19.1Km 2024-02-15
テジョン広域市テドク区ミホ洞
マルバヤナギ群生地は、大清(テチョン)ダムや錦江(クムガン)ロハス大清公園の近くにあり、錦江本流沿いにマルバヤナギが自生している場所です。写真撮影に適しており、日の出と日の入りの時、太陽の光と水霧が調和して壮観です。湿地で腐敗するヤナギは、夜になると自ら光を発することもあります。
19.3Km 2024-09-26
テジョン広域市トン区/チュンチョンブク道ムニ面
+82-42-251-4748
大田(テジョン)広域市と忠清北道(チュンチョンプクド)清州市(チョンジュシ)・沃川郡(オクチョングン)・報恩郡(ポウングン)にまたがる人造湖・大清湖(テチョンホ)。
大清湖は1975年に着工し、5年後の1980年に完成しました。大田、清州地域の水道をはじめ、工業用水なども供給するこの地域の大切な水がめです。貯水面積は72.8平方キロメートル、ダムの全長は80キロメートル、貯水量15億トンで、韓国で3番目に大きな湖です。
大清湖の周囲には標高200メートルから300メートルの山々や樹木が広がり、ドライブコースとしても有名です。渡り鳥やさまざまな鳥が生息し、夏には上流域で白鷺もよく見かけます。
大清湖の見どころ
展望台に上ると大清湖の周囲の景色が一望できます。1998年にオープンした水広報館は立体映像館や水族館などがある施設です。すぐそばには芝生広場もあります。また周囲には錦江遊園地、長渓観光地(大清ビーチランド)、文義文化財団地などもあり、合わせて観光してみるのもおすすめです。大清湖を車でぐるっと一周すると3時間ほどかかります。
19.3Km 2024-12-24
チュンチョンナム道コンジュ市ペンミゴウルギル5-8
コマナル1999は、公山城(コンサンソン)の近くにある韓国料理店です。コマナル定食の単一メニューで釜飯とゆで肉、味付け豚肩ロースの直火焼き、干しスケトウダラ焼きなどがテーブルいっぱい並びます。粘り気のある公州(コンジュ)米のツヤツヤのご飯と智異山(チリサン)から仕入れた包み野菜でヘルシーなお食事が楽しめます。韓国人にとって主食の美味しいご飯と自然豊かな智異山で採れた野菜が並ぶと、非常に特別感のあるお食事になります。
19.4Km 2025-09-16
チュンチョンナムド道コンジュ市クンビョクロ368
ミル島(ミルソム)ではコスモス、ピンクミューリー(ミューレンベルギア)、ホウキギ、チカラシバなど、さまざまな美しい草花を見ることができます。一番人気はピンクミュリーで、錦江周辺に沿って設けられたピンクミュリーの道があり、フォトスポットとして人気です。
19.9Km 2024-02-15
テジョン広域市テドク区テチョンロ607
錦江ロハス大清公園は、錦江・大清(クムガン・テチョン)ダムの近くに造成された公園で、大清湖(テチョンホ)と錦江(クムガン)に面しており、水辺にはボードウォークが設置され、白鷺などの鳥類やマルバヤナギ群生地などが観察できます。大清文化展示館、芝生広場、岩石植物園、メタセコイア林の憩いの場や幼児向け森林体験園もあります。
20.0Km 2025-01-06
チュンチョンナム道ノンサン市ヨンサン面イム3ギル26-14
* 金長生を祀る書院、遯岩書院
遯岩書院(トナムソウォン)は、朝鮮時代の仁祖12(1634)年、現在建てられている場所から1.5キロメートル離れた里山に建てられました。
遯岩書院は 顕宗(ヒョンジョン)元(1660)年、王から扁額を下賜を受け、賜額書院となりました。しかし、立地している場所が低地にあり洪水になると水が庭まであふれてくることから、高宗17(1880)年、現在の場所である林里(イムニ)74番地(書院村)へ移築されました。
また遯岩書院は 高宗3(1865)年に行われた書院撤廃令の対象からも外れるほどの書院でした。3間の幅がある高柱の大門・入徳門(イットッムン)を入ると、正面に養性堂(ヤンソンダン)、左手に凝道堂(ウンドダン)があり、養性堂の裏手には祠宇(祠堂)があり、この他敷地内には蔵板閣(チャンパンガク)、静会堂(チョンフェダン)、山仰楼(サンアンヌ)の建物があります。
遯岩書院では地元の儒林らが毎年陰暦2月と8月中旬ごろの中丁の日に祭祀を執り行っています。
祠堂の建物の前面には1間分の広さを確保し建物の内部に食い込むような形で作られた玄関口のようなスペース・前退(チョンテ)があり、床材には瓦のように焼いた瓦板が使われています。祠堂の建物内部は井桁に組んだ板の間となっています。正面の柱の間には四枚で構成された引き戸がつけられており、建物両脇と後方の壁は漆喰壁となっています。
軒の端の重さを支えるため柱の上部に取り付ける木組・栱包(コンポ)は、二翼工外出目と呼ばれる木組の工法と同様の手法で組まれています。柱と梁が交わる隅の部分に取り付ける梁奉(ヤンボン)は伝統的な姿となっており、 柱の上部を左右につなげる木材・昌坊(チャンバン)の上に設けられた華盤型の草刻盤は柱の間に1つずつあります。
屋根の架構は退高柱を立て、退梁と大梁を掛けわたす木材は海老のように曲がったものを使います。大梁の上に一種の包台工を取り付け、退高柱とともに宗梁を支え、そのさらに上の宗梁に波蓮台工を置き、建物最上部にある上梁を支えます。
祠宇(サウ=祠堂)には朝鮮時代中期の思想家・金長生(キム・チャンソン)を主享とし同時期の文臣3人、金集(キム・チプ)、宋浚吉(ソン・ジュンギル)、宋時烈(ソン・シヨル) 先生の合わせて4人のみを文廟に祀る他ではあまり見受けられない昔の賢人を祀る先正書院です。
遯岩書院の碑文によれば、部屋、板の間、縁側、 行廊がある凝道堂があったといい、凝道堂の左手に居敬斎(コギョンジェ)、右手に精斎(チョンイジェ)がありましたが、建設当時の原型のままで残っておらず、当時どのような建物であったのか察することができないのが残念な点です。
* 遯岩書院の意義と評価
光山金氏は連山地域で代々暮らし、多くの人材を輩出してきた湖西(ホソ)地方の名門士族の一族です。
このような理由から遯岩書院は西人-老論系を代表する書院で、1871年書院毀撤令の際にも潰されず残され、今日に至っています。特に金長生が他界した後、弟子や文人らが作った遯岩書院冊版などさまざまな資料が残されています。
このように遯岩書院は、湖西(ホソ)地方(現在の忠清道)をはじめ畿湖(キホ)地域(現在の京畿道・黄海道南部・忠清南道北部)で尊崇される書院として、金長生を祀る書院の中で最も重みがあり影響力のある書院として知られています。
現在に至るまで良い状態で保存・管理がされ、地元の歴史を研究する郷土史料としても保存的価値が高い書院となっています。
加えて、湖西地方の人々の動向を研究する上で素晴らしい史料でもあり、また当時の実力者・金長生の影響力を知ることができるのもこの遯岩書院です。
* 所有 - 光山金氏宗中