があり、仙岩寺本殿左側の登山道から登ると高さ7m、幅2mの巨大な岩に刻まれた磨崖仏も見ることができます。 800年の伝統を超えた自生茶畑、松広寺から仙岩寺を結ぶ曹渓山登山道、清らかな渓谷の水、うっそうと茂った樹木、秋の紅葉などが仙岩寺の美しさを一層引き立てます。 また、仙岩寺付近には智異山と白雲山と同じくイタヤカエデが自生していて、毎年啓蟄の頃に美しい葉を見ることができます。

*仙岩寺七殿禅院*
全羅南道昇州邑曹渓山の東側の麓にある仙岩寺にある座禅の場所です。韓国仏教太古宗の唯一の修行の場として多くの僧侶が修行をしている修行道場です。「七殿」とは仙岩寺の左端にある七棟の建物のことを言います。また、仙岩寺の裏手には野生の茶畑が800年以上自生しています。そこで採れる新鮮な野生の茶は花開茶として好まれ、特に仙岩寺のものは最高の品だと言われています。仙岩寺の野生茶の特徴は「深く香ばしい味」と表現され、これは茶の木が杉の木と樫の木が生えている陰地で育ち、葉が柔らかく霧と湿度の高い気候により作られることに由来します。しかし、仙岩寺のお茶を味わうことは簡単なことではありません。仙岩寺の茶畑は規模が小さいため、生産量はとても少ないです。

ヨッポハルメチプ(욕보할매집)

ヨッポハルメチプ(욕보할매집)

10.6 Km    2020     2015-09-22

全羅南道 順天市 別良面 鳳林里
+82-61-742-8304, 6533

全羅南道順天の別良面役所の前に、「悪口おばあさん」で有名なトンベク食堂「ヨッポハルメチプ」があります。このお店には、全国の美食家が先を競って押し寄せるといいます。順天と筏橋、長島の干潟でのみ獲れるムツゴロウを材料にして、この地で約30年ムツゴロウ鍋を作ってきました。湖南の海岸地域では、昔から二日酔いや夏と秋の滋養強壮の料理として、ムツゴロウ鍋を食べてきました。旬の時期は秋ですが、これはムツゴロウが冬眠するための栄養分を蓄えているためです。主に寄せ鍋(チョンゴル)などの鍋料理や、焼いて食べることが多く、茹でてからさらに肉を崩して煮込むこってりとした鍋(タン)は、濃厚で風味があります。ムツゴロウを丸ごと煮る寄せ鍋や蒲焼は弾力があり、酒のつまみとしても格別です。また、辛いのが大丈夫な人にはイイダコの辛味炒め(チュクミ・ポックム)もおすすめ。人気店のため、またその日の仕入れの状況により早めに売り切れることがあり、また営業時間が夜8時までと早く閉まることにも注意が必要です。

太白山脈文化館(태백산맥문학관)

6.5 Km    16     2019-03-22

全羅南道 宝城郡 筏橋邑 弘巌路 89-19

太白山脈(テベクサンメク)文化館は全羅南道(チョルラナムド)宝城郡(ポソングン)筏橋邑(ポルギョウプ)回亭里(フェジョンニ)にあります。作家・趙廷来(チョ・ジョンネ)が書き上げた大河小説「太白山脈」の文化的成果を称え、観光資源とすべく設立されました。
太白山脈文化館は2008年11月21日に開館、観覧時間は冬期・9時から17時、夏期・9時から18時までとなっています。

筏橋バス公用ターミナル(벌교버스공용터미널)

6.6 Km    4137     2011-02-18

全羅南道 宝城郡 筏橋邑 趙廷来キル2-8
+82-61-857-6313

旧宝城旅館(구 보성여관)

7.0 Km    96     2018-05-18

全羅南道 宝城郡 筏橋邑 太白山脈キル 19
+82-61-858-7528

旧宝城旅館は1935年建設された日本式2階建ての建物で、日本の木造建築の特徴をよく留めている保存価値が高い建造物です。

韓国の大河小説「太白山脈」が映画化された際、反乱軍討伐隊長・林万洙(イム・マンス)と隊員らが宿泊した南道旅館の実際のモデルとなった旅館です。2004年には登録文化財第132号に指定されました。2008年になると文化遺産国民信託がこの宝城旅館を買い上げ、2011年老朽化した宝城旅館の復元工事が完了しました。

特に「旧宝城旅館」は建築物としてだけではなく、宝城郡筏橋(ポルギョ)における近現代歴史文化遺産の重要な拠点としての価値もまた高いところです。

太白山脈の小説の背景となったその時代にもこの建物は旅館として利用され、実際の旅館の屋号も宝城旅館でした。小説では林万洙と隊員らが一時宿舎として利用していました。

板張りの外壁、トタン葺きの屋根、典型的な日本式で建てられた2階建ての建物は昔の姿そのものです。
日本人は日帝強占期、全国にこのような木造の建物を数多く建築しましたが、現在に至る間までに数多くのこのような日本式の建物が保存されることなく取り壊され、コンクリート作りの建物に取って代わられました。

今日まで旅館や商店として使われてきた建物ですが、2004年近代建築史上及び生活史上、価値が高いと評価され、登録文化財に指定されました。

* 面積: 敷地529平方メートル(約169坪)/ 建築面積 416平方メートル(約126坪)
* 構造:木造及び煉瓦造2棟(日本式2階建1棟、韓式平屋1棟)