3.6Km 2025-05-19
キョンギ道ヤンピョン郡ヤンソ面ヤンス里1060
+82-31-775-3110
常設運営の両水里(ヤンスリ)伝統市場と毎月1、6日に開かれる両水里伝統5日市に分けられます。常設で開かれる両水里伝統市場は規模が非常に小さく、両水里伝統5日市も他の五日市に比べると大きくありません。首都圏隣接地域でアクセスが良く、また風景が美しいトゥムルモリや洗美苑が近くにあるため外出がてら見て回るのに良い市場です。「雲吉山駅」と「両水駅」の間に位置する両水里伝統市場は、入口に広い駐車場とタクシー乗り場があり、市のたつ日には伝統市場の向かい側にある公営駐車場を無料で利用可能です。
3.7Km 2024-02-23
キョンギ道ヤンピョン郡ヤンソ面ヤンスロ152ボンギル32-1
カフェリノは、北漢江(プカンガン)が一目で見下ろせるカフェです。毎日手作りのベーカリーと多様なドリンクが楽しめます。ヨモギラテや慶山ナツメ茶などの韓国的なドリンクが看板メニューです。カフェは川辺の散歩道につながり、毎日深夜の2時まで営業するので刻々変化する北漢江の多彩な景色が観賞できます。
4.7Km 2023-07-27
キョンギ道ナミャンジュ市チョアン面プクハンガンロ398
南楊州「水の庭園」は国土交通部が2012年漢江再生事業で造成した面積484,188平方メートルの広大な水辺生態公園です。近隣住民にとって水の庭園は散策路やサイクリングロード沿いでジョギングやサイクリングを楽しむために訪れる町の公園ですが、地域外に住む人にとってはデートスポットであり観光地でもあります。水の庭園は自然とコミュニケーションし心と体を浄化・治癒する自然にやさしい休息空間です。水の庭園のシンボルであるペンナドゥリ橋を渡ると川辺の散策路沿いに花畑があり、5月にはケシ、9月にはキバナコスモスを満喫できます。
5.8Km 2022-06-20
京畿道 南楊州市 鳥安面 雲吉山路316
金胄弼(キム・ジュピル)博士は世界中を回ってクモを採集し、研究を通じて数多くの文献・標本などを収集しました。これを展示してクモの生態などを広く伝えるため1985年9月1日に韓国クモ研究所を設立し、特に未来の主役である子どもたちに基礎科学の大切さを教え、生物と実際にふれあう機会などを提供しています。
6.1Km 2024-09-04
キョンギ道ナミャンジュ市チョアン面プクハンガンロ433ボンギル186
+82-31-576-8411
雲吉山の素晴らしい風景を感じされるところ、水鐘寺
水鐘寺(スジョンサ)は京畿道(キョンギド)南楊州市(ナミャンジュシ)鳥安面(チョアンミョン)松村里(ソンチョルリ)の雲吉山(ウンギルサン)山頂近くにある奉先寺(ポンソンサ)の末寺です。
広州山脈(クァンジュサンメク)が南西に走り、縁起のよい気運が漂う雲吉山は雄壮さはないものの奥深さがある名山です。
特に水鐘寺から眺める風景は素晴らしく、さまざまな山の頂が聳え、漢江(ハンガン)本流へと流れていくすこし手前の北漢江(プッカンガン)の水の流れがまた素晴らしい風景となっているところです。
水鐘寺の創建の年代は定かではありませんが、19世紀末に各地方の寺院の沿革などをまとめ記録した書・梵宇攷 (ポンウゴ)によると、世祖がこの寺を行幸した際、地面を掘り泉を探しあて、そして鐘も発見したということから水鐘寺という名称になったという言い伝えがあります(後述の通り、寺の命名には諸説あります)。
また、1939年、寺にある石造浮屠を重修する際、1439(世宗21)年に建立された浮屠と確認されたことから、水鐘寺は朝鮮時代初期に創建されたものと推定されています。
水鐘寺は長い歳月を経て重創を繰り返しましたが、時の経過とともに本堂に当たる大雄殿や僧侶が住む寮舎(ヨサ)チェが朽ち果て、仏像もまた惨憺なものとなってしまいました。
1890(高宗27)年になり、楓溪慧一(プンゲヘイル)和尚が朝鮮王朝第26代の王・高宗(コジョン)より内幣金8000両を賜り3月27日より重創を開始、6月28日に修復を終えました。
翌年3月にはさらに4000両を下賜され、仏像4尊と幀画3軸を新たに奉安し、大法殿・羅漢殿・御香閣、そして山王閣に韓国伝統の木造建築にさまざまな彩色・模様をつける丹青(タンチョン)を施しました。
1939年には住持(住職)であった日照泰旭が大雄殿・禅楼を、1940年には霊山殿・独聖閣・山神閣・御影閣などを重建しましたが、韓国戦争(1950~53年・休戦)の時にすべて焼失してしまいました。
1975年には僧侶・慧光によって大雄宝殿を復元し、寺の規模を拡大、1999年住持の東山が選仏場や三鼎軒を重創し、今日に至っています。
1972年には八角五層石塔が、1995年には浮屠がそれぞれ京畿道有形文化財に指定され保存されています。
水鐘寺の伝説
水鐘寺にはこんな伝説がいまに伝えられています。
朝鮮時代の王・世祖が金剛山を遊覧し帰る道すがら、龍船に乗って両水湾(現在の漢江にある両水里(ヤンスリ))で一晩を過ごしていると、真夜中に忽然とどこからか、かすかな鐘の音が聞こえてきました。
次の日、人を遣わしその音がどこから聞こえてきたのか探って見ると、そこには岩窟があり、中には十八羅漢像がありました。
鐘の音は岩窟に水滴が落ちて響く音で、清らかで澄んだ音だったといいます。
世祖は何かふしぎな因縁を感じ、その場所に土台を築き、建築を匠らを呼び寺を創建しました。そして田畑を下賜し僧侶を住まわせ、この寺を水鐘寺と命名したといいます。
朝鮮時代初期の石塔の貴重な資料、水鐘寺五層石塔
1459(世祖5)年に建立された朝鮮時代初期の代表的な石塔です。
五層石塔ですが、あまり高くなく優雅でこぢんまりとしていながらも華麗な塔身の姿が全体的に気品がある石塔です。
石塔の八角址台石の各面には眼象(象の目)が写実的に刻まれており、基壇部の各面には単辦、覆仰蓮、そして眼象が華麗な姿で彫刻されています。
五層石塔の塔身は上層へ行くにつれ少しずつ小さくなっていき、塔身の先端を保護する屋蓋石の落水面が著しく垂れ下がっており、殿閣と対称をなしています。
屋蓋石の下の面は平らになっており、水平となっていることで石塔の中心の柱となっている屋身がこれを支えています。屋蓋石の支えは3段に分かれており、屋蓋石の角のそれぞれ端には鐃鈴(ヨリョン)がぶら下がっていました。これは朝鮮時代初期、京畿道一帯で流行した形式の石塔として貴重な研究資料となっています。
水鐘寺は雲吉山の中でも最も眺めがよい場所にあり、寺からは両水大橋(ヤンステギョ)をはじめ両水里や北漢江一帯がよく見えます。
水鐘寺をめぐる逸話にはこのような話があります。
朝鮮時代の王・世祖が金剛山を訪ね、その帰途、船で戻る道中で二水頭(イスドゥ=現在の両水里)で泊まることになりました。夜景を楽しんでいると、突然鐘の音が聞こえました。不思議に思った世祖は、次の日、村人を呼び、鐘の音はどこから聞こえるのかと尋ねると村人は「近所に鐘はなく、鐘の音が鳴るところといえば雲吉山の中の古い寺の跡が一箇所あるだけ」と答えました。
世祖はすぐに調べるよう命を発し、探してみると寺跡の岩窟の中に十八羅漢像が列座し、岩の隙間から水滴が垂れ、鐘の音のような音がしていることを突き止めました。これに感動した世祖は寺を建立し、その寺に水鐘寺と名付けたといいます。
また、その発見した羅漢像を奉安するために山の中腹に建立した塔が水鐘寺五層石塔と伝えられています。
しかし、その後およそ400年の間に水鐘寺は次第に衰退し、創建当時の面影はなくなってしまいます。
ようやく朝鮮時代末期になり復興の気運が高まり、1890(高宗27)年、王より楓溪慧一和尚に対して重建するよう命が下り、下賜金8000両が与えられ、翌年さらに4000両がさらに下賜され、同時に金帛紅絲を仏前に供えることとなりました。
1962年に現在の場所に移転した際、各塔身から仏像、菩薩像など18点の遺物が発見され、現在、国立中央博物館に所蔵されています。
6.7Km 2024-02-21
キョンギ道ナミャンジュ市ワブ邑パルタンロ81ボンギル74-65
CAFE STORYは、八堂湖(パルタンホ)が眺望できる屋外テラス付きのダイニングカフェです。黒にんにく入り海鮮クリームパスタがシグネチャーメニューで、パスタ、ピザ、ステーキなどの食事メニューとカフェメニューを提供しているので、気軽に訪れることができます。ドッグランがあり、愛犬と一緒に訪れるのに最適のスポットです。
7.4Km 2024-10-28
キョンギ道ハナム市ミサデロ750
スターフィールド河南を皮切りに高陽、安城、大田の4つのパークをオープンしたスポーツモンスターが好奇心溢れるブランドSmobに生まれ変わりました。スポーツさえ遊びにしてしまうSmobでは皆がプレイヤーです。Smobはほかでは見られないスポーツコンテンツで埋め尽くされたユニークでカラフルな空間です。
7.4Km 2020-07-06
京畿道 河南市 渼沙大路750
「スターフィールド河南(ハナム)」はショッピング、レジャー、ヒーリングがワンストップで可能な複合ショッピングテーマパークです。
7.4Km 2024-05-02
キョンギ道ハナム市ミサデロ750(シンジャン洞、スターフィールドハナム店)
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