6.5Km 2024-04-07
チョンブク特別自治道 茂朱郡 雪川面 白蓮寺キル580
+82-63-322-3395
徳裕山中心部の九千洞渓谷上流にある白蓮寺(ペンニョンサ)は、新羅の神文王の時に白蓮禪師が隠居していた場所に白い蓮の花が咲いたことから建てられたと伝えられおり、茂朱九千洞にあった14の寺院のうち唯一残っているものです。白蓮寺の入口にあるアーチ型の白蓮橋を渡り一柱門を通ると石の階段があり、その階段の上に大雄殿の建物が建っています。その他の文化財では、梅月堂浮屠と静観堂浮屠、高麗時代に作られたとされる三尊石仏が有名です。
6.5Km 2024-04-08
チョンブク特別自治道ムジュ郡ソルチョン面ペンニョンサギル580
茂朱(ムジュ)九千(クチョン)洞33景とは、石帽山(ソンモサン)羅済通門から德裕山(トギュサン)白蓮寺(ペンニョンサ)まで続く区間に点在する景勝地33ヶ所を意味します。奇岩怪石や希少野生動植物が生息する原始林を見ることができます。第1景の羅済通門から第14景の水鏡台(スギョンデ)まではドライブコースとして、第15景の月下灘(ウォルハタン)から第33景の香積峰(ヒャンジョクポン)まではトレッキングコースとしておすすめです。
6.9Km 2024-04-08
チョンブク特別自治道ムジュ郡ソルチョン面マンソンロ185
茂朱(ムジュ)徳裕山(トギュサン)リゾートは、韓国の国立公園内にある代表的な山岳型リゾートです。自然との調和を基本コンセプトに、自然と人、芸術と健康、それぞれのバランスがとれた環境を目指したリゾート作りを目指しています。茂朱徳裕山リゾートは、九千洞(クチョンドン)渓谷で有名な徳裕山の山麓およそ702ヘクタール(約212万3千坪)の広大な敷地にさまざまな施設がある一大リゾートです。
6.9Km 2025-03-16
チョンブク特別自治道 茂朱郡 雪川面 満仙路 185
ソルマウル(松の村)とコッマウル(花の村)からなる茂朱(ムジュ)徳裕山(トギュサン)リゾート家族ホテルは、外装、内装全て木材と自然の色彩でデザインされたホテルで、山岳地帯にふさわしくオーストリア・アルプス風の造りが特徴です。
コッマウルはチンダルレ(カラムラサキツツジ)棟、ミンドゥルレ(タンポポ)棟、コスモス棟など建物の名前に花の名前が付けられています。この地域は自然環境にやさしく、「自生花の天国」とも呼ばれており、建物と建物の間の道には自生花が咲く光景を見ることができます。
7.5Km 2024-04-07
チョンブク特別自治道 茂朱郡 雪川面 万善路185
1997年1月にオープンした「ホテルチロル(HOTEL TIROL)」は、オーストリア西部にある典型的なリゾートホテルを基本コンセプトとしています。大自然と調和したアルプス風の山岳レジャーホテルです。
7.8Km 2024-04-08
チョンブク特別自治道ムジュ郡アンソン面トクサン里サン1
標高1,614メートルの香積峰(ヒャンジョクポン)は、徳裕山(トギュサン)の最高峰で、 一年中登山が楽しめますが、特に冬の景色が美しく、雪花が見られる登山コースとして広く知られています。近くの茂朱(ムジュ)リゾートからゴンドラに乗って雪天峰(ソルチョンボン)に登り、雪天峰から約20分歩くと、香積峰の頂上に到着します。初心者でも無理なく登って徳裕山(トギュサン)の幻想的な景色を堪能することができるので、人気の高いコースです。
8.2Km 2024-12-12
キョンサンナム道コチャン郡プクサン面ソジョン里
1975年に国立公園に指定された「徳裕山(トギュサン)国立公園/1,614メートル)」は全羅北道、慶尚南道の2道4郡に渡る広大な公園です。1,614メートルの北徳裕山のヒャンジョク峰から1,507メートルの南徳裕山に至る稜線はその長さが17.5キロメートルに達し、高度もまた1,200メートル以上ある他、標高1,330メートル以上の峰が5つ、大きな渓谷も8つあり、巨大な規模となっています。
徳裕山のすばらしい自然景観や寺院や文化遺産、スキー場などに加え、韓国の10大観光エリアの一つとされる茂朱九千洞(ムジュクチョンドン)は羅済通門から白蓮寺に至る25キロメートルの渓谷一帯を指し、特に九天洞33景が有名です。また、標高900メートルの高地に位置する白蓮寺は九天洞渓谷のただ一つの寺刹で、高麗時代に製作されたという三尊石仏が有名な他、壬辰倭乱(文禄の役)を前後して歴代の高僧を数多く輩出した寺としても知られています。
四季折々の美しさを誇る徳裕山には約600種の動物と約250種の植物群が分布しており、珍しい朱木(アララギ)の木が群れをなす独特の景色を楽しむこともできます。
10.1Km 2024-04-07
チョンブク特別自治道 茂朱郡 雪川面
茂朱雪川面にある羅済通門は、三国時代、新羅と百済が国境をなしていた場所で、雪川面の新斗村と雪川里の伊南村の境界をなす石絹山にある岩の洞窟です。高さ3メートル、長さ10メートルほどの大きさ。
三国時代には石絹山岩尾根を境に東側は、新羅の地、西側の雪川、赤裳面、茂朱邑などは、百済の地でした。このように三国時代から高麗までの間、風習や文化の全く異なる地域であっただけに、今でも言語や風習などの特色を大事にしており、雪川市日に行くと、方言だけで茂朱と茂豊の人を区別できるほどです。
10.3Km 2024-04-08
チョンブク特別自治道ムジュ郡イナム3ギル5
徳川書院は燕山君の時代に戊午士禍(政治的迫害事件)で犠牲になった金馹孫を主壁(祠堂や書院に祭った神主の中で主になる神主)とし、金馹孫の子孫である金致三、金ヒョンが祭られています。金宗直の弟子である金馹孫は師匠に似て正直な性格でした。
1498年に高宗実録を編纂した時、師匠の金宗直が書いた弔義帝文の史草に載せたことが燕山君に知られ死刑になりました。中宗反正(燕山君を廃位して中宗を新しい王に擁立した事件)以降、都承旨に追贈され文愍の忌み名がつけられました。
徳川書院は本来1919年雪川面斗吉里クサンマウル前の山の上に建てられました。1982年に雪川面所川里イナムマウルに移り、1993年に現在の位置に移され徳川書院となりました。境内には徳川祠という祠堂と公徳碑が建てられました。
11.6Km 2024-04-07
チョンブク特別自治道 茂朱郡 赤裳面 槐木里
+82-63-322-4174
韓国百景のひとつに数えられる赤裳山(チョクサンサン)は、四方が屏風のような岩に囲まれ、また、その絶壁には紅葉の木が多く、秋になるとまるで山全体が赤いスカートを履いているような風景となることから赤裳山と呼ばれるようになりました。
この赤裳山の山頂・標高1,030.6メートルの最高峰を基点に香炉峰(ヒャンノボン=1,029メートル)への稜線が続き、天一瀑布(チョニルポッポ)、松台瀑布(ソンデポッポ)、将刀岩(チャンドパウィ)、将軍岩(チャングンパウィ)、按廉台(アルリョムデ)など、数多くの観光スポットがあります。
また、1374年に高麗時代の名将・崔瑩(チェ・ヨン)将軍が耽羅(タムナ=現在の済州島)を討伐し、帰京の際にここを訪れ、山の形が要塞を築くのに向いていると考え、王に築城を進言したという言い伝えがあります。
1614年には赤裳山史庫が作られ、朝鮮王朝実録を保管しました。また、1227年に月印和尚(ウォリンファサン)が創建したと伝えられる安国寺(アングクサ)もあります。
赤裳山は登山だけでなく車でも山に登ることができます。茂朱(ムジュ)揚水発電所が建設された際、頂上まで結ぶ15キロメートルの進入道路が開通し、現在では観光客が山頂湖や安国寺入口までこの道を使って行くことができるようになりました。
* 按廉台(アルリョムデ)
赤裳山の頂上の南側には険しい岩が幾重にも重なっている絶壁があり、その上に按廉台があります。按廉台は四方が断崖絶壁となっており、人々は肝をひやしながら登ります。高麗時代には契丹の侵入があった時、この地方を治めていた長官・三道按廉使が兵士を率いてこの場所に入り、陣を張り難を逃れた場所ということで按廉台と名付けられました。
* 将刀岩(チャンドパウィ=将刀岩)
赤裳山城の西門のそばに天を突くかのように立っている将刀岩。高麗時代末期、名将・崔瑩将軍が赤裳山に上って行く途中、絶壁で道が塞がり、持っていた刀を振り下ろして道を開き、山頂に登ったという伝説が残っています。