楊平トゥムルモリ(양평 두물머리) - エリア情報 - 韓国旅行情報

楊平トゥムルモリ(양평 두물머리)

楊平トゥムルモリ(양평 두물머리)

0m    4695     2020-06-15

京畿道 楊平郡 楊西面 トゥムルモリキル
+82-31-770-1001

※2019~20 韓国観光100選※

映画のロケ地によく使われる美しいところ、トゥムルモリとケヤキ

トゥムルモリ(両水里=ヤンスリ)は金剛山(クムガンサン)を水源地とする北漢江(プッカンガン)と江原道(カンウォンド)・金台峰(キムデボン)の倹龍沼(ノムニョンソ)から始まる南漢江(ナマンガン)の二つの流れが落ち合うところという意味の地名です。別名・両水里と呼ばれ、テレビドラマや映画で広く知られるようになり、今では結婚記念の写真撮影の有名スポットとして人気を集めています。
その昔、このトゥムルモリの船着場が南漢江の最も上流にある江原道旌善郡(チョンゾングン)や忠清北道(チュンチョンプクド)丹陽郡(タミャングン)、そして下流にある船着場ソウル・纛島(トゥクソム)や麻浦(マポ)を繋ぐ船着場であったため、大変栄えたと言われています。
しかしほどなくして八堂(パルダン)ダムの工事が始まり水運が断たれ、道路が整備されることによって水運が衰退の一途を辿りました。また、1973年の八堂ダムの完工と共に周辺一帯が開発制限区域・グリーンベルトに指定され、漁労行為および船舶建造が禁止され、トゥムルモリは船着場としての機能を失いました。
現在、トゥムルモリは私有地となっていますが、早朝に咲く濃霧、映画にも登場した船着場、川にたたずむ枝垂れ柳など河畔の村の美しい風景があることから、結婚記念の写真撮影や映画・広告・ドラマのロケ地として、よく利用されています。また、写真撮影マニア最高の人気スポットでもあり、特に冬の雪景色や日没が美しいといわれています。

トゥルモリのもう一つの見どころ、「ケヤキ」
樹齢400年の3本のケヤキがまるで1本の大きな木のような形をなし、雨傘のような形の樹冠となっているトゥムルモリの亭子(東屋)のような木です。中央にある最も大きい木は、根元から枝が分かれたようになっており、本来2本だったものが合わさったのではないかと推定されています。川に向かって左側にある木は地上1.2メートルの部分で幹が2つに分かれ交差しており、ややアンバランスな形を形成しています。水辺に一番近い小さな木は川側の枝だけが発達した風変わりな形をしています。

洗美苑(세미원)

洗美苑(세미원)

993m    2584     2020-08-18

京畿道 楊平郡 楊西面 楊水路 93

京畿道楊平郡にある水と花の庭園「洗美苑(セミウォン)」は、歴史と文化が共存する自然浄化公園として生態環境教育、体験教育、展示活動を兼ねた複合文化空間をめざしています。6万2千坪の庭園では水質浄化能力に優れたハスを主に植栽し、漢江の水を浄化するのにも貢献しています。ハスの花が満開になる夏が一番美しい他、季節ごとに楽しめる庭園づくりがされており、四季を通じて見どころを提供しています。また、洗美苑蓮華博物館では、ハスの花という単一テーマのもと、関連生活用品や古書などの遺物を展示しています。

茶山遺跡地(南楊州)(다산유적지(남양주))

茶山遺跡地(南楊州)(다산유적지(남양주))

2.5 Km    5489     2020-07-23

京畿道 南楊州市 鳥安面 茶山路747番キル11

京畿道南楊州市陵内里にある「茶山遺跡地(タサンユジョクチ)」は、茶山・丁若鏞(1762~1836、朝鮮時代末期の学者)の遺跡地です。丁若鏞はこの村で生まれ、国の腐敗を糾弾し、朝鮮の改革を指導しました。長い流刑生活の中で『牧民心書』『経世遺表』などの多くの書を著し、朝鮮時代末期最高の実学者として評価されています。 遺跡地内には生家「与猶堂(ヨユダン)」や丁若鏞の墓、また、彼の業績や資料が展示されている茶山記念館、彼を現代的な目線で再評価する茶山文化館があります。茶山文化館には多くの著書についての簡単な説明が掲示され、茶山記念館には水原城を築く際に重いものを持ち上げるために使われた「挙重機(コジュンギ)」や、流刑の地であった康津(カンジン)茶山草堂のミニチュア模型などが展示されています。

丁若鏞文化祭(정약용 문화제)

丁若鏞文化祭(정약용 문화제)

2.5 Km    683     2020-10-05

京畿道 南楊州市 鳥安面 茶山路747番キル 11
+82-31-590-8526

丁若鏞文化祭は、朝鮮時代の偉大なる実学者で京畿道(キョンギド)南楊州(ナミャンジュ)出身の茶山(タサン)丁若鏞(チョン・ヤギョン)先生が示した、事実に立脚し探求する「実事求是」の精神、民を慮り行動する「為民」の精神、そして伝統の文化を継承することを目的に1986年から始まったお祭りで、今年で33回目を数えます。
2012年にはユネスコが歴史的事件や歴史的人物の記念日を特別な日に指定する事業のひとつとして丁若鏞生誕250周年を選定しました。
茶山・丁若鏞先生の魂と粋を感じられる茶山文化祭は毎年茶山遺跡地および茶山生態公園で開催されています。

京畿南楊州鳥安(スローシティ)(경기 남양주 조안 [슬로시티])

京畿南楊州鳥安(スローシティ)(경기 남양주 조안 [슬로시티])

2.8 Km    815     2020-03-27

京畿道 南楊州市 鳥安面 北漢江路413
82-31-521-5686

鳥安(チョアン)は2010年11月に首都圏で初めてスローシティとなった場所です。八堂から楊平から大成里みに続く南漢江沿いに自転車道路があります。また、雲吉山駅から馬鎮山城、水鍾寺、松村独立公園を過ぎてスローシティ文化館を見るコースがあります。鳥安面には12の村があり、有機農で栽培されたイチゴや梨、稲と萩で作られ工芸品が特産物として有名です。

八堂湖(팔당호)

八堂湖(팔당호)

3.7 Km    2028     2020-10-14

京畿道 広州市 南終面
+82-31-760-2000

八堂湖は京畿道広州市退村面と南終面にまたがる人工湖で、ソウル・京畿地域の水道水の取水場があります。1973年に八堂ダムが完工し、貯水量は約2億5千万トンになります。八堂湖沿いの道路はドライブコースとして人気があり、八堂展望台からは八堂湖が一望できます。

分院白磁資料館(분원백자자료관)

分院白磁資料館(분원백자자료관)

4.4 Km    7691     2019-03-20

京畿道 広州市 南終面 酸水路1642-1
+82-31-766-8465

京畿道広州市の金鳳山(クムボンサン)のふもとに位置する「分院白磁資料館(プノンベクチャジャリョグァン)」は朝鮮白磁の美術館です。
この辺りは朝鮮白磁の陶窯地であったため新たに建物を建設する場合、地中に埋まっている文化財を破壊してしまうおそれがありました。そのため既存の廃校をリモデリングすることで美術館とすることになりました。外壁には鉄板が利用されており、時の流れとともに錆色に変わっていくようになっています。分院地域から出土したものを中心に展示がなされているため華麗なものや元の形をとどめているものは多くはありませんが、陶片や土層転写版(沙器の破片が埋まっている地層をそのまま切り出し展示したもの)など、興味深いものをみることができます。その他、観覧客のための白磁制作実演コーナーがあります。

水鐘寺(수종사)

水鐘寺(수종사)

4.4 Km    939     2020-04-01

京畿道 南楊州市 鳥安面 北漢江路433番キル 186
+82-31-576-8411

雲吉山の素晴らしい風景を感じされるところ、水鐘寺
水鐘寺(スジョンサ)は京畿道(キョンギド)南楊州市(ナミャンジュシ)鳥安面(チョアンミョン)松村里(ソンチョルリ)の雲吉山(ウンギルサン)山頂近くにある奉先寺(ポンソンサ)の末寺です。
広州山脈(クァンジュサンメク)が南西に走り、縁起のよい気運が漂う雲吉山は雄壮さはないものの奥深さがある名山です。
特に水鐘寺から眺める風景は素晴らしく、さまざまな山の頂が聳え、漢江(ハンガン)本流へと流れていくすこし手前の北漢江(プッカンガン)の水の流れがまた素晴らしい風景となっているところです。
水鐘寺の創建の年代は定かではありませんが、19世紀末に各地方の寺院の沿革などをまとめ記録した書・梵宇攷 (ポンウゴ)によると、世祖がこの寺を行幸した際、地面を掘り泉を探しあて、そして鐘も発見したということから水鐘寺という名称になったという言い伝えがあります(後述の通り、寺の命名には諸説あります)。
また、1939年、寺にある石造浮屠を重修する際、1439(世宗21)年に建立された浮屠と確認されたことから、水鐘寺は朝鮮時代初期に創建されたものと推定されています。

水鐘寺は長い歳月を経て重創を繰り返しましたが、時の経過とともに本堂に当たる大雄殿や僧侶が住む寮舎(ヨサ)チェが朽ち果て、仏像もまた惨憺なものとなってしまいました。
1890(高宗27)年になり、楓溪慧一(プンゲヘイル)和尚が朝鮮王朝第26代の王・高宗(コジョン)より内幣金8000両を賜り3月27日より重創を開始、6月28日に修復を終えました。
翌年3月にはさらに4000両を下賜され、仏像4尊と幀画3軸を新たに奉安し、大法殿・羅漢殿・御香閣、そして山王閣に韓国伝統の木造建築にさまざまな彩色・模様をつける丹青(タンチョン)を施しました。
1939年には住持(住職)であった日照泰旭が大雄殿・禅楼を、1940年には霊山殿・独聖閣・山神閣・御影閣などを重建しましたが、韓国戦争(1950~53年・休戦)の時にすべて焼失してしまいました。
1975年には僧侶・慧光によって大雄宝殿を復元し、寺の規模を拡大、1999年住持の東山が選仏場や三鼎軒を重創し、今日に至っています。
1972年には八角五層石塔(第22号)が、1995年には浮屠(第157号)がそれぞれ京畿道有形文化財に指定され保存されています。


水鐘寺の伝説
水鐘寺にはこんな伝説がいまに伝えられています。
朝鮮時代の王・世祖が金剛山を遊覧し帰る道すがら、龍船に乗って両水湾(現在の漢江にある両水里(ヤンスリ))で一晩を過ごしていると、真夜中に忽然とどこからか、かすかな鐘の音が聞こえてきました。
次の日、人を遣わしその音がどこから聞こえてきたのか探って見ると、そこには岩窟があり、中には十八羅漢像がありました。
鐘の音は岩窟に水滴が落ちて響く音で、清らかで澄んだ音だったといいます。
世祖は何かふしぎな因縁を感じ、その場所に土台を築き、建築を匠らを呼び寺を創建しました。そして田畑を下賜し僧侶を住まわせ、この寺を水鐘寺と命名したといいます。


朝鮮時代初期の石塔の貴重な資料、水鐘寺五層石塔
1459(世祖5)年に建立された朝鮮時代初期の代表的な石塔です。
五層石塔ですが、あまり高くなく優雅でこじんまりとしていながらも華麗な塔身の姿が全体的に気品がある石塔です。
石塔の八角址台石の各面には眼象(象の目)が写実的に刻まれており、基壇部の各面には単辦、覆仰蓮、そして眼象が華麗な姿で彫刻されています。
五層石塔の塔身は上層へ行くにつれ少しずつ小さくなっていき、塔身の先端を保護する屋蓋石の落水面が著しく垂れ下がっており、殿閣と対称をなしています。
屋蓋石の下の面は平らになっており、水平となっていることで石塔の中心の柱となっている屋身がこれを支えています。屋蓋石の支えは3段に分かれており、屋蓋石の角のそれぞれ端には鐃鈴(ヨリョン)がぶら下がっていました。これは朝鮮時代初期、京畿道一帯で流行した形式の石塔として貴重な研究資料となっています。

水鐘寺は雲吉山の中でも最も眺めがよい場所にあり、寺からは両水大橋(ヤンステギョ)をはじめ両水里や北漢江一帯がよく見えます。
水鐘寺をめぐる逸話にはこのような話があります。
朝鮮時代の王・世祖が金剛山を訪ね、その帰途、船で戻る道中で二水頭(イスドゥ=現在の両水里)で泊まることになりました。夜景を楽しんでいると、突然鐘の音が聞こえました。不思議に思った世祖は、次の日、村人を呼び、鐘の音はどこから聞こえるのかと尋ねると村人は「近所に鐘はなく、鐘の音が鳴るところといえば雲吉山の中の古い寺の跡が一箇所あるだけ」と答えました。
世祖はすぐに調べるよう命を発し、探してみると寺跡の岩窟の中に十八羅漢像が列座し、岩の隙間から水滴が垂れ、鐘の音のような音がしていることを突き止めました。これに感動した世祖は寺を建立し、その寺に水鐘寺と名付けたといいます。
また、その発見した羅漢像を奉安するために山の中腹に建立した塔が水鐘寺五層石塔と伝えられています。

しかし、その後およそ400年の間に水鐘寺は次第に衰退し、創建当時の面影はなくなってしまいます。
ようやく朝鮮時代末期になり復興の気運が高まり、1890(高宗27)年、王より楓溪慧一和尚に対して重建するよう命が下り、下賜金8000両が与えられ、翌年さらに4000両がさらに下賜され、同時に金帛紅絲を仏前に供えることとなりました。
1962年に現在の場所に移転した際、各塔身から仏像、菩薩像など18点の遺物が発見され、現在、国立中央博物館に所蔵されています。

アラクノピア生態樹木園・胄弼クモ博物館(아라크노피아 생태수목원·주필거미박물관)

アラクノピア生態樹木園・胄弼クモ博物館(아라크노피아 생태수목원·주필거미박물관)

4.9 Km    5376     2020-06-29

京畿道 南楊州市 鳥安面 雲吉山路316

金胄弼(キム・ジュピル)博士は世界中を回ってクモを採集し、研究を通じて数多くの文献・標本などを収集しました。これを展示してクモの生態などを広く伝えるため1985年9月1日に韓国クモ研究所を設立し、特に未来の主役である子どもたちに基礎科学の大切さを教え、生物と実際にふれあう機会などを提供しています。

清浄農園(청정농원)

清浄農園(청정농원)

7.5 Km    2737     2017-04-27

京畿道 河南市 黔丹山路307-15
+82-31-793-5234

「清浄農園(チョンジョンノンウォン)」は、黔丹山の登山客に愛されている有名な食堂です。足球場やカラオケ、バンガローなどの各種施設を備えており、レジャーや休暇に最適です。直営農場を見学した後は、珍味の泥包み焼き(チヌックイ)を味わい、最後はキャンプファイヤーを楽しむなど、週末のレジャーにこれ以上の場所はありません。鴨肉、豚のカルビ(テジワンガルビ)、豚の三枚肉(センサムギョプサル)といった肉類はすべて国産です。鴨の骨を24時間じっくり煮込んで作った緑豆のお粥(ノクトゥジュク)は、この店だけの珍味です。

アクアフィールド河南(아쿠아필드 하남)

アクアフィールド河南(아쿠아필드 하남)

8.4 Km    139     2020-03-27

京畿道 河南市 渼沙大路 750

清々しい水の音、そして一面スカイブルーの自然。
感性あふれる人々の五感を満足させてくれるヒーリングクラブ、アクアフィールド。
空に一番近いインフィニティプールで自由気ままに憩いのひとときを過ごす、神秘に満ちたオーロラの映像を眺めながらくつろいだり、雲の上にいるかのような気分を味わえるなど八つのテーマのチムジルスパで過ごす、そんなすばらしい一日が過ごせるのがここアクアフィールドです。
それぞれのスペースに足を踏み入れるごとに、特色ある憩いのひとときを楽しめるここアクアフィールド。ぜひここで本当の意味でのクォリティライフ、そして憩いのひとときをお過ごしください。
<引用:アクアフィールド河南>

南楊州 旧・八堂駅(남양주 구 팔당역)

6.2 Km    150     2018-04-23

京畿道 南楊州市 瓦阜邑 八堂路

八堂(パルダン)駅は1939年4月1日に普通駅として営業開始しました。韓国であまり見かけないプラットホーム上に線路に並行する形で立てられた一字型の長方形の駅舎で希少価値がある建物です。

建築外観は比較的原型をとどめており、内部の空間は前面部を待合室、広報部を事務室と宿直室として使っていました。

また内部空間は多少改築されているものの、主な構造材は建設当時のままを維持しており、当時の鉄道歴史建築を理解するのに重要な資料となっています。