4.1Km 2021-07-30
ソウル特別市 城北区 アリラン路19キル116
貞陵(チョンヌン)は、朝鮮を建国した太祖の第2夫人の陵。他の陵に比べ小規模で豪華でもなかったためきちんと保存もされていませんでしたが、その理由は朝鮮時代の王位争いによるものとされています。当時王には何人かの夫人がいて、後継ぎも決して少ない方ではありませんでした。王の崩御後は第1夫人の長男が継ぐのが普通ですが、王の座に就こうとその子ども達が争いを始め第2夫人が自分の息子を王位に就かせました。これに対し太宗は第2婦人に対する憎しみを燃やし、自分が王座についた後その墓を手入れできないようにしてしまったのです。全体的な作りは他の陵と同じですが、貞陵はこのような理由によって他の陵に比べ粗末なものとなっています。また他の陵と違う点として、紅門と丁字閣を結ぶ線は普通直線ですが貞陵は直角であり、これを見てもこの陵が冷遇されていたということが分かります。
しかし今では市民の散歩コースとして人気があり、多くの家族やカップルが訪れています。周囲の木々も美しく、静かな雰囲気が都会の喧騒をしばし忘れさせてくれます。また管理事務所前の左側の道に沿ってしばらく行くと樹齢300年のけやきがあり、見どころのひとつとなっています。
4.1Km 2022-05-11
ソウル特別市 城北区 大使館路13キル66
ウリイェットル博物館は2015年11月11日、ソウルの城北洞にオープンしました。韓国初の石造遺物専門博物館で、寿福康寧(長寿・幸福・健康などを願うこと)や吉祥を祈願してつくられました。敷地面積は約5,500坪、3階建ての展示館と屋外展示場で構成されています。古い石の彫刻を始め、それに込められた先人の願いや喜怒哀楽が分かる展示、さまざまな体験活動など、家族みんなで楽しむことができます。現在、石造遺物約1,250点、刺繍約250点、韓国近現代の絵画約100点が展示されています。
4.1Km 2025-05-30
ソウル特別市チョンノ区イヌァンサンロ172
仁王山(イヌァンサン)deosup chosochaekbang(ドスプチョソチェクパン/ザ森哨所本屋)は、仁王山の麓にあった警察の哨所をリノベーションしてつくられたベーカリーブックカフェです。森の中に自然の一部かのように溶け込む建物で、全面ガラスの窓越しに南山(ナムサン)タワーが一望でき、2階のテラスからはソウルの風景が眺望できます。毎日焼く自家製パンとスイーツを味わうことができ、ブックトークや音楽会も頻繁に開催されます。
4.2Km 2025-10-23
ソウル特別市ソデムン区プガヒョンロ2ギル6-3、3階
アイムドクター有限責任会社は、韓国の最先端の医療技術と世界レベルの医療サービスにより、グローバル医療ツーリズム市場をリードする会社です。
同社がサポートする健康・美容のための韓国旅行は、より安全・安心です。美容医療と重症治療を提供しており、カスタマイズされた医療コンシェルジュサービスにより患者中心の革新的な医療ツーリズムの体験を提供します。
4.2Km 2025-11-28
ソウル特別市ソンドン区ワンシムニロ115 ヘイグラウンドG704
フレントリップは旅行と健康管理を組み合わせたウェルネス・医療観光サービスを提供しています。専門医療機関や認証されたウェルネスパートナーと協力し、健康診断、ビューティー・ヘルスケア、回復プログラムをパッケージでお届けします。お客様がもっと便利に診療を予約し、旅行を楽しみ、回復できるようにお客様に合わせたオーダーメイド旅行プランや現場ケアの統合サービスを提供しています。
4.2Km 2023-04-07
ソウル特別市 龍山区 孝昌園路177-18
「孝昌(ヒョチャン)公園」は由緒正しき場所で、以前は孝昌院の境内でした。昔孝昌公園は孝昌院と呼ばれ朝鮮王朝第22代王・王祖の5歳で幼くして亡くなった長男文孝世子の墓園がありました。墓地の敷地面積は広く、松林がうっそうとしたこの場所には、正祖の側室であり文孝世子の生母でもあった宜嬪成氏の墓などもありましたが現在は京畿道にある西三陵へ移されています。
孝昌院が一般人に公開され始めた時は、日帝強占期の1924年、京城府が孝昌院の一部を公園用地に策定してからです。正式に公園に指定されたのは1940年です。現在孝昌公園には抗日武装闘争を起こしたユン・ボンギル、イ・ボンチャン、ペク・ジョンギなど三義士とイ・ドンニョン、チョ・ソンファン、チャ・イソクなどの大韓民国臨時政府要人の墓もあります。
4.3Km 2023-08-10
ソウル特別市チョンノ区チャハムンロ36ギル40
清雲(チョンウン)文学図書館は仁王山の傾斜地形と自然景観を考慮して設計された公共図書館です。図書館は地下階と地上階の計2階で構成されていますが、コンクリート構造でつくられた地下階を基礎にして地上階に韓屋を建て、広い庭を設けました。周辺の傾斜地形に逆らうことなく建物を建てているため地下階の南立面が表に出ており、この立面にある窓から内部空間に光が入るようになっています。また立面全体には黒レンガが用いられ、外部から見ると地上階の韓屋と調和を成しています。コンクリート構造の地下階の上に置かれた韓屋は地下階で借りた本を読むことができる閲覧室の役割を果たしています。韓屋母屋の隣にある小さな池の上にはこぢんまりとした東屋があり、小さな滝も設けられています。
4.3Km 2024-12-05
ソウル特別市ソデムン区トンイルロ251
西大門独立公園にある独立門(トンニンムン)は、甲午改革後、自主独立を決意するために中国の使臣を出迎えていた迎恩門を取り壊し、徐載弼と独立協会の主導により建てられた記念物です。内政改革と制度改革を推進した改革運動である甲午改革が外国勢力の干渉で成功せず、国の自主独立を成し得なかったことを受け、国民は民族の独立と自由に一切の干渉を許さぬことを決意し、これを建てました。
独立門はパリの凱旋門をモデルに作られており、御影石のブロックを積み上げた高さは14.28メートルです。上部にはハングルで「独立門」と書かれ、両側には韓国の国旗「太極旗(テグッキ)」が描かれています。
4.3Km 2023-07-12
ソウル特別市ソデムン区トンイルロ251
+82-2-360-8590
西大門(ソデムン)刑務所歴史館は、大韓帝国末期に日帝の強圧により監獄が建設され、およそ80年間、韓国の近現代史の激動期の受難や民族の恨が宿る歴史の現場となったところです。
ここは韓民族の抗日独立運動に対する日本帝国主義の代表的な弾圧機関があった場所でした。
1908年10月21日に京城監獄という名称で開設され、日帝に国権が奪われたことに反抗する民族独立運動が全国規模で大々的に起こると、日帝は数多くの愛国志士を逮捕し投獄しました。
収容人数が増加すると、近くの同じソウルにある麻浦(マポ)の孔徳洞(コンドクトン)に別の監獄を建て、この場所にある監獄は1912年9月3日に西大門監獄と名称を変えました。
名称が変更されるほど多くの民族受難の歴史を経てきた西大門刑務所は刑務所としての役割を終えると、1992年8月15日、現在の「西大門独立公園」として再スタートを切りました。
現在は歴史性と保存価値を鑑み、7棟の建物のみを当時のまま保存され、その中でも獄舎の3棟と死刑場は史跡に指定されています。
西大門区では1995年から西大門独立公園史跡地に対する聖域化事業を開始しました。
祖国独立のため日帝の侵略に立ち向かい闘い投獄され、残忍な拷問と弾圧を受け、殉国した先烈らの魂を称え、後世に韓国の先烈らの自主独立精神を伝える歴史の生きた教育の場とすべく、1998年11月5日、この「西大門刑務所歴史館」を開館しました。