9.6Km 2021-08-27
ソウル特別市 鐘路区 インサドン14ギル24-1
+82-2-722-5051
屋外テラスで食事ができる店です。おすすめはステーキです。ソウル特別市のジョンノ区に位置した洋食専門店です。
9.6Km 2024-08-05
ソウル特別市チョンノ区セジョンデロ172
2022年8月に新たな姿にリノベーションされ、一般開放された光化門(クァンファムン)広場。600年の歴史を持つソウルの中心にある通り、世宗路のかつての姿である六曹通りの復元を通じ、歴史・文化体験空間として生まれ変わりました。入口の「光化門の歴史をよみがえらせる広場」には月台(ウォルテ)が再現され、悪霊を祓うという想像上の動物ヘテ像が復元されました。また、世宗路公園周辺エリアの「六曹通りの風景を再現した広場」には、かつて漢陽の中心だった六曹通りの面影を再現し、ジオラマも設置されています。景福宮や北岳山などの美しい自然景観を望みながら散策するのにぴったりです。
9.6Km 2021-09-01
ソウル特別市 鐘路区 仁寺洞12キル 18
+82-2-733-5412
30年の伝統韓定食レストランです。代表的なメニューは韓定食です。ソウル特別市のインサ洞に位置した韓食です。
9.6Km 2024-03-15
ソウル特別市チョンノ区インサ洞12ギル16
+82-70-8832-0853
853(パルオサム)は、仁寺(インサ)洞の韓屋をリノベーションした豚焼肉専門店で、肩ロース、サムギョプサル、ロースかぶり、豚トロの部位が食べられます。韓国産豚肉を分厚くカットしているのでお肉がジューシーで、お店の人に焼いてもらった肉をヒマラヤ岩塩、粒マスタード&わさび、太刀魚内蔵の塩辛、麦サムジャンの4種類のソースからお好みのものをつけて食べることができます。大根、ゴボウ、とびこ、エゴマの葉、マヨネーズを混ぜたとびこ入りおにぎりはお肉と相性抜群です。
9.6Km 2024-11-19
ソウル特別市チョンノ区ウジョングクロ55
「曹渓寺(チョゲサ)」は大韓仏教直轄教区の本寺であり、曹渓宗総務院、中央宗会などが位置する韓国仏教の中心寺院です。高麗末期に創建された寺院ですが、火事で焼失(年代未詳)後、1910年に僧侶ハン・ヨンウン、イ・ヒグァンなどによって覚皇寺という名で再建されました。その後、太古寺に改称され、1936年に韓国仏教の最高機関としての役目を担い、1954年日帝の残滓を追い出そうとする仏教浄化運動が起こった後、曹渓寺となりました。
現在、曹渓寺は韓国仏教とその代表宗派である曹渓宗の主要寺院としての役目を担っており、曹渓寺法堂は仏事の中心地としてほぼ一年中、法門や念仏、講座、祭祀などの儀式が行われている他、「釈迦誕生日」に合わせて毎年、燃灯行事も開催されます。
9.6Km 2024-12-03
ソウル特別市 蘆原區(蘆原区) 中溪洞(中渓洞)
ソウル・トゥルレ道は、ソウルを一周する総長157キロメートル・8つのコースで構成されています。ソウルの歴史・文化・生態などについてストーリー化された徒歩道で、第1コースは水落山(スラクサン)から仏岩山(プラムサン)までの総長18.6キロメートルの緩やかな道で、所要時間は8時間10分です。仏岩山をぐるりと回るトラッキングコースで、菖蒲園(チャンポウォン)、德陵峠(トンヌンゴゲ)、案内センター、泰陵(テヌン)、水岩寺(スアムサ)、鶴到庵(ハクトアム)を通ります。
9.6Km 2025-01-06
ソウル特別市チョンノ区チャンギョングンロ185
昌慶宮(チャンギョングン)は世宗大王(セジョンテワン)が王位を退位し上王となった太宗を迎えるため、1418年建てた寿康宮(スガングン)がその始まりです。以降、朝鮮王朝第9代の王・成宗(ソンジョン)の施政になり、第7代の王・世祖(セジョ)の后・貞熹王后(チョンヒワンフ)、世祖の子で即位することなくこの世を去った徳宗(トクチョン)の后・昭恵王后(ソヘワンフ)、第8代の王・睿宗(イェジョン)の后・安順王后(アンスンワンフ)を迎えるために明政殿(ミョンジョンジョン)、文政殿(ムンジョンジョン)、通明殿(トンミョンジョン)を建て、昌慶宮と命名されました。
昌慶宮には辛い歴史が数多くあります。壬辰倭乱(日本でいう「文禄・慶長の役」)の時には建物が全焼し、 李适(イ・グァル)の乱や丙子胡乱(丙子の乱)の時にも禍を受けました。朝鮮王朝第19代の王・粛宗(スクチョン)の時代の仁顯王后(イニョンワンフ)と張禧嬪(チャン・ヒビン)、朝鮮王朝第21代の王・英祖(ヨンジョ)の時代、英祖の次男で米櫃に閉じ込められ死に至らしめられた思悼世子(サドセジャ)の逸話などが昌慶宮に残されています。
史跡・昌慶応宮は日帝強占期に日帝により昌慶苑に格下げされ、動物園になってしまいましたが、日帝の残滓をなくすべく韓国国民の努力により1987年から古の本来の王宮の姿を取り戻しました。
弘化門(ホンファムン)、朝鮮王朝の正殿の中で最も古い建物である明政殿(ミョンジョンジョン)、通明殿(トンミョンジョン)、養和堂(ヤンファダン)、春塘池(チュンダンチ)などがあり、陸橋を渡って宗廟(チョンミョ)とも行き来ができます。
主な文化財 - 弘化門(宝物)、 明政門(宝物)、明政殿(宝物)、通明殿(宝物)、玉川橋(オクチョンギョ宝物)
9.6Km 2022-12-26
ソウル特別市チョンノ区チャンギョングンロ185
「弘化門(ホンファムン)」は昌慶宮の正門に正面3間、側面2間の重層寄棟屋根で多包式で作られています。石造の基壇の上に、原型の礎石を置いており、門楼下層は両開きの板門が設置され、出入りできるようにし、上層は板床の楼が設置されています。大韓民国の宝物に指定されています。当初1484年に建てられましたが壬辰倭乱(日本で言う「文禄・慶長の役」)の際に焼失し、1616年に再建されました。
9.6Km 2021-12-23
ソウル特別市 鐘路区 大学路103 (蓮建洞)ソウル大学保健大学院
+82-2-2148-1842
ソウル大学病院構内にある2階建てレンガ造りの建物が「大韓医院(テハニウォン)」の建物です。
大韓医院は1907年、大韓帝国政府がこれに先駆けて立てた内務府所管の広済院と学部所管の京城医学校付属病院、宮内府所管の大韓赤十字病院などを統合し、議政府直属の医院として設立されました。
1907年、大韓医院の設立発表と同時に、宅地部建築所の日本人技術者の矢橋賢吉による設計で本館と別室7棟、そして付属の建物などが着工となり、1908年竣工しました。建物が完成するまで、大韓医院は、広済院に置かれ、1910年日帝強占期の開始と共に、総督府医院に変えられました。1911年には付属医学教習所と改称し、1926年には京城帝国病院に編入し、大学病院となりました。1945年の開放以降は、ソウル大学校付属病院となり、今に至っています。
現在現存しているのは竣工当時の本館だけで、この建物は中央府の時計塔を中心に両サイドは羽のように広がり、正面は突出した形になった2階立てのレンガ造りの建物です。
規模
面積10,181,91平方メートル