8.8 Km 30870 2024-02-23
チュンチョンナム道ソサン市ウンサン面イムナンギル72-10
柳基方(ユギバン)家屋は1900年代初めに建設されたもので、面積は4770平方メートルです。日帝強占期の家屋であり、郷土史的、建築学的に貴重な資料と評価され、2005年10月31日忠清南道民俗文化財に指定されました。松の茂る低い山を背景に南向きに位置しており、北に「ㅡ」字型のアンチェ(母屋)と西側のヘンランチェ(門の両わきの部屋に当あてがわれた建物)、東側にはアンチェとの間の塀と最近建てられた住宅が中庭を形成しています。本来、アンチェの前に中門チェ(中門のある棟)があったのもを1988年に取り壊し、現在のように楼閣型大門チェ(正門のある棟)を建設しました。
12.2 Km 87674 2023-06-22
チュンチョンナムド道イェサン郡コドク面サンモン2ギル231
AGROLAND(アグロランド)テシン牧場は韓国酪農業の胎動期に設立され、今に至るまで畜産業の発展のために努力してきた牧場です。韓国内で初めて「酪農体験牧場」の認証を受け、2004年から牧場を開放し、乳牛と家畜そして牧場が体験できるようになりました。緑の草原で感じられる牧歌的な風景とともに牛とのふれあい体験ができる場を提供します。体験室で乳搾りや草原で牛に餌をあげる体験ができる他、牛乳を使ったアイスクリームやかき氷などをくつるなどさまざまな酪農体験が可能です。
13.0 Km 19642 2020-01-24
忠清南道 瑞山市 雲山面 文殊コルキル201
+82-41-663-3925
文殊寺の建立年代に関しては記録が残っていないので確実な建立年代を知ることはできませんが1973年に金銅如来坐像から発見された発願文に高麗第29代忠穆王2年(1346年)という記録があり、高麗時代に建立されたと推測されています。一方、発願文の発見時にカラムシや米、麦など約600点あまりが一緒に発見されました。静寂とした山寺の雰囲気を感じることができ、春には周囲の山と牧場に桜と野生花が咲き、美しい景色を作り出します。
13.3 Km 8169 2022-08-29
忠清南道 瑞山市 雲山面 磨崖三尊仏キル 65-13
+82-41-660-2538
国宝第84号に指定されている磨崖如来三尊像(マエヨレサムジョンサン)は百済時代の微笑がどんなものであったかを感じることができる百済時代後期の作品です。仏像の顔は太陽の光が当たる角度によって、時に厳しく、時に優しく、様々に変化すると言われています。
龍賢渓谷を渡り階段を上り岩山を登ると、岩山に刻まれた仏像に出会うことができます。本尊である釈迦如来立像を中心に右側には弥勒半跏思惟像、左側には提華褐羅菩薩像があります。仏像の光背まで生き生きと保存されていて、特に本尊の光背の蓮の花の模様はとても美しい状態で保存されています。
13.3 Km 3758 2023-06-19
チュンチョンナム道タンジン市シンピョンロ813
1933年から同じ場所で3代にわたって酒をつくり続ける新平(シンピョン)醸造場。醸造産業の過去・現在、そして未来を体験する特別な韓国式ブルワリーツアー。
農林畜産食品部の近代文化遺産復元プロジェクト「訪問醸造場」に初めて選ばれた新平醸造場は職人精神で酒をつくり、韓国近現代醸造文化を継承発展させていく伝統醸造文化企業です。
14.1 Km 2469 2017-12-21
忠清南道 唐津市 松岳邑 北部産業路1480
規模に圧倒、高級鉄鋼材が生まれる場所
生産量世界トップ10に入る唐津現代製鉄は自動車などに使われる高級鉄鋼材や建築資材に使われる鉄筋などを生産しています。規模は総面積915万平方メートル、ソウル汝矣島の3倍の規模で3区域に分けて操業しています。
この製鉄所の特徴は鉄鉱石を保管するドーム型の貯蔵所。雄壮な外観で見た目にも度肝を抜かれる鉄鉱石の貯蔵所は見学プログラムに参加した人だけが見学できる場所です。
15.8 Km 28696 2024-02-22
チュンチョンナム道タンジン市シンピョン面セットロ7-1
041-362-9554
ウロンイ(タニシ)博士は、挿橋湖(サプキョホ)の近くにあるタニシ料理の専門店です。健康食品であり、田んぼで育てられた有機農業のタニシを使ったサムジャンやテンジャンチゲ、タニシの酢の物が看板メニューで、タニシとチョングクチャンで作ったタンブクチムジャン、塩味と辛味があるタニシ入り辛味サムジャンもユニークなメニューです。
16.4 Km 3739 2021-07-29
忠清南道 唐津市 牛江面 ソルメ路132
「ソルメ」は忠清道でもっともよい場所といわれる「内浦(ネポ)」にあり、松の木が生い茂る小さな丘という意味です。1821年8月21日、韓国キリスト教初の司祭となった金大建(キム・テゴン)アンドレア神父はここで生まれました。その後、迫害から逃れるべく祖父のキム・テクヒョンに伴われ竜仁のハンドク洞(現在のコルベマシル)に引っ越すまでの7年間をここで過ごしました。神父の曽祖父キム・ジヌ(1814年殉教)、大おじのキム・ハンヒョン(1816年殉教)、父の金済俊(1839年殉教)そして金大建神父(1846年殉教)まで4代にわたる殉教者が生活した地でもあります。
神父はコルベマシルにおいてマカオへ留学する神学生として選抜されました。1845年上海の金家港聖堂のフェレオール主教から司祭に任命され、その年の10月に帰国、帰国後は竜仁一帯でキリスト教活動をしましたが、1846年9月死刑が言い渡され、セナムトで殉教しました(享年26歳)。1984年5月教皇ヨハン・パウロ2世が韓国を訪問した際、聖人となりました。ソルメ聖地の松の木の下には神父の銅像をはじめ記念の塔などが建てられています。下っていくと避静の家聖堂(160名収容)があり神父の遺骸が納められています。
16.4 Km 48088 2021-11-05
忠清南道 瑞山市 雲山面 開心寺路 321-86
海美面から6キロメートルほど離れた象王山(307メートル)にある「開心寺(ケシムサ)」は忠清道の4大寺院のひとつです。駐車場から境内に続く山道は静かで美しく、春になると桜が咲きます。開心寺の大雄殿は正面3間、側面3間の1階建てで、1484年に建てられ、宝物に指定されました。