楽園楽器商店街(낙원 악기상가) - エリア情報 - 韓国旅行情報

楽園楽器商店街(낙원 악기상가)

楽園楽器商店街(낙원 악기상가)

301m    244     2018-07-17

ソウル特別市 鍾路区 三一大路 428
+82-2-743-6131

仁寺洞(インサドン)伝統文化の道のすぐそばにある楽園楽器商店街(通称・楽園商街=ナグォンサンガ)は70年代から楽器及び音楽関連製品や情報・サービスのみを扱っている専門商店街で世界最大級の規模です。
約330に上る楽器店ではギター、管弦楽器、打楽器、韓国の伝統音楽・国楽で使う楽器、最先端の電子楽器及びアンプ・スピーカなどの各種音響や放送設備の国内外最新製品を取り扱っており、高価最新製品のみならず中古品の交換や販売も可能で、ピアノなど中古品の修理・調律や交換などのサービスもしています。
また各種イベントで使う楽器及び音響装置のレンタルサービスも可能です。
同じ商店街内に複合上映館・ハリウッド劇場もあり、仁寺洞伝統文化の通りとともに鍾路を代表する名所として知られています。
最近、リニューアルされた後は日曜日にも開店しているお店もあり、快適にショッピングを楽しめます。


燃灯会(연등회)

燃灯会(연등회)

314m    23224     2020-05-20

ソウル特別市 鍾路区 郵征局路 55
+82-2-2011-1744~7

「燃灯会(ヨンドゥンフェ)」は、1300余年前、新羅時代から始まり、高麗時代の燃灯会と朝鮮時代の八観会を経て今日まで受け継がれている伝統祭りで、国家無形文化財第122号に指定されています。

博物館は生きている(仁寺洞店)(박물관은 살아있다(인사동점))

博物館は生きている(仁寺洞店)(박물관은 살아있다(인사동점))

317m    4019     2020-06-25

ソウル特別市 鍾路区 仁寺洞キル12
+82-1544-8506

2014年3月、伝統と文化が息づく仁寺洞に首都圏最大規模の「博物館は生きている仁寺洞店」がオープンしました。
地下1、2階の空間には約100の作品が展示されており、首都圏最大規模の展示空間を誇ります。見て、聴いて、触って、作品の主人公となり、奇想天外なポーズで自分だけの写真を撮って芸術を楽しむことができる、五感を使って遊びながら体験できる展示館です。

オープン日:2014年3月6日

雲峴宮(운현궁)

雲峴宮(운현궁)

330m    29227     2020-05-20

ソウル特別市 鍾路区 三一大路 464
+82-2-766-9090

雲峴宮(ウニョングン)はソウル特別市鍾路区(チョンノグ)雲泥洞(ウンニドン)にある史跡第257号に指定された文化遺産です。
雲峴宮は政(まつりごと)を行っていた景福宮(キョンボックン)のような王闕(ワングォル)ではなく、王族の親族が暮らす場所・宮のひとつで、雲峴宮と命名されています。宮という名称は生活の空間、闕は政を行う空間という意味で、景福宮は政と宮中での生活を同時に営んでいた場所であったため王闕と呼んでいましたが、雲峴宮は高宗の父親である興宣大院君(フンソンテウォングン)の一家が居住し生活を営んでいた場所ということで、王闕であった景福宮とは性格が異なります。
しかし、雲峴宮は朝鮮時代末期における歴史的事件の多くの起点となった場所かつ数多くの改革や鎖国政策が練られた場所でもあったため、その歴史的象徴性は特筆すべき点があるといえるでしょう。

雲峴宮は興宣大院君の私邸で、朝鮮王朝第26代の王・高宗(コジョン・1852~1919年)の潜邸、すなわち王に即位する前までここで暮らしていた場所でした。
哲宗(チョルジョン・1831~1863年)に後継者がいないままこの世を去ると、当時の王室で最高の権力を持つ大王大妃・趙氏が興宣君・李昰應(イ・ハウン)の次男・李命福(後の高宗)を後継ぎとして王位を継承させました。これにより、父親の興宣君は興宣大院君、その母親である夫人閔氏は府大夫人とする爵号を与える国王の命・教旨が下り、興宣君の私邸は雲峴宮と呼ばれるようになりました。
雲峴宮の新増築工事は、高宗即位およそ1か月後の大王大妃の指示により始まり、9か月の期間を経て老安堂(ノアンダン)と老楽堂(ノラクタン)が竣工しました。
元々、興宣君の私邸であった当時、雲峴宮の位置は昌徳宮(チャンドックン)と景福宮(キョンボックン)の間の辺りで、現在の雲峴宮と徳成(トクソン)女子大鍾路キャンパスの場所に該当します。
しかし、増築により規模が拡大した後には周囲を囲む塀の全長が数里(注:韓国の里は約400m)にも及び、雲峴宮の四つの大門は雄壮であたかも王闕のような厳粛さがあったといわれています。現在の徳成女子大鍾路キャンパス、旧TBC(東洋放送・1980年の言論統廃合によりKBSに吸収合併された民放)第三スタジオ跡、在韓日本国大使館公報文化院、校洞(キョドン)初等学校、三煥企業の建物がある一帯と言われています。

雲峴宮を代表する建物には高宗元(1864)年9月に竣工した老安堂(ノアンダン)と老楽(ノラクタン)堂、そして6年度に増築された二老堂(イロダン)があり、現在は一つのみしかありませんがその当時は四つの大門が雲峴宮にありました。
老楽堂は雲峴宮の中心となる建物で、親族の60歳の祝いの宴・還甲(ファンガプ)や様々な祝いの宴などに利用されました。老安堂は大院君が居間や客人などを迎えるために使う建物・舎廊(サラン)チェとして使われていた建物です。大院君が壬午軍乱(イモグンラン=1882年)の際、清に拉致され、その後、国に戻ってきた後、幽閉されたかのような隠遁生活を送ったのがこの建物で、晩年臨終となった場所も老安堂の広間の後ろにあった部屋でした。
老安堂は典型的な韓国式の瓦屋根の建物で、軒の先が繊細で美しいのが特徴となっています。
二老堂は老楽堂の前にある母屋で、構造は建物の真ん中の庭を囲むように建てられた「口」の字型をしており、男子禁制となっている建物でした。老楽堂と並び、雲峴宮の絶対的権威を象徴するのは四大門です。雲
峴宮が栄華を誇っている時代には正門、後門(裏門)、敬謹門(キョングンムン)、恭勤門(コングンムン)の四つの門があり、敬謹門は雲峴宮を出入りする高宗専用の門として使われた門で、昌徳宮(チャンドックン)と雲峴宮の間にありました。恭勤門は大院君専用の門として使われた門ですが、敬謹門とともになくなり、現在は在韓日本国大使館公報文化院の横の場所に敬謹門の基礎部分のみ残っています。

雲峴宮の規模や構造がこのように雄壮かつ華麗なものであったのは大院君が権力の座にいた時期のみでした。
大院君が高宗18(1882)年清により拉致され、およそ3年間あまり、雲峴宮の財政は大変貧窮していたといいます。その後、雲峴宮の威容も衰退し、大院君が他界してからはその維持管理が大変厳しくなりました。
大院君の長男・李載冕(イ・ジェミン=1845~1912年)が管理していた当時、高宗が内帑金(ないどきん)270万両と米370石を下賜し、雲峴宮を修理し返済が滞っていた借金を返済したという記録も残っており、当時の苦しい経済状況を垣間見ることができます。その後、日帝は1912年土地調査を実施し、大韓帝国の皇室財産を没収・国有化し、李王職長官に雲峴宮の管理を担当させました。

雲峴宮の所有権が再び大院君の子孫に移されたのは1948年、日本の植民地支配から解放された直後の米軍政統治下時代の米軍政庁の公文によってからでした。
1991年、大院君の子孫・李清(イ・チョン=1936年~)氏がソウル特別市に譲渡の意思を明らかにしたことにより、ソウル特別市でこの土地を買い上げました。
1993年11月からは雲峴宮の補修及び復元工事が始まり、現在の姿となりました。

勝洞教会(승동교회)

勝洞教会(승동교회)

337m    297     2020-04-01

ソウル特別市 鍾路区 仁寺洞キル 7-1
+82-2-732-2340

勝洞(スンドン)教会は民主主義的色彩が濃い教会として出発しました。勝洞教会は京畿道(キョンギド)内の長老教会の母教会的役割も果たしていました。

勝洞教会が設立に至るまでには、まずヘロン(John W. Heron)が1894年に銅峴(トンヒョン)に設立した弘文洞教会(ホンムンドンキョフェ)までさかのぼります。弘文洞教会の信者の中には韓国の自主独立と内政改革を標榜した独立協会系の人物がおり、その人物らにより宣教師を殴打し追い出そうという計画を立てました。この一件で信者は分派、それぞれ別の教会を設立するに至りました。独立協会系の信者は1904年勝洞教会を設立、その他の信者は南大門教会へと発展しました。南大門教会はその後アメリカ合衆国長老教会病院であるセブランス病院を設立することになります。

1919年2月20日、勝洞教会の地下では当時の京城(現・ソウル)の各専門学校の代表者20人あまりが集まり、3・1運動の指針や計画を論議されました。
また勝洞教会に大韓女子基督教青年連合会(YWCA)が設立、女性の社会活動や奉仕活動の一翼を担う契機となりました。このように勝洞教会は日帝強占期の民族運動や社会活動に大きな役割を果たしました。

勝洞教会の建物は地上2階・地下1階建て、およそ660平方メートルの規模を誇ります。設計者や施工は未詳となっています。
現在は周辺の建物に隠れ、本来の威風堂々たる姿は見られませんが、建築当時には周辺の建物に比べ高くそびえる堂々たる建物でした。屋根の形態は十字型の切妻屋根で、正面の切妻は大きく、側面の切妻は2段となっており、現在は内部の祭壇を広げ、後面に2段の切妻となっています。正面中央部には大型アーチ窓(現在は現代的な四角窓に改造)を、その左右には小型アーチ開口部(現在は現代的な出入口に改造)を設け、切妻には円形窓を設けています。勝洞は仁寺洞(インサドン)に編入されましたが、設立当時の名称をそのまま使っています。

* 年代 : 1904年、1957年増改築
* 規模・様式:地上2階・地下1階建て、面積773.56平方メートル、ロマネスク風

在韓日本国大使館公報文化院(주한일본국대사관 공보문화원)

在韓日本国大使館公報文化院(주한일본국대사관 공보문화원)

341m    225     2020-01-13

ソウル特別市 鍾路区 栗谷路 64

在韓日本大使館公報文化院は1971年7月30日「在韓日本大使館公報官室」としてガールスカウトビルにオープンしました。1975年2月15日に現在の建物である国源ビル1階に移転、数回の拡張を経て現在の規模となりました。1988年1月1日より「在韓日本大使館広報文化院」に名称を変更、1993年4月1日には「広報」を韓国でよく使われている「公報」に変更して現在と同じ「在韓日本大使館公報文化院」となりました。
さまざまな日本の文化に接することができる在韓日本大使館公報文化院には1階に日本情報広場・J.I.Square、2階に展示スペース「シルクギャラリー」、3階には座席数100席を超えるホール・ニューセンチュリーホール、日本音楽情報センター(JMIC)、留学/JETプログラム相談室といった施設があります。


ソウルYMCA観光ホテル(서울YMCA관광호텔)

ソウルYMCA観光ホテル(서울YMCA관광호텔)

409m    345     2017-12-19

ソウル特別市 鍾路区 鍾路 69
02-734-6884

ソウルの中心部・鍾路の繁華街にあり、交通の便が大変よく、ビジネスマンや観光客によく知られたホテルです。
近くには歴史的な観光名所が多く、徳寿宮、景福宮、昌慶宮、光化門、秘苑、ソウルNタワーがあるほか、デパート、東大門・南大門市場、仁寺洞伝統通り、パゴダ公園、清渓川、大型書店、映画館などもあり、観光とショッピングが一緒にできる良い立地条件の場所にあります。

DYNAMIC MAZE(ソウル仁寺洞店)(다이나믹 메이즈(서울 인사동점))

317m    1513     2020-07-08

ソウル特別市 鍾路区 仁寺洞キル12

「DYNAMIC MAZE(ダイナミックメイズ)」は、瞬発力と集中力を要するミッションを仲間とともに遂行しながら迷路を脱出する室内プレイ空間です。大きな迷路の中で壁を上ったり、張り巡らされたゴムバンドをくぐるなど、さまざまな障害物を乗り越え脱出しなければなりません。2015年7月にソウル仁寺洞店がオープンし、その後、束草店と済州城邑店がオープンしました。

ソウルアートシネマ(서울아트시네마)

326m    3813     2019-03-19

ソウル市 鍾路区 楽園洞
+82-2-741-9782, +82-2-745-3316

2002年5月に開館した「ソウルアートシネマ」は、教育的/文化的を目的した映画を上映するソウル唯一の非営利文化空間として、毎年300余りの映画を上映しています。

ソウルアートシネマは、世界映画史の巨匠たちの懐古展と国家別の映画祭、古典及び芸術映画の企画展そして、映画と歴史・社会・政治などに関連する特別展などを定期的に開催してきました。
また、青少年たちを主な対象として、映画を見る楽しみを感じられるように、監督、評論家または関連専門家と共に討論する「映画館の中の小さな学校」、日本映画の傑作などを監督、テーマ、時代別に選定して、無料で観賞できる「日本映画定期無料上映会」、韓国新作、独立短編映画などを毎月3週目の金曜日の夜に披露する「金曜短編劇場」など、持続的に定期上映会が準備されています。

また、自分だけの方式で独特な映画世界を作り上げている監督を選び、彼らに出会い、彼らの作品世界を共に話しある席も毎月設けられています。この他にも、映画に関する分析と討論、多様な場を設け、シンポジウムとフォーラムなど映画愛好家達、一般大衆、映画制作者たちのために教育プログラムを進行しています。

オンゴ・フード(온고푸드)

329m    9539     2017-09-18

ソウル特別市 鍾路区 三一大路30キル12

オンゴ・フードコミュニケーションズは2008年、食を通じた韓国と世界の文化を結ぶ架け橋の役割を果たすことを目標に設立されました。「オンゴ」とは温故知新(韓国語読み:オンゴジシン)、つまり「古のものに親しみ、そこから学び、新しいものを創造する」という意味からつけられました。オンゴはコンサルティング会社を前身とし、外国人を対象に料理授業と食ツアーを運営しています。

仁寺伝統文化祭り(인사전통문화축제)

355m    1449     2019-10-29

ソウル特別市 鍾路区 仁寺洞33-2
保存会+82-2-737-7890

1987年から始まった「仁寺伝統文化祭り(インサジョントンムナチュッチェ)」は、鍾路区地域特性文化祭りとして、市民はもちろん外国人観光客も多く訪れるお祭りです。世界民俗祭、祭り行進、のど自慢など各種の文化イベントプログラムの他、ストリート企画展として開かれる陶芸実演、ストリート画家、伝統餅つきなど、他の祭りとは差別化されたプログラムも楽しめます。

光化門アチム (광화문아침)

363m    10     2020-05-26

ソウル 鍾路区 プクチョンロ 1ギル 5, MJ Bldg. 3階
+82-2-745-0628