大韓民国歴史博物館(대한민국역사박물관) - エリア情報 - 韓国旅行情報

大韓民国歴史博物館(대한민국역사박물관)

大韓民国歴史博物館(대한민국역사박물관)

0m    6491     2020-08-06

ソウル特別市 鍾路区 世宗大路198

「大韓民国歴史博物館」は、19世紀末の開港期から今日に至る韓国の歴史を総合的・体系的に知ることができる韓国初の国立近現代史博物館として、2012年12月26日に開館しました。苦難と逆境を乗り越え、発展した韓国の歴史を展示・教育・調査・研究・資料収集し、国民と共有するための施設といえます。
第1展示室「大韓民国の胎動」、第2展示室「大韓民国の基礎確立」、第3展示室「大韓民国の成長と発展」、第4展示室「大韓民国の先進化、世界への躍進」で構成されています。子ども博物館「大韓民国歴史夢の村」では様々な体験を通して近現代史を学ぶことができます。その他、博物館では教育プログラムや文化イベントも行われています。

世宗路公園(세종로공원)

世宗路公園(세종로공원)

159m    2145     2020-01-17

ソウル特別市 鍾路区 世宗大路 175

世宗路(セジョンノ)公園はソウル都心の中心地・光化門交差点から光化門に至る世宗路(セジョンノ)にあり、世宗文化会館の右手に造成された公園です。
園内には木陰や木製のベンチもあり、近くで働く人々の憩いの場となっています。
また、噴水、野外円形ステージ、各種オブジェなどなどもあり、週末には野外結婚式の会場として利用されることもあります。
ほかにも『ソウル讃歌』(原題:ソウルの讃歌)の歌碑も建てられています。

忠武公 李舜臣銅像(충무공 이순신 동상)

忠武公 李舜臣銅像(충무공 이순신 동상)

175m    314     2020-02-11

ソウル特別市 鍾路区 世宗大路 175

ソウル光化門(クァンファムン)にある忠武公(チュンムゴン)李舜臣(イ・スンシン)銅像は、政府傘下の団体であった愛国烈士彫像建立委員会とソウル新聞社の共同主管により1968年4月27日建立されました。

高さ17メートル(銅像6.5メートル、基壇10.5メートル)の青銅立像の形態で建立され、周囲には亀甲船の模型と1対の太鼓の造形物があります。
国家の心臓部に通じる光化門交差点に置かれる愛国烈士銅像の人物選定においては、世宗路(セジョンノ)と太平路(テピョンノ)の大通りが南北を貫き、南方にある日本の気が大変強く入ってくるため、これを抑える必要があるという当時の風水地理学者らの意見をもとに、世宗路交差点に日本が最も脅威に感じる人物の銅像、国を守るという意味合いから、倭敵を追いやり国を救った李舜臣将軍に決定したということです。

李舜臣銅像の彫刻的特徴は、その記念碑的な象徴性にあり、その人物がもつ歴史的意味を強調し表現した作りとなっています。海を守る李舜臣将軍の業績を称えるかのように、李舜臣将軍銅像の前には噴水が造られています。

ktスクエア(kt스퀘어)

ktスクエア(kt스퀘어)

197m    183     2018-05-23

ソウル特別市 鍾路区 世宗大路 178

大韓民国の通信の歴史、隔世の感をここで実感!
韓国の通信大手・KTが作る文化スペースで、約3,300平方メートルの広さのスペースで最新IT機器を体験できたり様々な複合文化公演なども鑑賞可能。特にフューチャーギャラリーではKTの5G技術を直接体験でき、医療及びセキュリティ、エネルギー、VR、コネクティッド・カーなどを直接体験できます。
このほか、ギャラリー130では大韓民国における通信130年の歴史も見ることができ、通信手段の変遷を隔世の感を持って実感できる空間ともいえます。

ollehスクエアドリームホール(올레스퀘어 드림홀)

ollehスクエアドリームホール(올레스퀘어 드림홀)

200m    9598     2019-03-20

ソウル市 鐘路区 世宗大路178(世宗路)KT光化門支社

2010年に新しく登場したolleh(オーレ)スクエアは、カフェや散歩、ショッピング、公演と一緒に多様な感性体験と遊びの文化を楽しめる場所です。今では生活の必需品となったIT機器を直接扱いながら自由に体験できます。ドリームホールはクラシックからジャズまで、多様なジャンルの文化公演に、生活ITの易しく便利な使い方を学ぶことができる無料の講演も開かれます。ドリームホールの前面が透明なガラスでできており、建物の外部からもパフォーマンスを見ることができます。

世宗大王銅像(세종대왕 동상)

世宗大王銅像(세종대왕 동상)

210m    1713     2020-02-06

ソウル特別市 鍾路区 世宗大路 175

景福宮(キョンボックン)正面に向かい南北に貫く大通り・世宗路(セジョンノ)の中央分離帯のエリアに作られた光化門(クァンファムン)広場。ここにはひときわ大きい世宗大王(セジョンテワン)の銅像があります。
世宗大王は韓民族の英雄として景福宮で即位し、そしてここで昇遐(崩御)した初めての王であったという歴史的事実などから、新たな精神に則りここに世宗大王銅像を建設することとなり、韓民族のプライドを高め、韓民族のすばらしさを世界に知らしめる目的でこの世宗大王銅像を制作するに至りました。
銅像は高さ6.2m、幅4.3mあり、南の方を向いた基壇の上に世宗大王の座像となっており、韓国が誇る名将・李舜臣(イ・スンシン)将軍像の後方250mのところにあります。

銅像の容姿は王の威厳というよりは温和な表情をしており、片手には書籍を持ち、もう片方の手は民を慰めるかのような親近感を与える姿となっています。世宗大王銅像が置かれている前の広場には、天体の運行やその位置を測り天文時計の役割を果たした器具・渾天儀(ホンチョニ)、朝鮮時代の世宗大王治世以降から朝鮮時代末期にかけて降雨量を測った器具・測雨器(チュグギ)、17世紀から18世紀にかけて制作された日時計・仰釜日晷(アンブイルグ)を制作し展示しています。
また、広場の端を流れる水路には朝鮮時代の年表が刻まれています。
そして、銅像の裏手にある柱の形の6本の列柱には、集賢殿学士図、鋳字所図、六鎮開拓図、対馬島征伐図、知音図、書雲観図を浮彫で彫刻し世宗大王の業績をシンボリックに表現、銅像後ろの基壇には世宗物語展示館がある地下へ繋がる入口があります。

世宗大王(1397~1450年)は朝鮮時代第4代の王で、1418年から1450年までの在位期間中、儒教政治の基礎を確立し、公法を施行するなど各種制度を整え、朝鮮王朝の基盤を確固たるものとしました。
また、ハングルの創製をはじめ、朝鮮時代の文化の隆盛に貢献し科学技術を大きく発展、蓄積した国力を礎に国土を広げました。
世宗大王は名を祹(ト)、字を元正(ウォンジョン)といい、 朝鮮時代第3代の王・太宗(テジョン)の三男として生を受け、母は元敬王后(ウォンギョンワンフ)閔氏(ミンシ)です。
 妃は青川府院君・沈温(シム・オン)の娘である昭憲王后(ソホンワンフ)です。

忠武公物語(충무공 이야기)

忠武公物語(충무공 이야기)

211m    439     2020-09-08

ソウル特別市 鍾路区 世宗大路地下175

「死を覚悟し戦えば生き残り、生き残ろうとすれば戦いを避け死に至らしめる」[乱中日記]1597年9月15日
「忠武公物語(チュンムゴンイヤギ)」は、李舜臣将軍の生涯と業績を展示した記念館です。先端デジタル技術と展示技法を混合活用し、李舜臣将軍の愛国心と民を愛する精神、壬辰倭乱における劇的な海戦勝利などの話を通じて将軍の業績と人間的な一面を知ることができるように工夫されています。

世宗物語(세종이야기)

世宗物語(세종이야기)

224m    11362     2020-09-08

ソウル特別市 鍾路区 世宗大路地下175

朝鮮4代王の世宗大王はハングル創製、科学・文化芸術、軍事政策など大韓民国の歴史上、最も輝かしい業績を残した人物です。光化門広場内の世宗大王の銅像の後ろ側にある通路から入ると、彼の業績をテーマにした「世宗物語」展示館があります。世宗物語の展示館は3,200平方メートル規模で、全9つの空間で構成されています。 世宗大王の年代記をはじめとして、民本政治、ハングル創製、科学と芸術、世宗の軍事政策などの業績およびエピソードを知ることができるだけでなく、ハングルの歴史も学ぶことができます。さらに、企画展示、世宗映像館・情報書籍、記念品館、休憩コーナーなどがあります。
世宗物語展示館は、光化門広場の出入り口以外に、「疎通の庭」という通路を中心に左側にはKTの建物の地下と、右側は世宗文化会館がつながっており、誰でも気軽に観覧することができます。

光化門(광화문)

光化門(광화문)

255m    34825     2019-04-10

ソウル特別市 鍾路区 社稷路161
+82-2-3700-3900

※2019~20 韓国観光100選※

「光化門(クァンファムン)」は景福宮の南門であり、宮城の正門です。光化門は国王が頻繁に出入りする正門でもありましたが、景福宮が朝鮮の王が住む宮廷であったため他の宮殿の正門に比べて規模と格式の面でもとても雄大で華麗でした。また東西の塀の終わりに各東十字閣と西十字閣が設置され、朝鮮5大宮殿の中で唯一、宮門形式となっています。
景福宮の創建当時には特別な名前はなく、宮制によって「午門」と呼ばれたり、1395年に鄭道伝(チョン・ドジョン)によって「正門」と名前を変えましたが、1426年に景福宮を修理するとともに、集賢殿(高麗以来、朝鮮初期にわたって宮廷に設置された学問研究機関)によって「光化門」と名づけられました。
韓国戦争(1950~53年・休戦)の時に爆撃を受けて門楼が壊れて石垣は弾痕だらけとなりました。1968年、破壊された門楼を建て直して再建されましたが再建した光化門は鉄筋コンクリートで造られ、もとの場所よりも14.5メートルほど後方に建てられました。このように原型を失った光化門を復元しようと2006年から光化門の撤去作業は始まり、3年8ヶ月の復元工事を経て2010年8月15日に工事が終了しました。
花崗岩でずっしりとした基壇を造り、その上に2階の門楼を建て、基壇にある3つのアーチ型の出入り口は景福宮が朝鮮の宮殿であるという威厳を見せています。

世宗文化会館(세종문화회관)

世宗文化会館(세종문화회관)

256m    28940     2019-04-19

ソウル特別市 鍾路区 世宗大路175
+82-2-399-1114

世宗文化会館は、様々な文化を接する機会を増やし文化振興に寄与する文化芸術の場としやその運営を通じてソウル市民の文化福祉実現に貢献することを目的に、1999年7月1日財団法人に組織替えし再スタートしました。

世宗文化会館は来場者の目線に合った運営を通じ、公演芸術の質的向上を図ると共に、市民の居心地のよい憩いの場となるよう日夜努力をしています。

2007年大々的なリモデリングを完了し、世宗大劇場、世宗Mシアター、世宗チェンバーホール、美術館など様々な附帯施設を保有する複合文化芸術センターとして生まれ変わりました。

公演内容についても世宗文化会館傘下の9つの芸術団体を中心に伝統公演やクラシック、クロスオーバー公演まで様々なジャンルの公演を行い、皆様に様々な文化に接していただけるよう努力しています。

開館日:1978年4月14日

東十字閣(동십자각)

東十字閣(동십자각)

287m    91     2020-05-08

ソウル特別市 鍾路区 三清路 1

東十字閣(トンシプチャガク)は、景福宮(キョンボックン)の正門・光化門(クァンファムン)の右手(東側)へと続く石塀と、光化門の北東にある建春門(コンチュンムン)から続く石塀とがぶつかる、景福宮の南東の隅に建てられた望楼です。
基礎の石壇部分は朝鮮時代初期の遺構とみられますが、楼閣自体はは興宣大院君(フンソンテウォングン・在位=1864~1898年)の時代に建立されたものと推測されます。
東十字閣の規模は小さいながらも、調和の取れた芸術的な造形美を誇り、景福宮にある優れた建築物のひとつと言えます。
東十字閣の建物は、景福宮の東南の隅に建てられた望楼のような高台にある建物としての役割を果たしていましたが、景福宮の敷地を囲む塀が東十字閣周辺で無くなってしまったことから、現在では道端にぽつんと立ったような形になってしまいました。
十字閣の建物は元々、景福宮の正面の東西の両隅にそれぞれ東十字閣・西十字閣(ソシプチャガク)が建てられ王宮の内と外を監視できるようになっていましたが、西十字閣の方は取り壊され現在ではありません。
長大石を組んで作った石の基壇の上に建っている楼閣は、正面と側面がすべて3間の長さの正方形をした形となっています。
また、楼閣の骨格となる木材でできた軸部の構造は、柱と柱の間の下部にある貫木・下枋(ハバン)と、上部の柱貫・昌枋(チャンバン)のみで組み上げ、柱と柱の間には壁がなく柱むき出しの構造となっており、楼閣が建つ石壇上部の床面は土床となっています。

光化門広場(광화문광장)

152m    29514     2020-06-29

ソウル特別市 鍾路区 世宗大路172

2009年8月1日、新しく整備された「光化門広場(クァンファムングァンジャン)」は、600年の歴史をもつソウルの中心通り「世宗路」を車両中心の通りから歩行者中心の空間にしたものです。景福宮や北岳山など美しい自然環境が展望できる空間として、また世宗路の昔の姿である六曹通りの復元を通して、歴史・文化体験の空間として生まれ変わりました。ソウル市鍾路区光化門から世宗路交差点や清渓広場に続く世宗路中央に長さ550メートル、幅34メートルで造られ、「光化門の歴史を回復する広場」や「六曹通りの風景を再現する広場」「韓国の代表広場」「市民達が参加する都市文化広場」「都心の中の広場」「清渓川連結部」などからなっています。
入口にある「光化門の歴史を回復する広場」には踏み石を再現しヘテ像を復元、世宗炉公園周辺にある「六曹通りの風景を再現する広場」には漢陽の中心通りであった六曹通りの痕跡を再現し、これを形象化した縮小模型も設置されました。
世宗文化会館間にある「韓国の代表広場」には世宗大王の銅像を移転し、噴水を利用したウォータースクリーンを通してハングルを形象化し見せてくれます。
世宗文化会館とイ・スンシン将軍像の間の「市民達が参加する都市文化広場」には利用客のための施設や展示場、エレベーター、約束の場所の他、文化ギャラリーなどが入っています。イ・スンシン将軍像の周辺に造られた「都心の中の広場」には世宗路のシンボルであり、都市景観軸の中心地として蓮池と平面噴水などの施設を設置しました。世宗路の交差点、清渓広場の間の「清渓川連結部」は清渓川と景福宮をつなぐ歩行ネットワークの連結軸としての役割を果たしています。
この他、地下鉄「景福宮(キョンボックン)駅」や「光化門(カンファムン)駅」で発生する地下湧出水を清渓川に流す「メモリアル水路」やイ・スンシン将軍像の後ろに地上と光化門駅をつなぎ、楽に広場を行き来できるように「サンクン広場」を造りました。 その他には合計10本の車道と歩道を利用し、規模に合わせて交通統制を行い中規模イベントの際には幅67メートル、大規模イベントの際には幅100メートルまで広がります。