順興伝統ムクチプ(순흥전통묵집) - エリア情報 - 韓国旅行情報

順興伝統ムクチプ(순흥전통묵집)

順興伝統ムクチプ(순흥전통묵집)

0m    2667     2021-06-23

慶尚北道 栄州市 順興面 順興路39番キル21

「順興伝統(スヌンジョントン)ムクチプ」では、昔から伝統的に伝わっている方法でそば粉こんにゃく(メミルムク)をつくります。こんにゃく(ムク)本来の味と酢飯が混ざり合って生まれる味は絶品です。

喜方瀑布(희방폭포)

10.4 Km    33159     2020-04-01

慶尚北道 栄州市 豊基邑 竹嶺路1720番キル 278
+82-54-630-0700

喜方瀑布は小白山の中腹、標高700メートルの地点にある高さ28メートルの滝で、小白山の絶景のひとつです。

喜方寺(栄州)(희방사(영주))

喜方寺(栄州)(희방사(영주))

10.5 Km    27829     2021-01-07

慶尚北道 栄州市 豊基邑 竹嶺路1720番キル 278

喜方寺は慶尚北道栄州市にある寺です。韓国戦争の際に本堂と訓民正音の原本と月印譜などの貴重な文化遺産が焼失してしまいましたが、その後1953年に再建されました。
また、豊基から竹嶺方面に車で10分ほど行くと、小白山の喜方寺へと向かう分かれ道が出てきて、この道に入っていくと喜方渓谷が見えてきます。

栄州温泉ホテル(영주온천호텔)

栄州温泉ホテル(영주온천호텔)

11.1 Km    815     2021-06-23

慶尚北道 栄州市 大学路240番キル 8
+82-54-634-1000

学問や礼節を重んじてきたソンビ(儒学者)文化の中心として知られる慶尚北道(キョンサンプクド)栄州(ヨンジュ)。その栄州にある栄州温泉ホテルは温泉ボーリング工事を通じて温泉ホテルに生まれ変わり、2018年4月13日より100%アルカリ性天然温泉のお湯を全客室に供給しはじめました。
バスターミナルや栄州駅から5分圏内の位置にあり、公共交通機関を利用してのアクセスが便利です。ホテル周辺には悠久の名刹・浮石寺(プソクサ)、紹修書院(ソスソウォン)、どの時期に訪れても美しい空の下、美しい花々を楽しめ野花の天国と呼ばれている小白山(ソベクサン)国立公園などがあります。また、栄州市豊基邑(プンギウプ)の特産物としては高麗人参・豊基人参や豊基人絹(レーヨン)が有名です。

栄州 豆世界科学館(영주 콩세계 과학관)

栄州 豆世界科学館(영주 콩세계 과학관)

11.9 Km    94     2017-01-26

慶尚北道 栄州市 浮石面 永浮路 23

栄州は豆の主な生産地でありこの地域の浮石豆は豆の粒も大きく、味も栄養も優秀です。豆世界科学館では茹でた豆をつぶしてメジュを作ったり、スンドゥブを作ったりすることができます。

栄州駅(영주역)

12.2 Km    522     2015-11-12

慶尙北道 栄州市 ソンビ路 64

栄州駅は1941年7月1日、普通駅として営業を開始し、1973年12月23日、現在の場所に移転しました。 清涼里から213.2km離れた地点にあり、中央線から嶺東線と慶北線へと分岐する終点にあります。慶北本部の栄州管理駅(栄州駅、喜方寺駅、豊基駅、文殊駅、平恩駅)で、ここを通過する全ての列車が停車します。
慶北北部地方の交通の要所として10年以上前は利用客で賑わいを見せる全盛期を迎えていましたが、道路交通網の発達により利用客が急激に減少しました。
なお、2018年までに中央線の複線化が予想されており、栄州⇔清涼里区間が1時間10分へと短縮されることが期待されています。

所岡古宅 [韓国観光品質認証] / 소강고택 [한국관광 품질인증/Korea Quality]

所岡古宅 [韓国観光品質認証] / 소강고택 [한국관광 품질인증/Korea Quality]

12.4 Km    7791     2022-04-01

慶尚北道 奉化郡 奉化邑 パレミキル 22
+82-10-9189-5578

所岡古宅は、慶北・奉化のパレミ村に位置する約100年になる韓屋だ。義城・金(キム)氏の同族村であるパレミ村には古宅が多く残っているが、所岡古宅は歴史と風流が段違いだ。慶尚道地方の声望の高い富豪であり、愛国の士であった南湖・金賚植(キム・レシク)先生が自身の次男、所岡・金昌棋(キム・チャンギ)の結婚を機に1910年頃に建ててあげた家だ。金賚植(キム・レシク)先生は、上海臨時政府が軍資金を集めていた際に、全財産を担保にお金を借りて援助した人物で、1970年代後半に建国勲章を受章した。 所岡古宅はサランチェ(客屋)とアンチェ(母屋)が接しているロの字型の韓屋だ。戸の桟一つまで春陽木で建てたことから家に込めた真心を推し量ることができる。春陽木は歪みが少なくあまり朽ちることがないので、朝鮮時代の宮廷や寺院、士大夫の両班の家に使われた松の中の松だ。客室はサランバンからオサバンまで、全部で6つ。サランバンは部屋2つにサラン・テチョンマル(板の間)を一緒に使えて、ソンビバンは朝一番に日が射す部屋で、トリョンバンは古宅唯一の黄土オンドル部屋だ。全部屋にはエアコンが設置されており、部屋の戸を開けると花が咲く庭が睦まじい。

南湖旧宅 [韓国観光品質認証] (남호구택 [한국관광 품질인증/Korea Quality])

南湖旧宅 [韓国観光品質認証] (남호구택 [한국관광 품질인증/Korea Quality])

12.4 Km    28     2019-11-21

慶尚南道 奉化郡 奉化邑 パレミキル21
+82-54-673-2257

# 慶尚北道奉化郡奉化邑にある奉化(ポンファ)南湖(ナムホ)旧宅は、慶尚北道文化財資料第385号に指定されている朝鮮時代の古宅です。1876年に金蘭永(キム・ナニョン、雅号は聾山)が建て、彼の息子である金賚植(キム・レシク、雅号は南湖)が暮らしました。金賚植は、大韓民国臨時政府に軍資金として全財産を提供し、勲章を受章しました。他人と国を想う先人たちの心は、今も受け継がれています。完成後140年も経つ南湖旧宅は、当時も高級とされていた建材で建てられており、変形した跡がほとんど見られません。代々大事に守られてきたこともあり、伝統的な韓屋の美しさがそのまま残っています。特に、ソスル大門(屋根が一段高く作られた門)からは、思わず頭が下がるような荘厳さが感じられます。四季折々の花で彩られる庭園や垣の下の花壇が、韓屋の美しさをより際立たせます。古木の香りを感じながらくつろげる素敵な宿です。2016年には、伝統韓屋に宿泊されるお客様の利便性を高めるために、現代式の共用トイレを設けました。広々とした庭には投壷、チェギチャギ、板跳びなどが楽しめるスペースがあり、伝統遊びが体験できます。近くの鉄道駅である奉化駅(嶺東線)までは徒歩15分で、町に市内バスの停留所もあるので、移動の際に便利です。

土香古宅[韓国観光品質認証](토향고택 [한국관광품질인증/Korea Quality])

土香古宅[韓国観光品質認証](토향고택 [한국관광품질인증/Korea Quality])

12.6 Km    11215     2019-12-03

慶尚北道 奉化郡 奉化邑 パレミ1キル 43
+82-10-8575-9036

韓屋の中をあちらこちら巡り外に目を向けると見える小さなかわいらしい池、家屋からほのかに香る墨や土の香り、そして瓦に書き込まれた詩の一節が忙しない客人の心を安らかにしてくれる、文学、そして芸術があふれる韓屋がここ、土香古宅(トヒャンコテク)です。

土香古宅は書家であり陶芸家でもある夫と国語教諭であった妻が経営する慶尚北道奉化邑(ポンファウプ)にある古宅です。昔から韓国南東部・嶺南(ヨンナム)地方の両班(ヤンバン)が代々居を構えている村・パレミ村には古宅がたいへん多いところとして知られていますが、その中でも伝統文化や創作芸術を体験できる韓屋はこの土香古宅が唯一の場所。曽祖父の代からここで暮らしていましたが、一時ソウルへ上京、その後1977年に帰郷し、2012年夏から韓屋の宿の営業を始めました。

この韓屋を訪問する人々にもっとも人気のあるプログラムは「陶磁器作り」。轆轤(ろくろ)を使い陶磁器を作ることはそう簡単にはできない経験のため子どもから大人までたいへん人気があります。陶芸を行う場所は宿泊施設とは別にあります。施設は轆轤室、釉薬室、窯室に分かれており、体験プログラムの参加は陶磁器や器を轆轤を回して作り釉薬を塗るところまで終えると、後日、オーナーが乾燥させた上で何日も掛けて窯で焼き上げ、できた作品を一つずつ包装して宅配便で送ってくれます。このほかにも「読書体験及び討論」、「詩と詩調作り」、「書芸体験」など様々な体験プログラムがあります。

陶芸工房の建物を出て韓屋の方へ振り向くと、韓屋の後ろに広がる屏風を思わせる素晴らしい松林が目に飛び込んできます。松林もさることながら、韓屋の建物もとても雄壮な感じの造りとなっていますが、それをひときわ際立てているのは高柱の大門があるためです。敷地入口の高柱の大門は母屋や舎廊(サラン)チェの建物の屋根よりも高くなるよう高柱を立てて造っており、地位が高い両班の家屋であれば籠や馬が敷地に楽に入れるように意図的にこのような形の大門を造ったといいます。

土香古宅の高柱の大門をくぐり敷地内に入ると、正面には大きな舎廊チェの建物と小さな舎廊チェの建物があり、また大門脇にある大門チェの建物とつながった塀伝いに目をやると小さな通路が見えてきます。この通路を通って前へ進んでいくと、中庭を囲むように建てられた「口」の字型の母屋の建物が見えてきます。母屋の前には睡蓮や蓮の花が咲く小さな池があり、水面を覆っている蓮の葉に加え、空と韓屋が水面に映り幻想的な色彩を放っています。

オーナー夫妻の上品な好みが韓屋のあちこちで見受けられる土香古宅。庭や母屋をくまなく見ていくと陶芸家のご主人が焼いた陶磁器や壷などの作品を鑑賞することができ、またすばらしい筆使いで書かれた屏風や書の作品なども韓屋の至るところで視線に入ってきます。

何よりも土香古宅で印象的なのはオーナー夫妻の笑顔です。大変明るい性格でふたりの表情にそのまま現れていますが、笑顔でお客様を迎えているのには古宅の宿泊施設を営む前に数多くの韓屋を訪れ経験したことが大きな要因になっているそうです。オーナー夫妻が訪れたよその韓屋では入口の大門を開け敷地の中に入ると韓屋の主人が無表情で対応したいへんがっかりした経験があったということで、そんな経験から土香古宅を訪れるお客様には気分よく親切にお迎えしたいという気持ちから、オーナー夫妻が暗黙の了解で自然と笑顔で出迎えているとのことです。 

晩悔古宅[韓国観光品質認証](만회고택[한국관광품질인증/Korea Quality])

晩悔古宅[韓国観光品質認証](만회고택[한국관광품질인증/Korea Quality])

12.6 Km    4169     2019-02-14

慶尚北道 奉化郡 奉化邑 パレミ1キル51
+82-54-673-7939、+82-10-7724-7280

晩悔(マンフェ)古宅がある奉化(ポンファ)の「パレミ村」は、太古の昔、海底にあったところという意味で別名「海底洞(ヘジョドン)」とも呼ばれています。古(いにしえ)から文化や知性が花開く村でした。晩悔古宅の楼閣・明月楼(ミョンウォルル)からは村に軒を連ねる古宅の風情ある屋根が一望できます。小白山(ソベクサン)の山麓の涼しい風が吹き降ろす明月楼は、その昔、学問に磨きをかけ詩吟をしていた場所です。明月楼だけでもおよそ1000編にも及ぶ詩が作られたといわれています。

また、晩悔古宅は独立運動の根拠地となった場所でもあります。明月楼は3・1独立運動(1919年)直後、儒林(儒学者)らが独立運動家・金昌淑(キム・チャンスク)を中心として集結し、パリ万国平和会議に提出した独立請願書を作成した由緒ある場所です。近年、独立運動家の間でやり取りされた書簡数百通が古宅から発見され、その意義が見直されています。

晩悔古宅は一部建物がつながっていないものの、外側から見ると中庭を囲むように建てられた「口」の字型の韓屋の構造となっています。「コ」の字型になった母屋と横に長い「一」の字型の舎廊(サラン)チェの建物が合わさる形で全体として「口」の字型の韓屋の構造となっており、舎廊チェの建物の左脇につながる中門間チェの建物を通って前庭から母屋へ入ることが出来ます。

母屋と舎廊チェが建てられた時期はそれぞれ異なり、築約320年の母屋は朝鮮後期の文臣・金建銖(キム・ゴンス)の6代前の祖先が購入し暮らし始めた韓屋で、一方、舎廊チェの建物はおよそ200年前、金建銖が古宅を引き継ぎ増築した韓屋です。古宅は全体的に中が赤く丈夫な春陽木(チュニャンモク/金剛松=アカマツ)を使い建てられ、割れもなく大よい状態で保存されています。

瓦屋で葺いた入母屋屋根の舎廊チェが南向きにある中庭に向かって建っています。舎廊チェの建物は花壇が作られた竹垣の上から威風堂々とした姿を見下ろすような形で建っており、建物正面の幅が4間あり、西側から順に舎廊房(サランバン)、板の間、向い側にあるコンノン房の部屋があります。建物正面には広々とした縁側があり、この縁側を通れば舎廊チェの建物での移動も便利で、また縁側に座って談笑するにもよい場所です。舎廊チェや中門間チェの建物にある舎廊房の部屋、ソナン室、パレミ室の各室で宿泊可能で、舎廊房とソナン室にはそれぞれ客室内に専用トイレを完備しています。

母屋は舎廊チェが前に建っていることから外からの風がさえぎられ比較的あたたかくなっています。中央の板の間を中心に左手には男主人の居間として利用していた上房(サンバン)、右手には納戸として利用していた庫房(コバン)と奥の間があります。

各部屋とも美術を専攻したオーナーの娘さんが古宅の風景を描いたり、布を染色したり、ミシンで作ったアート作品が飾られています。他にも赤茶けた歴史を刻む韓国伝統の古家具も置いてあり、韓屋の趣を一層醸し出しています。奥の間には天井の垂木がむき出しになったロフト風の部屋もあり、6月から8月までの夏期には最大8人まで宿泊可能です。奥の間には客室内に専用のトイレがあり、上房と庫房は外にあるトイレを利用します。

古宅の両脇には約2,000坪の畑が広がっています。シソの葉、ネニラ、ケール、ミツバ、シラヤマギク、野生菊、キキョウ、トマト、サツマイモ、落花生、カキ、トウモロコシなど野生花や葉物野菜をはじめおよそ100種類の農作物を環境にやさしい農法で栽培、自ら採取できるよう宿泊客に畑を開放しています。

朝食はありませんが、畑で作物をとってきて共同キッチンで調理して食べることができます。また敷地外側にある庭にはバーベキュー施設があります。奉化は松茸が有名なため、オーナーイチオシの松茸クッパのお店に行ってみるのもおすすめです。

また様々な韓国の伝統体験プログラムも用意されています。投矢、陞卿図(スンギョンド=日本の双六に似た遊び)、板跳びなどの民俗遊びが楽しめ、必要な場合は遊び方の指導も受けられます。このほか、様々なデザインの木版に墨を塗り刷って版画を完成させる「木版体験」、朝鮮時代の歌辞文学・内房歌辞(ネバンカサ)を嗜むオーナー夫人による高麗時代末から発展した韓国の定型詩・時調(シジョ)を詠み体験する「時調ノリ」、韓国伝統の弦楽器・コムンゴや牙筝(アジェン)、チン(韓国伝統の鉦)などの打楽器で演奏するサムルノリの曲にのせて演奏する「伝統楽器体験」なども予約なしで無料で体験することができます。

浮石寺[ユネスコ世界遺産(文化遺産)](부석사[유네스코 세계문화유산] )

浮石寺[ユネスコ世界遺産(文化遺産)](부석사[유네스코 세계문화유산] )

13.8 Km    29353     2021-07-30

慶尚北道 栄州市 浮石面 浮石寺路345

浮石寺は676年、新羅文武王の時に義湘大師が王の命を受けて建てたものです。その後1016年に円融国師が無量寿殿(国宝18号)を建て直しました。それ以降は何度か直したと伝えられています。お寺を建てる時にまつわる義湘と善妙の説話は有名です。義湘大師が唐に留学した時出会った善妙は義湘が国に戻ると伝えると海に身を投げ死んで龍になったそうです。義湘を守り新羅までついてきた善妙は浮石寺を建てようとする義湘大師を妨害する群れの前で空中に岩を3回浮かせる奇跡を行いました。この時できた浮石は無量寿殿の左側にあり、大きくて平たい岩が地面から浮いていることから「浮石寺」と名付けられたそうです。浮石寺は入口の天王門から安養門まで108の石段を登りますが、これは108の煩悩からの救いの意味がこめられています。一柱門、天王門を過ぎると 浮石寺の三層石塔が現れ、その上に梵鐘楼が見えます。梵鐘楼を過ぎると、極楽に向かう入り口を意味する「安養」という楼閣があります。安養楼を過ぎると柔らかい曲線美を強調した浮石寺の本殿「無量寿殿」に着きます。無量寿殿は高麗時代につくられた木造建物で、中には塑造如来坐像(国宝45号)が安置されています。また寺の中には国宝である祖師堂(国宝19号)、祖師堂壁画(国宝46号)無量壽殿前石燈(国宝17号)等があり、それ以外にも多くの遺物と遺跡があります。

紹修書院[ユネスコ世界遺産(文化遺産)](소수서원 [유네스코 세계문화유산])

1.4 Km    12758     2021-07-30

慶尚北道 栄州市 順興面 小白路 2740

韓半島最北端にある名山・白頭山(ペクトゥサン)から発する山脈・白頭大幹(ペクトゥデガン)へと続く小白山(ソベクサン)・霊亀峰(ヨンギィボン)の麓にある紹修書院(ソスソウォン)は、韓国で初めて王から扁額を下賜された賜額書院として有名です。
紹修書院は、朝鮮時代中期の文臣であり学者・周世鵬(チュ・セブン)が白雲洞書院(ペグンドンソウォン)を創建したのがそのはじまりです。
普段から高麗時代末の儒教の賢人・安珦(アン・ヒャン)を崇めていた周世鵬が、朝鮮時代のこの地域・豊基郡(プンギグン)のトップ・郡守(プンギグンス)の役職に赴任したのがきっかけでその翌年の1542(中宗37)年、安珦先生の故郷に祠廟を建て、ここに位牌を奉安、翌年1543年には学舎を建設し、祠廟と学び舎の機能を兼ね備えた祠院の体制を持つようになったのが白雲洞書院の始まりでした。