涵虚洞天キャンプ場(함허동천야영장) - エリア情報 - 韓国旅行情報

涵虚洞天キャンプ場(함허동천야영장)

12.1 Km    124030     2024-02-15

インチョン広域市カンファ郡ファド面ヘアンナムロ1196ボンギル13

涵虚洞天(ハムホドンチョン)キャンプ場は、1987年にオープンした江華島(カンファド)摩尼山(マニサン)の北麓の渓谷である涵虚洞天のキャンプ場です。鬱蒼とした森に囲まれており、景観が美しく、夏の避暑地として広く知られています。電気が使える第1キャンプ場は、インターネットによる予約制で運営されており、第2~第4キャンプ場は予約なしで当日先着順で利用できます。

喬桐島大龍市場(교동도 대룡시장)

喬桐島大龍市場(교동도 대룡시장)

12.2 Km    4508     2023-11-06

インチョン広域市カンファ郡キョドン面キョドンナムロ35

大龍市場(テリョンシジャン)は、韓国戦争時に黄海道(ファンヘド)延白郡(ヨンベックン)から喬桐島(キョドンド)へと一時避難してきた住民たちが、漢江(ハンガン)河口が分断線となり故郷に帰ることができなくなったため、生計を営む目的で故郷の延白市場を再現した路地市場です。50年以上に渡り喬桐島における経済発展の中心地だったものの、今は市場を整備した失郷民のお年寄りがほとんど亡くなり人口が急激に減少したことで市場の規模が大きく縮小しました。2014年7月の喬桐大橋開通以降は、1960年代の映画セットのような雰囲気がある大龍市場をカメラに収めようと多くの観光客が訪れるスポットとなっています。
また喬桐ギガアイランド(別名「喬桐燕の巣(キョドン・ジェビジプ)」)を運営し、観光客向けにIT基盤の観光案内はもちろん、自転車やスマートウォッチのレンタルサービスを展開したり、「VR動画体験」「喬桐新聞作り」といった多様な体験プログラムを用意しています。

喬桐島(江華)(교동도(강화))

12.2 Km    51750     2021-06-15

仁川広域市 江華郡 喬桐面 喬桐南路 35

喬桐島(キョドンド)は江華郡の北西側に位置する島で、2014年7月に喬桐大橋が開通し、便利に行き来できるようになりました。高句麗時代には高木根県と呼ばれていたところで、新羅時代の景徳王のときに喬桐に改称されました。高麗時代には碧瀾渡(黄海道の礼成江下流にあった高麗時代の国際貿易港)に行く中国の使臣が滞在し、国際交易の経由地となっていたところです。

江華 伝灯寺(강화 전등사)

江華 伝灯寺(강화 전등사)

12.2 Km    22308     2023-01-12

仁川広域市 江華郡 吉祥面 伝灯寺路37-41

「伝灯寺(チョンドゥンサ)」は、江華島の南側、鼎足山に位置する千年古刹です。高句麗の阿道和尚が建てたと伝えられており、高麗の忠烈王の貞和王妃が仏殿に玉灯を献納して以来、伝灯寺と呼ぶようになりました。
伝灯寺は大雄殿(宝物)と薬師殿(宝物)をはじめとし、見どころの多い寺です。特に、大雄殿には他の寺では見られない珍しい彫刻があります。軒下の裸体女人像と柱の上の人物彫刻がそうです。この人物彫刻には伝説があります。昔、大雄殿を建てる時に棟梁がふもと町の酒場の女性に心を奪われ、稼いだ金を女性に全部やったのに逃げられました。それで棟梁は病気になり、その仕返しに女性の裸の姿を徹夜で彫って、重い軒を支えさせたということです。
もう一つの見どころである薬師殿は、建物の中の彫刻が美しいことで有名です。天井は井の字型に設計し、その周りは豪華な彫刻と彩色を加え、蓮の花や飛天などが彫られています。寺の庭には中国、宋の国の梵鐘があります。全体の高さ1.6メートル、口径1メートルほどのこぢんまりした鐘です。
伝灯寺は境内だけでなく、周囲の景観が美しいことで有名です。特に海が見下ろせる伝灯寺での朝夕の景色はたいへん壮観で、ここからの日の出は全国的に有名です。

一味山荘炭火チャンオ(일미산장숯불장어)

一味山荘炭火チャンオ(일미산장숯불장어)

12.5 Km    18014     2021-06-23

仁川広域市 江華郡 仙源面 ドリミキル2

江華海岸道路にある「一味山荘(イルミサンジャン)」は、1997年に開業したウナギ(チャンオ)料理専門店です。
ウナギ焼きは、塩焼きとタレ焼きの2種類あり、それぞれ独特な風味を堪能できます。食後に出されるお粥はウナギの骨をすりつぶした物が入っており、香ばしく、消化が早いとされ、人気を集めています。

江華花紋席文化館(강화화문석문화관)

江華花紋席文化館(강화화문석문화관)

12.7 Km    20656     2021-09-10

仁川広域市 江華郡 松海面 長井陽五キル413
+82-32-930-7060

全国で唯一の莞草(ワンゴル)工芸品である花紋席は高麗時代から受け継がれてきた生活文化遺産で、江華郡だけで生産される自慢の民族文化遺産です。江華郡ではこのような民族文化遺産の継承と発展のために花紋席の発祥地である松海面陽五里に花紋席文化館を作りました。
花紋席文化館には、花紋席はもちろん莞草工芸品の過去と現在、そして未来の多様な莞草工芸品の変遷過程が一目で分かる常設展示館があります。

ウォンドゥマクガーデン(원두막가든)

12.8 Km    18389     2024-02-27

インチョン広域市カンファ郡キルサン面チョンドゥンサロ60

1990年創業のウォンドゥマクガーデンは、江華島(カンファド)の郷土料理を受け継ぐお店です。看板メニューはアミの塩辛入りカルビの寄せ鍋と釜飯で、アミの塩辛入りカルビの寄せ鍋は豚カルビ、豚骨、野菜、アミの塩辛を入れて煮込んだ料理です。辛くなくすっきりとした味のスープが人気を秘密だそうです。

甲串墩台(갑곶돈대)

甲串墩台(갑곶돈대)

13.1 Km    22316     2021-02-18

仁川広域市 江華郡 江華邑 海岸東路1366番キル18
+82-32-930-7077

「甲串墩台(カプコットンデ)」は1232年から1270年まで都を江華島に移し、蒙古との戦争で江華海峡を守っていた重要な要塞です。大砲8台が設置された砲台で、墩台は小さな規模の堡塁を作り、大砲を設置し守っていた所です。
甲串墩台は1232年から1270年の間に都を江華島に移した後、1644年に設置された済物鎮(甲串鎮)に所属する墩台で、1679年に造られました。1866年9月、丙寅洋擾(1866年にフランス艦隊が江華島を侵略した事件)の時フランス極東艦隊が、600名の兵力を引き連れ、江華山城、文殊山城などを占領しました。同年10月にフランス軍は梁憲洙(ヤン・ホンス)將軍の部隊に撃退されました。1977年、補修・復元が行われ、現在の墩台の中に展示されている大砲は朝鮮時代のもので、海から攻めてくる外敵の船舶を砲撃していたものです。

江華西島中央教会(강화 서도 중앙교회)

13.3 Km    29185     2020-06-16

仁川広域市 江華郡 西島面 注文島キル 256-1
+82-32-760-6474

江華島(カンファド)は、朝鮮時代末期に入り、外国勢力による度重なる侵略を受けた島。
1866年・高宗(コジョン)3年には、丙寅洋擾(ピョンインヤンヨ)が起き、フランス艦隊が鼎足山城(チョンジョクサンソン)の戦闘で破れ撤退するまでの1か月間ほど江華島に駐屯し、1871年の辛未洋擾(シンミヤンヨ)の際には、アメリカ艦隊が江華島にある草芝鎮(チョジジン)、徳津鎮(トクチンジン)や広城堡(クァンソンボ)を次々に陥落させました。
このように江華島は19世紀末、韓国が欧米各国に門戸を開く時期、その最前線にあった場所で、それゆえに西洋人宣教師の活動も活発に行われていました。
そんな宣教師の手により自ら建築したり、宣教師の影響により当時、教会・聖堂がいくつか建てられましたが、江華島には現在でも、1900年に建てられた聖公会江華聖堂、1906年に建てられた江華温水里(オンスリ)聖公会教会、そして西島(ソド)中央教会の三つの建物が残っています。
中でも西島中央教会は1923年2月に信者らが教会を建てるために献金を行い建築を開始した建物で、翌1924年7月、韓屋造りの礼拝堂が完成しました。
1978年には注文(チュムン)教会から西島教会と名称を変更し、現在では大韓基督教監理会所属の教会となっています。
西島教会の建物は優れた建築技術、高い美的価値を持つ建物ではありませんが、韓国の伝統的な木造建築物の構造様式を生かした教会を建てたという意味で大きな意義がある建物となっています。

江華 東幕海岸(강화 동막해변)

14.0 Km    119440     2023-01-12

仁川広域市 江華郡 華道面 海岸南路1481

江華島南方の華道面長花里から東幕里に続く海岸道路からの日没が最高であると言われています。道路沿いや近隣の飲食店の駐車場に車を停めて日没を鑑賞でき、 分五里墩台からも見ることができます。席毛島からはミンモル海岸やチャングノモ浦口が日没鑑賞スポットです。弓のように曲がった海岸は潮が引くと干潟が姿を現し、貝や蟹などの様々な生き物などを捕まえる干潟体験も楽しめます。