4.1Km 2024-11-11
キョンギ道パジュ市ムンサン邑イムジンガクロ177
+82-31-940-5281
坡州長湍豆祭りは京畿道(キョンギド)坡州(パジュ)市の臨津閣(イムジンガク)で開かれます。坡州付近の軍事境界線をはさんで南北に広がっていた長湍郡(チャンダングン)で栽培されていた大豆ということで長湍豆(チャンダンコン)という名前がつきました。地域特産物の消費促進及び地域経済活性化を図るために、1997年から毎年11月の豆の収穫時期に合わせて開催されています。
4.1Km 2025-04-02
キョンギ道パジュ市ムンサン邑イムジンガクロ177
臨津閣(イムジンガク)は韓国戦争の悲劇が残る場所です。戦争の痕跡を見学し、平和の大切さを学ぶことができます。多くの戦争遺物が散在しており、青い芝生が広がる平和ヌリ公園や展示館もあり、多くの観光客が訪れています。
臨津閣一帯は韓国戦争で激戦地となったところです。戦争が始まったころに爆破され、現在まで残っている「臨津江鉄橋」や、共産軍の捕虜となっていた韓国軍と国連軍が自由を求めて渡った「自由の橋」があります。北韓失郷民のために臨津閣が建てられ、臨津閣観光地に指定されました。現在は平和ヌリ、臨津閣平和ゴンドラ、6.25戦争拉北者記念館、遊園地などの新しい施設ができ、大規模な観光スポットとなりました。
戦争遺物
1.臨津閣
2.望拝壇
3.自由の橋
4.京義線チャンダン駅の蒸気機関車
5.参戦記念碑・追慕碑
4.1Km 2024-02-29
キョンギ道パジュ市チャンダン面チェサムタンクルロ310
都羅(トラ)展望台は、板門店(パンムンジョム)から一番近いDMZ展望台です。板門店の他にもDMZ内に位置している台城洞(テソンドン)村、北韓の山と農地、高麗王朝(918~1392)の都だった開城(ケソン)市などが見渡せます。個別観光は許されず、DMZ平和観光を経由してのみ行けるようになっていますが、事前予約した場合のみ臨津閣(イムジンガク)から出発します。パスポート、外国人登録証などの身分証明書を持参しなければなりません。
4.2Km 2025-04-23
キョンギ道パジュ市ムンサン邑イムジンガクロ115
「臨津江(イムジンガン)駅」は南北鉄道連結事業における最初の駅として2001年9月30日に営業を開始しました。臨津閣国民観光地付近にあります。
4.7Km 2024-02-29
キョンギ道パジュ市チャンダン面ノサン里556
都羅山(トラサン)駅は、韓国の鉄道駅のうち北韓に最も近い駅です。元々ここにはソウルから中国、欧州をつなぐ鉄路がありましたが、韓国戦争(1950~1953)時に破壊されました。その後、2002年に再び鉄路と駅を整備して北韓とつなぐ準備をしました。ソウルからは55キロ、平壌からは205キロ離れているここを訪問する際は、パスポートまたは外国人登録証を持参しなければなりません。
6.5Km 2024-02-27
京畿道 坡州市 汶山邑 伴鴎亭路85番キル13
伴鴎亭(パングジョン)ナルトチプは古めかしい韓屋の、長い歴史を誇るウナギ焼きの老舗です。ウナギは韓国人のスタミナ食て、塩焼きにするか甘い醤油ソースをかけて焼いて食べます。肉たっぷりのウナギは炭焼きで、表面はサクサクして中は柔らかいです。火の味がするウナギ焼きと澄んだ豆もやしククがあるおかずのバランスが良く、仕上げですいとん入りのピリ辛ナマズの辛味スープも格別です。
6.6Km 2024-03-22
キョンギ道パジュ市ムンサン邑パングジョンロ85ボンギル3
伴鴎亭(パングジョン)は、高麗末期と朝鮮初期の文官である黄喜(ファン・ヒ)が領議政(朝鮮時代の最高官職)から辞退し、晩年を過ごした場所で、臨津江(イムジンガン)の下流に建てられた亭です。黄喜先生遺跡地には、黄喜の死後、その死を追悼するために建てられた影堂(ヨンダン)と黄喜の業績についての資料がある景慕斎(キョンモジェ)などがあります。
7.1Km 2020-02-20
京畿道 坡州市 坡平面 花石亭路152-72
+82-31-952-9233
花石亭は元々高麗末の儒学者であった吉再が、官職をやめて郷里に帰り後学を養成した所でしたが彼の死後、彼を追慕する意味を込めて建てられた書院です。その後、手付かずのまま一時廃墟になりましたが康平公 李明晨が世宗25年(1443年)に東屋を建て、1478年に李宜碩が修理し李叔咸が花石亭と命名した由緒正しい場所と言われています。花石亭の周辺にはケヤキの木が鬱蒼と生え、その下を流れる臨津江には朝夕船が通ったり、夜には漁業する灯火が美しかったと言われていますが、現在は臨津江に鉄格子があるため遮っており、今も残るケヤキだけが当時の様子を寂しげに物語っています。