温渓宗宅三栢堂[韓国観光品質認証](온계종택 삼백당[한국관광 품질인증]/Korea Quality) - エリア情報 - 韓国旅行情報

温渓宗宅三栢堂[韓国観光品質認証](온계종택 삼백당[한국관광 품질인증]/Korea Quality)

温渓宗宅三栢堂[韓国観光品質認証](온계종택 삼백당[한국관광 품질인증]/Korea Quality)

35.00001280523967m    67     2023-10-30

キョンサンブクト アンドンシ オンヒェジュンマギル 20
+82-10-8704-3434、 +82-10-2988-3435

「温渓宗宅三栢堂」は、退渓李滉先生の兄の温渓イへ先生が住んでいた旧跡に復元した韓屋であります。村の歴史を象徴する500年の栗の木が訪問客を迎えます。客室によって、トイレ付きバスルームやエアコンが設置されています。共用シャワー場と洗濯室、キッチン、倉庫、板の間は共同で使用します。10人以上の場合、訪問時に事前に問い合わせれば、屋外のバーベキュー施設の利用が可能で、事前予約時に茶器袋の作りや韓紙工芸などの有料体験ができます。 

老松亭宗宅[韓国観光品質認証](노송정종택(퇴계생가)[한국관광 품질인증]/Korea Quality)

老松亭宗宅[韓国観光品質認証](노송정종택(퇴계생가)[한국관광 품질인증]/Korea Quality)

155.0267149460929m    19856     2023-10-30

キョンサンブクト アンドンシ トサンミョン オンヒェジュンマギル 46-5
+82-54-856-1052

キョンサンブクト・アンドンシ・トサンミョンにあるノソンゾン宗宅は退渓李滉の生家だ。 退渓李滉が生まれた部屋を退渓泰室と呼ぶ。中央に三面を欄干で囲み、楼の形で独特に作られている。 客室は計7室で、大きな舍廊チェ(クンサランチェ・客を接待し、客が集まって談笑したり、趣味を楽しんでいた空間)と本屋、奥の間(アンバン・自宅の部屋の中で中心になる部屋)にはトイレが付いている。 ノソンゾンの亭は一軒家で 大きな部屋2つと床で構成されており、トイレとシャワールームは屋外にある。 上の部屋、下の部屋、大きい部屋(クンバン)小部屋(ジャグンバン)も屋外のトイレを利用する。近隣に陶山書院(トサンソウォン)、清涼寺(チョンリャンサ)、国望峰(ククマンボン)などの遺跡地がある。

陶山書院[ユネスコ世界遺産(文化遺産)](도산서원 [유네스코 세계문화유산])

2.7 Km    20954     2023-05-27

キョンサンブク道アンドン市トサン面トサンソウォンギル154

陶山書院(トサンソウォン)の建物群は、建築的観点から見ると、陶山書堂(トサンソダン)と陶山書院の建物に分けることができます。陶山書堂は、朝鮮時代中期の著名な儒学者・退渓(テゲ)李滉(イ・ファン)先生自らこの場所に住み、弟子らに教えを施したところです。一方、陶山書院の方は李滉先生が亡くなった後建てられ、追加で建てられた祠堂や書院の建物群を指します。

陶山書堂は1561年、李滉先生がこの地に戻った後、学問の研究と後進養成のため建てられた建物です。この建物は陶山書院の中でもっとも古い建物で、李滉先生自ら設計したものといわれています。当時、儒生らの寄宿舎の役割を果たした隴雲精舍(ノンウンジョンサ)や陶山書堂を管理する人が暮らす下庫直舎(ハゴジクサ)も同時に建てられました。

これに対して陶山書院は李滉先生が亡くなった6年後の1576年に完工しました。1570年に李滉先生がこの世を去ると、1572年、李滉先生の位牌を尚徳祠(サンドクサ・宝物)に祀ることにしました。その2年後、地元の儒林(儒学者)の公議により祠堂を建て位牌を奉安、典教堂(チョンギョダン・宝物)や東斎(トンジェ)・西斎(ソジェ)の建物を造り、書院としての形ができました。

1575年には朝鮮時代の書家・韓石峰(ハン・ソッポン)が書した「陶山書院」の扁額を王より賜り、賜額書院として現在の慶尚道・嶺南(ヨンナム)地域の儒学の総本山となりました。1615年、士林(儒学者)らが朝鮮時代中期の文臣・趙穆(チョ・モク)を新たに祀りました。1792年、朝鮮王朝第22代の王・正祖(チョンジョ)が致祭(チジェ=王が祭物や祭文を贈り祭祀を行うこと)を行うこととし、陶山別科を新設しました。続いて1796年には試士壇(シサダン)を、1819年には蔵書庫・東光明室(トングァンミョンシル)を建立しました。

1870年に行われた興宣大院君(フンソンデウォングン)による書院撤廃令では、陶山書院は撤廃令の対象外となり廃止を免れました。1930年には西光明室(ソグァンミョンシル)を増築し、1932年には下庫直舎を移築しました。1969年には陶山書院を中心に林野及び田畑19筆324,945平方メートルを含む地域が史跡に指定されました。1970年からは大統領令により補修・増築事業を進め、韓国の儒学思想の精神的な故郷として聖域化されるに至りました。1977年には陶山書院管理事務所が設置され、管理運営条例を制定・公布、今日に至っています。

聾岩宗宅(농암종택)

5.1 Km    51330     2023-05-27

キョンサンブク道アンドン市トサン面カソンギル162-133

聾岩・李賢輔の宗宅、聾岩宗宅
安東市(アンドンシ)陶山面(トサンミョン)佳松里(カソンリ)に位置している聾岩(ノンアム)・李賢輔(イ・ヒョンボ)の宗宅。李賢輔は1504年に司諫院・正言の職に就きましたが、国王を怒らせたことで安東に流された人物です。元々、聾岩宗宅(ノンアムジョンテク)はプンチョン村に建てられましたが、1976年の安東ダム建設により村が水の中に沈んでしまいました。その後、安東の各所に分散して移転されていた宗宅と祠堂、肯構堂(クングダン)を永川李家宗孫のイ・ソンウォン氏が1ヶ所に集めて移築しました。2007年には汾江(プンガン)書院が再び移され、今は汾江村とも呼ばれて一般の人々に公開されています。

安東国学文化会館(안동국학문화회관)

5.4 Km    5447     2019-03-20

慶尚北道 安東市 陶山面 退溪路 1997
+82-54-856-7337

国学文化会館は昔のソンビ(学者)たちの暮らしや思想、伝統文化が体験できる場所です。また、研究目的で韓国国学振興院に滞在を希望する外部の研究者や国学振興院の教育研修プログラムを履修する教育生たちに宿泊を提供する目的で設立されました。
ここでは家族の集まりや企業の研修、青少年団体の修練活動のための伝統文化教育研修、体験など多様なプログラムが運営されています。下に見える安東湖や自然に囲まれた快適な雰囲気、我が家のようなやすらぎ、洗練された雰囲気で平日や週末を満喫できる最適の休息・文化空間といえます。
周辺には伝統文化の息づく陶山書院や鳥川遺跡地、山林科学博物館などの観光名所があります。

儒教文化博物館(유교문화박물관)

儒教文化博物館(유교문화박물관)

5.6 Km    28334     2019-03-20

慶尚北道 安東市 陶山面 退渓路 1997
+82-54-851-0800

国内唯一の儒教専門博物館、儒教文化博物館
韓国国学振興院の付属期間である儒教文化博物館は韓国の優秀な伝統文化を国内外に広め、これを土台にして国学資料の寄託を活性化しようとする目的で設立された国内唯一の「儒教」専門博物館です。博物館は伝統文化の中心である儒教文化の幅と深さを見ることのできる多様な遺物と豊かな見どころを発掘し、民族文化の産室としての役割を遂行しています。

儒教文化博物館で見ることのできる展示物
儒教文化博物館は一般展示室6室、特別展示室3室、企画展示室1室、セミナー室、ミュージアムショップなどで構成されています。このような施設を基盤にして各一族や書院など民間から寄贈されて所蔵している国学資料の中から文化財としての価値が高いものを厳選して、一般公開をしています。また、多様な文化教育プログラムと体験学習を行っています。

メミルコッピミョン ( 메밀꽃피면 )

メミルコッピミョン ( 메밀꽃피면 )

6.0 Km    34     2021-04-05

慶尚北道 アンドン市 ドサン面 ソンソン4ギル22
+82-54-843-1253

その場で打ったそばとコクのあるスープが逸品の店です。代表的なメニューはそばです。慶尚北道のアンドン市に位置した韓食専門店です。

清涼山博物館(청량산박물관)

清涼山博物館(청량산박물관)

7.1 Km    26072     2019-03-20

慶尚北道 奉化郡 明湖面 広石キル 39
+82-54-679-6671

清涼山を背景にした文化遺産と自然環境、地域広報資料をひとつの場所に集めて展示することで奉化の歴史と文化に対する理解はもちろんのこと、地域伝統文化の継承と郡民の情緒を深める機会を作り、清涼山を訪れる人々に有益な探訪文化を提供し、自然体験の教育の場として活用され、地域の新しい観光名所を造成するために建てられました。

清凉山道立公園(청량산도립공원)

清凉山道立公園(청량산도립공원)

7.2 Km    7038     2022-07-05

キョンサンブク道ポンファ郡ミョンホ面クァンソクギル39

「清凉山(チョンニャンサン)道立公園」は昔から高僧と文人が留まった地域です。この山は奇岩絶壁が12峰を成し、洛東江が山を囲むように流れています。新羅の文武王3年(663年)に元暁大師が建てた清凉寺をはじめとする寺院や庵、寛倉の滝など数多くの見所があるところです。
清涼山道立公園の岩石の後ろには朝鮮時代の有名な学者・退溪李滉の「清凉山歌」の詩碑があります。 退溪が儒学を教えた学校である陶山書堂(トサンソダン)を建てる時、この清凉山に建てるか、現在の陶山書堂の位置に建てるか最後まで悩んだとされています。
清凉山は退溪李滉だけではなく新羅時代の僧侶である元暁義湘や名筆家・金生、学者・崔致遠などが訪れ修行した山です。そのため彼らにまつわる話が数多く残っており今でも彼らを慕う人々が訪ねてきます。

文化財

清凉寺琉璃宝殿(道有形文化財)、清凉精舍(文化財資料)

安東君子村(안동 군자마을)

安東君子村(안동 군자마을)

8.8 Km    1     2024-02-23

キョンサンブク道アンドン市ワリョン面クンジャリギル29

安東(アンドン)君子村は、600年前に形成された伝統的な村です。本来の場所は安東ダムの建設で水没し、2km離れた今の位置に村の家屋や東屋が移築されました。朝鮮時代の文官、鄭逑(チョン・グ)が「この村には君子でない人はいない」と言ったことから、君子村と呼ばれるようになりました。村には後彫堂(フジョダン)、濯清亭(タクチョンジョン)など、約20軒の古宅が原型のまま保存されており、代々伝わる養子縁組の文書、財産と奴婢の分配について記録した各種文書が約1,000点残されています。