エンブル家屋(앤블가옥) - エリア情報 - 韓国旅行情報

エンブル家屋(앤블가옥)

エンブル家屋(앤블가옥)

17.2Km    2024-02-22

チュンチョンナム道チョンアン市トンナム区ウォンゴリ13ギル1

エンブル家屋は、天安(チョンアン)の旧都心に位置しているマルチカルチャーショップです。書店、カフェ、レストランと集いの場、陶芸工房、ゲストハウスが一か所に集まっています。1階には書店の[ボーヴォワール]、向い側にはカフェの[東洋趣味]があるので本とコーヒーを楽しめます。2階には[ウォンゴリ食堂]、レンタルスペースの[ビンカン(空欄)]があります。3階には陶芸工房の[画描図(ファミョド)]、4階にはゲストハウスの[マロコステイ]が運営されています。

ソルメ聖地(솔뫼성지)

ソルメ聖地(솔뫼성지)

17.2Km    2025-08-12

チュンチョンナム道タンジン市ウガン面ソンサン里サン45-3

「ソルメ」は忠清道でもっともよい場所といわれる「内浦(ネポ)」にあり、松の木が生い茂る小さな丘という意味です。1821年8月21日、韓国キリスト教初の司祭となった金大建(キム・テゴン)アンドレア神父はここで生まれました。その後、迫害から逃れるべく祖父のキム・テクヒョンに伴われ竜仁のハンドク洞(現在のコルベマシル)に引っ越すまでの7年間をここで過ごしました。神父の曽祖父キム・ジヌ(1814年殉教)、大おじのキム・ハンヒョン(1816年殉教)、父の金済俊(1839年殉教)そして金大建神父(1846年殉教)まで4代にわたる殉教者が生活した地でもあります。
神父はコルベマシルにおいてマカオへ留学する神学生として選抜されました。1845年上海の金家港聖堂のフェレオール主教から司祭に任命され、その年の10月に帰国、帰国後は竜仁一帯でキリスト教活動をしましたが、1846年9月死刑が言い渡され、セナムトで殉教しました(享年26歳)。1984年5月教皇ヨハン・パウロ2世が韓国を訪問した際、聖人となりました。ソルメ聖地の松の木の下には神父の銅像をはじめ記念の塔などが建てられています。下っていくと避静の家聖堂(160名収容)があり神父の遺骸が納められています。

講堂コル渓谷 (강당골계곡)

講堂コル渓谷 (강당골계곡)

17.2Km    2024-02-22

チュンチョンナム道アサン市ソンアク面カンダン里510

講堂(カンダン)コル渓谷は、牙山(アサン)市と天安(チョンアン)市の境界をなす広徳山(クァンドクサン)北側の麓で、外厳川(ウェアムチョン)が流れる渓谷です。水が清らかでうっそうとした森を抱えているので森林浴と共に夏には水遊びも楽しめます。広徳山の登山路もよく整備されています。村にはキャンプ場、ペンションなどの宿泊施設があり、おいしい食堂もいくつか分布しています。

鳳谷寺(봉곡사)

17.4Km    2024-09-12

忠清南道 牙山市 松岳面 道松路632番キル138

「鳳谷寺(ポンゴクサ)」は、松岳面の南端にある鳳首山(ポンスサン)のトンブク渓谷にある古刹です。うっそうと茂る松林に囲まれた入り口と背後に迫る山がこの静かで清らかな道場を一層引き立たせています。渓谷を前にした800坪もの敷地に大雄殿、香閣殿が並んでいて、その北側には「ロの字型」の大きな寮舎、さらにそのうしろには倉庫があります。
また敷地の入り口の南側の丘の上には三聖閣があります。この三聖閣と香閣殿は近年建てられたものですが、大雄殿と寮舎は古の雰囲気が漂う木造建築であり1891年の火災に遭い、修復されたものと記録から判断できます。また満空禅士が1895年7月に悟りを開き悟道頌を詠んだ仏教の聖地として知られています。


重要文化財
鳳谷寺大雄殿および庫房(忠清南道文化財資料)
仏画(忠清南道文化財資料)

新平醸造場 白蓮醸造文化院(신평양조장 백련 양조문화원)

新平醸造場 白蓮醸造文化院(신평양조장 백련 양조문화원)

18.0Km    2023-06-19

チュンチョンナム道タンジン市シンピョンロ813

1933年から同じ場所で3代にわたって酒をつくり続ける新平(シンピョン)醸造場。醸造産業の過去・現在、そして未来を体験する特別な韓国式ブルワリーツアー。
農林畜産食品部の近代文化遺産復元プロジェクト「訪問醸造場」に初めて選ばれた新平醸造場は職人精神で酒をつくり、韓国近現代醸造文化を継承発展させていく伝統醸造文化企業です。 

合徳聖堂(합덕성당)

合徳聖堂(합덕성당)

18.2Km    2023-06-19

チュンチョンナム道タンジン市ハプトク邑ハプトクソンダン2ギル16

1929年に建てられたゴシック様式のカトリック聖堂です。前身は古徳面上宮里に設立されたヤンチョン聖堂で、Curlier神父が現在の場所に合徳聖堂を建てて移転し、合徳聖堂に名称を変えました。その後、新合徳聖堂ができると旧合徳聖堂に改称され、のちに合徳聖堂という元の名前に戻りました。

合徳堤(합덕제)

18.3Km    2023-06-22

チュンチョンナムド道タンジン市ハプトク邑

合徳堤(ハプトクチェ)は忠清南道唐津市に位置する貯水池です。統一新羅末期に築造されたと伝えられ、1989年に忠清南道記念物に指定されました。礼唐平野(ソドゥル江門)灌漑のためのもので、春は桜や菜の花、夏は蓮の花が咲き、多くの観光客が訪れます。また合徳堤は蓮堤、蓮池と呼ばれるほど蓮の名所としてよく知られています。近くに合徳堤生態観光体験センター(2021年開館)と合徳水利民俗博物館があり、合わせてめぐるとよいでしょう。

秋史古宅(추사고택)

秋史古宅(추사고택)

19.7Km    2022-12-26

チュンチョンナム道イェサン郡シナム面チュサゴテクロ261

朝鮮時代末期の代表的な実学者であり、書道家でもある秋史・金正喜先生の生家である「秋史古宅(チュサゴテク)」は、秋史の曾祖父である金漢藎が建てたといわれています。秋史古宅の敷地面積は266.11平方メートル(80.5坪)で、建物は正門脇の棟、鉤形の居間棟、ロの字型の母屋、秋史先生の姿の描かれた掛け軸のある祠堂があります。居間棟には南側に1間、東側に2間のオンドル部屋があり、その他にも広い板の間や縁側があります。母屋には6間の板の間と2間の幅がある奥の間、板の間を挟んで奥の間の向かいにも部屋があります。他にも秋史先生の墓や、金漢藎とその夫人・和順翁主の合葬墓、和順翁主烈女門(紅門)があります。また秋史古宅から北に600メートルほど行くと天然記念物の白松が生えています。中国北部地方が原産地で、韓国に数本しか生えていない希少種です。礼山の白松は、秋史先生が25歳のとき、清の燕京から帰国する際に白松の種を筆軸の中に入れて持ち帰り、祖父の祖父にあたる金興慶の墓の入口に植えたもので、元々は下から50センチメートルほどのところから新しい幹が育っていましたが、西側と中央の二つの幹が折れ、東側の幹だけが残っています。1980年に幹の傷んだ部分は補修され、その後は徹底して保護・管理されています。

秋史記念館(추사기념관)

秋史記念館(추사기념관)

19.7Km    2024-12-27

チュンチョンナム道イェサン郡シナム面チュサゴテクロ249

秋史(チュサ)金正喜(キム・ジョンヒ)先生の作品を保存・展示する「秋史記念館」は秋史・金正喜先生の芸術、金石学、書道など偉大な業績を称え、後世に残した作品を体系的に保存・展示し、いくつもの顔をもつ秋史先生のその地位を再確立するために2008年に建設されました。

金正喜先生故宅・墓 (추사김정희선생고택·묘)

19.7Km    2024-02-21

チュンチョンナム道イェサン郡シンアム面チュサゴテクロ261

金正喜(キム・ジョンヒ)先生故宅&墓は、学者で芸術家の秋史(チュサ)金正喜が暮らしていた家と墓です。そばには記念館と体験館が整備されています。彼は中国の清に留学し、多くの官職に務め、自分ならではの書体である秋史体を完成しただけでなく数多くの美術作品を残しました。体験館では金正喜に関係している韓国伝統美術体験もできます。