11.3Km 2024-04-08
チョンブク特別自治道コチャン郡ヘリ面トンホ里
冬湖(トンホ)海水浴場は、扶安の辺山半島と高敞郡の間にあるコムソ湾の南側に位置しています。広い砂浜沿いに樹齢数百年の松林が壮観をなしており、夕焼けスポットとしても知られています。長さ1キロメートルほどの砂浜は、傾斜が緩やかで水深が0.5~1.5メートルと浅いため、子ども連れで海水浴が楽しめます。塩分濃度が高いのが特徴で、皮膚病、神経痛の患者の海水浴や砂むしの場所としても有名です。松林の上の丘には海の神を祀った水城堂があり、毎年漁民が豊漁を祈願する祭祀を行っています。
12.0Km 2024-04-07
チョンブク特別自治道 扶安郡 辺山面 シルサンキル62
直沼瀑布(チクソポッポ)は辺山半島国立公園にある滝です。来蘇寺(ネソサ)から4キロメートルほど登山道を登って行くと、高さ30メートルほどの直沼瀑布が大きな水音を立てて落ちています。この滝は辺山半島国立公園で最も美しい景色のひとつに数えられ多くの人が訪れます。
12.1Km 2024-04-08
チョンブク特別自治道プアン郡ピョンサン面パンパジェギル11
+82+63-582-7808
辺山半島(ピョンサンバンド)国立公園は全国で唯一、海と山で構成される国立公園です。山岳地域の内辺山(ネビョンサン)と海岸を中心とする外辺山(ウェビョンサン)に分かれます。独特な岩石で構成された標高508メートルの義湘峰(ウィサンボン)と彩石江(チェソッカン)、赤壁江(チョクビョッカン)があり、格浦(キョクポ)港、来蘇寺(ネソサ)などの観光スポットがあります。韓国で一番遅い時間に日が暮れる場所で、夕焼けが美しいです。
13.5Km 2024-04-07
チョンブク特別自治道 高敞郡 高敞邑 星山2キル 15
+82-63-563-3626
代表メニューであるプデチゲだけでなく、鴨肉も味わえるところです。 全羅北道のゴチャン郡に位置した韓食専門店です。おすすめはプデチゲです。
14.0Km 2024-04-07
チョンブク特別自治道 扶安郡 辺山面 内辺山路 232
+82-63-584-7808
全羅北道の西・西海(ソヘ)の古群山(コグンサン)群島や蝟島(ウィド)沖に向かって突出し延々と99キロメートルに及ぶ海岸線、北にはセマングム干拓地、南はコムソ湾に囲まれた辺山半島(ピョンサンバンド)。この辺山半島は自然に恵まれた景勝地として有名で、辺山半島国立公園に指定されています。このうち内側の山岳地帯を内辺山(ネビョンサン)、外側の海に面している山々を外辺山(ウェビョンサン)と呼んでいます。内辺山の中心は辺山半島の最高峰である倚上峰(ウィサンボン)(標高509メートル)をはじめ南西側の双仙峰(サンソンボン)や落照台(ナクチョデ)、月明庵(ウォルミョンアム)、蓬莱九曲(ポンネクゴク)、直沼(チクソ)瀑布などがある一帯です。
辺山の山々は昔から楞伽山(ヌンガサン)、瀛洲山(ヨンジュサン)、蓬莱山(ポンネサン)などとも呼ばれており、 朝鮮八景または湖南五大名山のひとつとして数えられてきました。辺山の幾重にも重なった山々や谷は海抜400メートルから500メートル程度とあまり標高は高くなく、 奇奇妙妙なる山形は深山幽谷をほうふつとさせ、特に落照台からの絶景・月明落照(ウォルミョンナクチョ)は辺山の風景のなかでも最も秀でた風景を誇ります。
14.1Km 2024-04-08
チョンブク特別自治道コチャン郡コチャン邑トン二ロ100
「高敞(コチャン)パンソリ博物館」は、パンソリの理論家であり改作者であった申在孝(シン・ジェヒョ)、陳彩仙(チン・チェソン)、金素姫(キム・ソヒ) などの多数の名唱を記念し、パンソリの伝統を継承・発展させるために申在孝の古宅に設立されました。高敞パンソリ博物館には、申在孝の古宅、東屋 、池、常設展示館、無初懐郷美術館があります。古宅は1850年代に建築されたものとみられており、現在は素朴な藁葺き屋根のサランチェ(別棟)だけが残っています。常設展示室にはモッマダン、名誉の殿堂、ソリマダン、アニリマダン、パルリムマダン、ホンマダン、多目的室があります。常設展示館にはパンソリに関するさまざまな有形・無形の資料が展示されており、パンソリ芸術について学んだり、鑑賞したりすることができます。
14.1Km 2024-09-20
チョンブク特別自治道 高敞郡 高敞邑 桐里路 100
+82-63-560-2943
パンソリの集大成、国文学史に関して優れた功績を残した桐里申在孝(1812~1884)の古宅です。パンソリ博物館のすぐ後ろにあり、裏庭は桐里国楽団(桐里は申在孝の号)と牟陽城(倭寇の侵入に備え、1453年に建てられた自然石の城郭。別名高敞邑城)に当たります。重要民俗資料に指定されている申在孝の古宅は1850年頃に建てられ、現在全面5間、側面2間の規模となっておりサランチェと桐の木、井戸などが残っています。
14.3Km 2024-08-05
チョンブク特別自治道 コチャングン トンニロ 128
+82-63-563-9977
「高敞邑城韓屋村」は、高敞の邑城内にある官衙の客舎を再現した韓屋で、計7軒の瓦葺きと11個の客室で構成されています。客室ごとに板の間と庭が付いており、内部にトイレ、エアコンなどがあって楽に利用できます。周りには高敞邑城のトゥルレ道があり、古風な城壁の美しさを感じながら散歩でき、陶磁器と刺繍体験場、郡立美術館、パンソリ博物館、ソンウンゴルフ場などがあります。150台の専用駐車場もあり、駐車も便利であります。
14.4Km 2025-01-06
チョンブク特別自治道コチャン郡コチャン邑モヤンソンロ1
高敞邑城(コチャンウプソン)は、朝鮮時代の端宗元(1453)年に倭侵を防ぐため、全羅道の民らがいざという時の守りを固める目的で築城した城郭です。別名・牟陽城(モヤンソン)とも呼ばれるこの城郭は、朝鮮時代の地方防衛組織で羅州(ナジュ)にあった羅州鎮管(チングァン)、笠岩山城(イバムサンソン)とともに、湖南(ホナム=全羅道のこと)内陸を守備する前哨基地として役割を担い、現在では国難護国の役割を果たした国防関連文化遺産として大切に保護されています。
14.6Km 2024-04-08
チョンブク特別自治道プアン郡サンソ面ケアムロ248
開岩寺(開巌寺=ケアムサ)は634(武王35)年、妙蓮(ミョリョン)が創建した百済の古刹です。
開岩(開巌)という名称は、紀元前282年弁韓の武王が辰韓や馬韓との戦を避け、ここに都城を築く際、禹と陳という二人の将軍に渓谷の左右に王宮殿閣を作らせ、東側を妙岩(ミョアム)、西側を開岩としたことから始まります。
676(文武王16)年、新羅時代の高僧・元暁(ウォニョ)と義湘(ウィサン)が重修し、1276(忠烈王2)年の円鑑(ウォンガム)国師の時代には約30棟の建物を建て大寺院としての姿を整えました。
また「楞伽経(ヌンガギョン)」説法により多くの人々を教化、この寺のある山は楞伽山(ヌンガサン)と言われるようになりました。
1414(太宗14)年、禅坦(ソンタン)が再び重創しましたが、壬辰倭乱(日本で言う「文禄・慶長の役」)により黄金殿を除くすべての建物が焼失し、1636(仁祖14)年に戒浩(ケホ)が再び重創し今日に至っています。
宝物に指定されている大雄宝殿は正面3間、側面3間の入母屋造りの建物で、朝鮮時代中期を代表する建物です。宝物に指定されている霊山会掛仏幀は1749年に制作された僧侶画家・義謙(ウィギョム)の作品で、縦13.25メートル、幅9メートルの大きさの霊山会上図です。
開岩寺の裏手にある禹金岩(ウグマム)を含む長さ3,960メートルの周留城(チュリュソン)は、百済の遺民らが王子・扶余豊(プヨプン)を擁立し、3年間かけて百済復興運動を展開した始まりの地としても有名です。
遺物としては1689(粛宗5)年に鋳造された全羅北道有形文化財・銅鐘や重建寺蹟紀があります。