11.4Km 2025-10-28
キョンギ道抱川市官仁面ダムト通り409
<私は一人で暮らす>458回で「チームファサ」が訪れたきれいな渓谷はどこだろうか? ファ サがダンサーたちと一緒に料理を作って涼しい水遊びを楽しんだそこはまさに「ダムトオジ キャンプ場」だ。自然が与える癒しと感性をそのまま感じられるヒーリングスポットだ。こ こで渓谷の水が流れる音を聞きながら、一晩キャンプをしてみるのはいかがか?
13.3Km 2022-09-15
カンウォン道ポチョン市イドン面ファドンロ2078
カルビ屋の密集地「抱川二東カルビ村(ポチョンイドンカルビマウル)」は、1960年代初めに「二東カルビチプ」と「ヌタリカルビチプ」が開店し、その後、次第にカルビ屋が集まって形成されました。1980年代に山岳会の人々によってその名が全国的に広められたという話が伝わっています。また、二東カルビとともに二東マッコリも抱川の名物です。
15.0Km 2023-09-22
京畿道 抱川市 二東面 ヌムバウィキル207-28
京畿道抱川市に位置する「国望峰休養林」には、五葉松、松、落葉松など約170種の植物が育っています。また、動植物が自然な状態で生息する自然生態系が完全な姿で維持され、春と夏は澄んだ渓谷の水や森林浴、冬は山の雪景色を楽しめます。
15.1Km 2022-09-07
キョンギ道ヨンチョン郡シンソ面トンネロ1375-1
「統一の鍵」になるという意を込めて名付けられた鍵(ヨルセ)展望台は、安保教育の実践と北韓地域出身の人々の望郷の念を慰めるため、北の大地を一望できる地域・京畿道(キョンギド)漣川郡(ヨンチョングン)新西面(シンソミョン)畓谷里(タプコンニ)に陸軍鍵部隊が1998年4月11日に開設、一般向けにオープンした展望施設です。
施設を管理する軍人による身分確認の手続きを終えると、展望台へと続くバリケードが取り除かれ、展望台に上がることができます。展望台に上ると、青い新緑が生い茂る北の大地が一望できますが、ここからの写真撮影は禁止されています。
鍵展望台内にある展示室には北韓の生活用品や軍事装備品が展示されており、北韓の暮らしぶりを垣間見ることができます。展望台のそばには教会、聖堂、法堂など平和統一を祈願できる各宗教施設があります。
鍵展望台は南方限界線のすぐ手前にあり、南北分断の痛みを、どこよりも実感できる場所です。
安保問題に関心が希薄となった若い世代に統一に対する意志や平和の大切さを再認識させてくれる重要な存在となっている鍵展望台。鉄条網の手前にある柵にはここを訪れる人々が統一への願いを書き込んだリボンが結びつけられており、風が吹くたびたなびいています。
15.1Km 2024-03-20
カンウォン特別自治道チョルォン郡ソ面ワスロ181ボンギル15
テミョンホテルは鉄原(チョルォン)に所在する観光ホテルで、一般室・特室・スイートルームがあります。客室にはエアコン、テレビ、インターネット、冷蔵庫、洗面用具、ドライヤーを完備しています。無料Wi-Fiの利用とネットフリックスの視聴も可能で、カフェとパブ、ネットカフェなどの付帯施設も整っています。DMZ安保観光地の勝利(スンニ)展望台が近くにあります。
15.6Km 2023-03-07
カンウォン道チョルォン郡チョルォン邑クムガンサンロ265
労働党舎(ノドンダンサ)は1946年に完成した3階建ての建物で、韓国戦争(1950~53年・休戦)が勃発する前まで北韓の労働党舎として利用された建物です。韓国戦争の時に大きな被害を被り、建物全体が黒くなり砲弾や弾丸の痕が建物のいたるところに残っています。このような姿が韓国戦争や韓国分断の現実を思い起こさせることから、有名歌手のミュージックビデオのロケ地や有名な音楽コンサート会場になったこともあります。現在、鉄原労働党舎は鉄原郡の安保観光コースに組み込まれており、数多くの観光客が訪れています。また、2001年2月には近代文化遺産に登録され、韓国政府の支援を受け建物の保存に当たっています。
15.8Km 2025-11-06
カンウォン特別自治道チョルォン郡チョルォン邑クムガンサンロ262
◎ 韓流旅行情報-『ランニングマン』
1930年代の江原道の3大都市で、近代的な施設を備えて繁盛した鉄原邑の市街地を再現した公園。鉄原駅では所伊山に行くモノレールに乗ることができ、所伊山の頂上では広々とした鉄原平野を見下ろすことができる。GO!を選んだユ・ジェソクとチ・ソクジンのように歩いてもよいが、汗をかきたくなければSTOP!モノレールに乗って楽に移動しよう。
17.1Km 2025-02-01
京畿道 漣川郡 新西面 高台山キル4
「新炭里(シンタンニ)駅」は京元線の大光里駅と白馬高地駅との間にある駅で、1913年7月10日から営業を開始しました。1945年から一時、北韓に所属していましたが、1951年に再び韓国側に所属が変更されました。1971年に鉄道中断点の表示板が設置されました。以前は韓国側最北端の終着駅でしたが、2012年11月20日に延長されて白馬高地駅が開通したことから大光里駅と白馬高地駅との間に位置しています。KORAIL首都圏東部本部所属で、京畿道漣川郡新西面高台山キル4(大光里169-2)にあり、近くには高台山があります。
18.9Km 2022-09-15
カンウォン道チョルォン郡トンソン邑チュンガン里588-14
平和(ピョンファ)展望台は近くにある鉄の三角展望台の前に木が生い茂り、機能を果たさなくなったため2007年に竣工されました。江原道鉄原郡中部戦線の非武装地帯や北韓地域を一望できる展望台で、第2トンネルや軍兵舎、検問所を再現した展示物や非武装地帯の写真などを展示しています。また50人乗りの小規模なモノレールが展望台まで敷設してあり、快適に上がることができます。展望台からは10世紀初頭新羅時代末期の後三国時代に弓裔(クンエ)が建国した泰封国(テボンクク)の城跡や鉄原平野が一望でき、双眼鏡で北韓軍の様子もうかがうことができます。
19.0Km 2025-10-23
江原道 鉄原郡 鉄原邑 大馬1キル72
白馬高地戦闘は韓国戦争(朝鮮戦争)中の1952年10月、鉄原郡鉄原邑大馬里3キロメートル北に位置した無名のある小さな高地をめぐって、韓国軍歩兵第9師団と中共軍が争奪戦を繰り広げた末に韓国軍が勝利した戦闘です。1952年10月6日から10日間、海抜わずか395メートルにしかならない高地一つを奪うために韓国軍と敵軍など合わせて約2万人の死者を出し、戦闘期間中に発射された砲弾は敵方5万5千発、 韓国軍側22万発、12回の攻防戦で24回も高地の主が変わりました。死闘によって悽絶に変貌した山がまるで白馬が横になっている姿と似ているとして白馬高地と呼ばれるようになったといいます。