1.8Km 2024-02-23
キョンサンブク道キョンジュ市キェリムロ60
淑英(スギョン)食堂は、慶州大陵苑(キョンジュ・テルンウォン)の近くにある韓国料理店です。古民家をリノベーションした食堂で、黄土色の外壁と素朴な建物がレトロな雰囲気を醸し出しています。看板メニューはもち麦ご飯定食。テンジャンチゲが一緒に提供され、カンテンジャンとコチュジャンを好みで混ぜて食べます。その他、秘伝のレシピで作ったねぎのチヂミ、蔓人参の和え物も人気のメニューです。
1.8Km 2025-03-12
キョンサンブク道キョンジュ市テジョンロ783
慶州(キョンジュ)皇南(ファンナム)パンは、1939年に慶州皇南洞で創業したため顧客から皇南パンと呼ばれていたのが、そのまま公式名称となりました。皇南パン創業者の故チェ・ヨンファ氏は慶州崔氏の子孫で、21歳の時に大変な努力の末に皇南パンを一人で作り上げました。昔から家で小豆をつかって餅とパンをこしらえていたものを発展させて考案したもので、創業以来こだわりの小豆餡の味を守っています。
1.8Km 2025-05-27
キョンサンブク道キョンジュ市キョチョンアンギル27-20
慶州郷校(キョンジュヒャンギョ)は、創建年未詳となっていますが、高麗時代に儒学の先賢・賢儒の位牌を祀り、地元の中等教育や地方に住む人々の教化を図る目的で創建されました。新羅時代の神文王(シンムナン)2(682)年に、教育と儀礼を司る礼部(イェブ)に属する教育機関・国学が設置された場所と言われています。その後朝鮮時代に入り、慶州郷校は、1492(成宗23)年慶州を治めていた官庁の長・慶州府尹(キョンジュブユン)の崔応賢(チェ・ウンヒョン)が重修を行いました。しかし、壬辰倭乱(日本で言う「文禄・慶長の役」)の際、位牌を安置する大成殿(テソンジョン)が焼失、中にあった位牌を道徳山(トドクサン)斗徳庵(トゥドガム)に一旦移し、1600(宣祖33)年になり当時の慶州府尹・李時発(イ・シバル)が大成殿と典祀庁(チョンサチョン)を重建し、位牌を元に戻したといいます。1614(光海君6)年には府尹の李安訥(イ・アンヌル)が明倫堂(ミョンニュンダン)の重修を行い、また同時に建物の東西に対称になるよう両廡を重建、続いて1668(顕宗9)年には補修も行いました。
慶州郷校は慶尚北道(キョンサンプクド)有形文化遺産に指定されており、現存する建物としては、大成殿・明倫堂・東廡・西廡・典祀庁・内神門(ネシンムン)などがあります。正面3間、側面3間の切妻屋根となっている大成殿には儒教の五聖、宋朝二賢、韓国の十八賢の位牌が祀られています。
書院が私立学校ならば郷校は公立学校に該当します。現在は教育的機能はなくなり毎年春・秋の伝統的儒教祭礼儀式である釈奠大祭(ソクチョンデジェ)を行っています。また、慶州郷校では国弓、餅つき、茶道などの伝統文化体験と毎年4月から10月まで明倫堂で伝統婚礼を無料で体験する試演婚プログラムを運営しています。
1.8Km 2025-10-27
キョンサンブク道キョンジュ市キェリムロ101 1階
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1.9Km 2024-08-01
キョンサンブクト キョンジュシ ポソクロ1050(チョノシブ)ボンギル 48
+82-10-2237-6560
慶州の瞻星台の横道にある「小説斉」は、伝統韓屋の趣と現代式の施設を組み合わせた韓屋ステイであります。部屋ごとにトイレ及びバスルームと冷暖房設備を備え、利便性を高めました。11の平屋客室と一軒家の客室を備えています。入口では小説斉カフェを運営しています。慶州駅と慶州高速バスターミナルから近くて移動が便利で、瞻星台と大陵苑、皇龍寺址などの観光地とも遠くないです。
1.9Km 2025-10-28
キョンサンホク道 キョンジュ市 ファランロ 114
1.9Km 2025-09-02
キョンサンブク道キョンジュ市キョチョンアンギル19-4
新羅・武烈王の娘・瑤石姫が暮らしていた宮廷跡に、朝鮮時代、慶州の「崔富者」が門を構えたのが、瑶石宮(ヨソックン)です。また、日帝強占期に国を奪われ、鬱憤を慰めあった多くの独立運動家たちが隠れ住んだ場所でもあります。「崔富者」家門の兄弟は、独立運動の先頭に立ち、独立のために資金を援助し、解放後は全ての財産を社会へ還元した事で全国民から尊敬されました。当時、「崔富者」宅を訪れた客人たちが「崔富者」家の伝統家庭料理の素晴らしさを伝え広め、現在も世界各国の大使や歴代大統領、各界の著名人がこの名家に伝わる伝統の家庭料理を堪能するため、瑶石宮を訪れます。